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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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出発

 それから数日が過ぎて、ナルの暇が限界に達した頃になってようやく王都へ向けての出発の日が来た。

 リオネットを中心とした獣騎士大隊の中から更に選りすぐりの精鋭を集めた小隊と王都から派遣された専属の二個小隊がこれからナル達と道中を共にする事は通達されていたが、そのメンバーとの顔合わせは今まで行われていなかった。

 理由の一つにグリムの外見があり、その正体が死神と呼ばれた傭兵だという事実にある。

 現在世間で広まっている噂では死神の尽力でリオネットは命を救われたという事になっており、外見ではナルがその死神ではないかとみられるという奇妙な現象が起こっていたためだ。

 ナルとグリム共にリオネットを助けたという事に変わりはない。

 しかし死神がメインかと言われるとそれは違う。

 暗殺者であり間者だったフライと直接戦闘を行ったのはナルであり、グリムはその一助となったのが現実だ。

 その事実に対して世間の評価ではグリムが主体となって戦闘をこなし、ナルが援護をしたという逆の噂が広がっている。


 そして外見からは再び逆転が起こり、ナルが死神でグリムがその同行者と言う扱いを受けていた。

 結果的には元のさやに納まった形になるが、死神と勘違いされたナルも名声を横からかすめ取った形になっているグリムも良い気はしていなかった。

 しかしそんなことを気にしない人物というのは必ず存在する。


「さて、これから諸君に護衛を担当してもらう死神グリムと占術師ナルだ。貴君らの尽力に期待する」


 リオネットである。

 早々にグリムとナルの正体をばらしたことで数日間とはいえ寝食を共にした獣騎士隊はともかく王都から派遣された護衛部隊は混乱していた。


「あの、リオネット大隊長。そちらの男性が死神では……? 」


「違うぞ。グリムはそこの小さいのだ。私の友人で強靭な兵士だから敬意を忘れるな。そっちのナルは今回の功労者だから同じく経緯を忘れるな。ただ、2人とも過度に持ち上げられることを嫌うから扱いは適当で構わない」


「おい、それ俺達が言うべき言葉じゃないのか? 」


「その通りだが言い出しにくいだろう。そもそも全員状況を理解できていないのだからこういう話は最初から飲み込ませた方が早いだろう」


「そうなんだが……あー、まぁいいや。ナルです、よろしく」


「ん、グリム。よろしく」


 他に言う事はないのかという視線を向けられながら二人はそれらを無視するように用意された馬車に乗り込み、そしてグリムは短剣の手入れを、ナルは煙草に火をつけ一服をと自由に楽しみ始めてしまった。

 流石にその態度はどうなのだと思った護衛部隊員達だったが、リオネットがそれを黙認している以上何かを言うのは気が進まないと各々出発の準備に取り掛かる事にした。

 方々で死神やら占術師やらと言った言葉が飛び交っているが、現場に居合わせた当人たちはどこ吹く風とくつろいでいた。


「……なぁグリム」


 そんな最中、馬車から身を乗り出して煙草を吸っていたナルがある事実に気付いてグリムに声をかけた。


「ん? 」


「リオネットの戦車さ、なんかおかしくないか? 」


「……? 」


「いや、でかいし全部金属製で重すぎるんじゃないかって話なんだが」


 リオネットが整備をしている戦車は獣騎士隊の物の中でも特に目立っていた。

 白銀に輝くそれは全体が重厚な金属で作られている事を示し、本人の希望ではないと思われる過度な装飾が施され手入れが大変そうである。

 そして特筆すべきはその大きさで、リオネット一人が乗るにしては搭乗部分が広すぎるように思えた。


「リオネットは、弓兵と魔術師を乗せて走り回る」


「……それ、牽くのは馬じゃないよな」


「ん、三年前はグリフォンだった」


「まじかよ……」


 獣騎士隊の戦車は馬以外の生物も牽く事がある。

 幼い魔獣を育てて使役し、それらを馬の代わりに使う事もあるためだ。

 とはいえそのようなケースは非常に稀であり、基本的には馬が使われる。

 飼育の面でもコストが抑えられるという理由もあるが、魔獣が人になつくことが少ないのも原因だった。

 そしてグリムの言葉に小さなひっかかりを覚えたナルはリオネットを注視する。

 しばらくして整備が終わったのだろう、厩舎から専属の『馬』を連れてきたのを見て改めてカードの異常性に気付く事になった。


「ドラゴンじゃねえか……」


 グリフォンに戦車を牽かせていたという事実にも驚いていたが、それ以上にリオネットが連れてきた魔獣に愕然とした。

 それは世間ではグランドドラゴンと呼ばれる種類の物であり、鋼鉄にも勝る鱗と一流の早馬を交配させたサラブレッドでさえも追いつけない程の速度で走る正真正銘の化物だった。


「リオネット、強くなった」


「いや……あいつ一人で戦場を支配できるだろあれ。というかあのグランドドラゴン解き放つだけで敵国壊滅まであり得るぞ」


「ん、私も、あれに勝てるか分からない」


 わからないというだけあってグリムの眼には期待の色が含まれている事を見逃さないナルだったが、同時に勝てないと断言しないグリムの言葉を聞き逃さなかった。

 つまりやり方によっては勝てるという事である。


「参考までに、あれをどうやって倒す? 」


「リオネットを先に、それから鱗を一枚ずつ剥がして、心臓を一突き」


「マジかよ……」


 正攻法で考えるならば死者が出る事を前提に攻城兵器を用いて鱗諸共を破壊するのがグランドドラゴンの対策だった。

 しかしリオネットはそれを魔術師や弓兵を同乗させることで事前に阻止していた。

 言うなればリオネットの戦車は戦場を走る要塞そのものである。


「……絶対に敵対したくないわあれ」


 そう呟いたナルは、これ以上見ていると頭がおかしくなりそうだと煙草を揉み消して馬車の中に戻り、そして一冊の本を広げた。

 ようやく軟禁が解除されて数時間の自由行動ただし監視付きを許された際に購入した暇つぶしの道具だった。

 現代薬学について書かれたそれは、また百年もすれば法外な値段で骨董屋に並ぶのだろうとくだらないことを考えながらもグリムに効き目のありそうな物を片端から暗記していった。


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