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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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エコー

「お嬢さんの恋愛運は好調だね、その代わり少し健康運が落ちているから風邪に注意かな。お風呂上がりには体を冷やしすぎない方がいいね。お兄さんの方は仕事運が向いているからもしかしたらここらで結婚資金くらいポンと稼げるかもしれないよ」


 普段の胡散臭い喋りから一転、詐欺師顔負けの話術で適当な人間に声をかけては小銭を稼ぐナルの姿が自由市の一番にぎわっている場所に有った。

 先日購入したグローブは護身用と呼ぶにも過剰すぎるので腰からつる下げて上着で見えないように隠している。


「まじかー、そろそろ本格的にその辺りも視野に入れるべきか」


 結婚の話を持ち出された男性、ナルにとっては占い客という名のカモである。

 今相手にしているカップルは適当に声をかけたらいともあっさりと席についてナルの占いを受けていた。

 比較的細身の女性は顔色を窺い、男性との距離感を見つつタロットカードの結果にこだわらない解答を伝えていた。

 実際の所一度に占える内容というのは限られているので、複数の運を見るには面倒な方法が必要である。

 だからと言ってそんな方法を使うと言い、少し値が張るという話まですれば客は逃げてしまうので簡単な方法とコールドリーディングを駆使して客を呼んでいた。

 一人客が入ればこちらを気にする人間が出てくる、その人間をつかまえて並ばせる、それを繰り返せば人が人を呼ぶ人気店の出来上がりだ。

 本来ならばその『簡単』な方法を実践することは難しいが、年の功とも言うべきだろうか。

 ナルの占いは的確に欲しい解答を与えて、おまけのように気を付ける点を答えてくれる。

 そして占いを体験した人間の口コミさえも利用して更に客を集めるのだ。

 先日使った金額の一割、それが今日のナルの稼ぎであり、それだけの金があれば質素に過ごすのであれば半年は旅が続けられるだけはあった。

 幸いこの街の滞在費と王都への旅費は全て国が負担してくれるため、趣向品や個人的な装備をそろえようとしなければ出費は押さえられるため今のうちに金を稼がなければという事になった。

 グリムはグリムで軍の詰所でリオネットと対談して訓練や近辺の魔獣を間引く作戦に同行して金を稼いでいた。


 それなりに蓄えのあったナルと、蓄えのほとんどを実家へ送り本人は残飯でも喜んで食べるほど金に無頓着なグリムでさえも金を稼がねばと危機感を抱くほどに昨日の買い物は高かったのだ。

 特に金を用意したナルはその意識が強い。

 グリムはどちらかと言えば新しい武器を試したいというのが強かったのもあるが、わざわざ軍と手を組むという事は金銭事情にも思う所があったからだ。


「まいどー、次の人どうぞ」


「仕事運頼むよ」


「はい、じゃあカード混ぜてくださいねー」


 営業スマイルを浮かべながらカードを差し出すナルの前に座ったのは男だった。

 糸のように細い目は味方を代えれば笑みのようにも見える。

 比較的筋肉質だが余計な肉がない事から仕事に必要な分だけ鍛えているのだろう。

 腕の太さは左右でバランスが取れているが重心が左足にかけられている、もしかしたら足を痛めているのかもしれない。


「どのコースにします」


 カードを混ぜている男にナルはそう呼びかける。

 簡単なものは安く、難しければ高い、そう設定した金額だがこのタイミングが一番聞きやすいと考えていた。


「そうだね、じゃあ一番高いコースで」


「はいはい、じゃあケルティッククロスかな」


 混ぜ終えられたカードを十字に並べて横に四枚のカードを置く。

 仕事運とは名ばかりの現在から障害になっている物ごと、そして原因や願望を含めて最終的にどうなるか迄を占うものだった。


「えーと、現在がワンドのエース。幸先のいいスタートですね。最近何か新しい事でも始めました? 」


「始めたというより上から新しい仕事が来たって感じかな」


「なるほどなるほど、それで障害になっている物は……ソードの4だから理不尽な出来事とかスランプが原因ですね。もしかして上と下とで板挟みですかね」


「すごいね、そこまでわかるんだ」


 カードが教えてくれるんですよと笑みを崩さずに伝えたナルは次々とカードを捲り、そして最後の一枚を表替えす。


「お、皇帝のカードが正位置だ。これは繁栄とかそういう意味があるんで大成功の暗示ですね。出世できるかもしれませんよ。仕事運は上昇していると言えます」


「ほほう、そりゃ楽しみだね。うん、ありがとう。おかげで自信をもって仕事できるよ」


「それはよかったです」


 営業モードをつづけるナルに男性は紙幣を机に置いて、右手をそっと差し出した。

 握手を求められているのだろうと考えたナルはその手を握り返すべく同様に右手を差し出して、腕を掴まれた。


「ナル殿、違法薬物取引で詰所までご同行願います」


「……え? 」


「うん、君違法薬物買ってたからね。叙勲されるとしても法は法だから、大人しくついてきてね」


「え? 」


 いまだに状況のつかめないナル、これが普段であれば即座に状況を理解してそれなりの対処をすることができただろう。

 しかし今は占い師として思考を切り替えていたため混乱することになった。

 すぐに思考を切り替えて平常心を保とうとして、そしてようやく状況を理解したことでナルはこの男の正体を探る。

 違法薬物売買に手を染めたのは事実、ならばそれを知っているのは誰だろうか。

 当然数は絞られるが、それなりに危ない橋は渡った。

 そもそも隠すつもりもなかった、というのもナルには監視が付いているのだからどうやっても軍には情報が筒抜けになる。

 ならばいっそ堂々としていればいいと考え、そして最悪の場合はグリムさえ置いて逃げるつもりでもいた。

 世間では凄腕の傭兵死神がリオネットを救ったという筋書きが主流である以上ナルは叙勲式にいなくても世間体は保てるのだ。

 その後で何気ない顔して迎えに行けばいいと思っていたが、先手を取られたのだった。


「というのが建前で、これ以上は揉み消せないから詰所に軟禁することに決まったんでよろしくね。僕の仕事運上昇しているんだろう」


「まじで……? 俺生活費稼がなきゃなんだけど……」


「まじだよ、大丈夫国からいくらか褒賞貰えるから」


「最悪だ……」


 国からの報奨金というのには裏がある。

 ナルにしてみれば暗に金払ったんだからうちの国に万が一の事有ったら助けてくれるよねと言われているようなものだ。

 実際に表向きには貢献に対する礼という形であり、そのような下心がなかったとしても貴族連中であればその程度の事は当然のように考える。


「で、どっちがいい? この逮捕状にサインすれば君を法的に捕まえて連行することもできるけど、素直についてきてくれるなら今回の事は不問にできるよ」


 逃げ道は無かった。

 いまだに消化しきれていない列の人たちはこの事態に気付いていないが、数名一般人よりも強いと思わせる気配を持つ人間が周囲にいる。

 いざという時は彼らがナルを抑えるのだろう。

 その程度の方位であれば抜け出すことも難しくはないが、荷物は全て宿に置いてある。

 最悪の場合タロットカードさえあればどうにかなるとはいえ、代償が大きすぎるのだ。


「……わかったよ、ただしこの列をどうにかしたらな」


「うん、じゃあ僕は君の後ろで待たせてもらうね」


「一応守秘義務があるんだがな……」


「大丈夫、僕はこれでも口が堅い方だから」


 こうしてナルの逃げ道は完全に閉ざされたのだった。

 それから数時間かけて日が沈みかけた頃にようやくすべての占いを終えたナルは疲労困憊と言った様子でタバコに火をつけていた。

 仕事疲れではなく気疲れだ。

 このまま風呂に入って酒で疲れを癒したい気分になっているナルだが、それは背後の男と周辺に居座り続ける気配たちが許してはくれないだろう。

 なにせ軍の詰所は禁酒なのだ。

 酒の臭気を漂わせることさえ厳禁とされる場所で寝泊まりが決まっている以上それは不可能だろう。


「あれはグリムに必要だから禁煙は無理だぞ」


「その辺は貴族用の客室が喫煙可だから安心していいよ」


「ちくしょう……本当に逃げ道ねえのな」


「うん、だって君達自由行動させると厄介ってこの数日でわかるくらい好き勝手やってたからね。こっちも外堀から埋めさせてもらったよ」


「………………おい、もしかして10日後の出発も嘘だとか言わないよな」


 疑心暗鬼も頂点に達したナルの言葉に男は笑顔で首を横に振った。


「流石にそれは本当だから安心してね」


「ならいいんだが……グリムはいつ帰ってくる、宿の変更を」


「それはもう今朝伝えてあるから安心して、明後日には帰ってくるはずだよ」


 用意周到とはまさにこの事、外堀を埋めたというのもグリムに通達していたという意味なのだろう。

 幸さんと言わんばかりに両手を上げたナルはタバコの火を揉み消して荷物の片づけを始めた。

 これ以上この男と話していれば全てを見透かされてしまいそうだ。


「一つ忠告、あんた有能すぎるぞ」


「知ってる、だからこんな僻地にいるんだよ」


「その僻地で頑張ってる連中の根を摘みかねないってことも覚えておくと良いぞ。ほれ」


 そう言って手渡したのは今日発行された記事だった。

 相も変わらず獣騎士隊への批判が綴られている。

 特に暗殺されかけたというリオネットへの批判は相当だ。

 無能な仲間とは有能な敵よりも厄介だが、有能すぎる上司というのは部下を殺す。

 その実例がこの記事である。


「リオネットが惚れるくらいの男だからどんな奴かと思えば、煮ても焼いても食えなさそうだ」


「そういう君こそ、僕はまだ自己紹介もしていないよ。それに死神を手名付けている猛獣使いだからどんな化物かと期待していたんだけどね」


「はっはっは、能ある鷹は爪を隠すもんだ。爪を出しっぱなしにして布団に引っ掛ける猫とは違うんだよ」


「ふふふ、追い詰められるどころか喉元に牙を突き立てられて爪を出す機会を見失った小鳥よりは良いだろ」


 二人の笑いが夕暮れ時の街にむなしく響く。

 ナルは悟った、この男はまじめに相手をするだけ無駄だと。

 同じ土俵に上がる事を拒否する相手というのは今まで何人も見てきているが、相手を土俵からけり落とす相手というのはごくわずかであった。

 その中でも特別厄介と自信をもって評価できるだけの男、長く生きているとこんな怪物に出会う事もあるのだなと思い、同時にカードの保有者でない事に違和感を抱く。

 人間に限らず生物は限界が存在するが、この男は足の健を切られたという話まであったというのに重心の傾きだけしかなく足を引きずる様子すら見せない。

 そんなことが可能な生物がどれだけ存在するだろうか。


 少なくとも人間には無理である。

 たとえ完璧な医療で傷を治し、魔法や魔術の類で治癒を促進して、万全の態勢でリハビリを行ったとしてもここまで回復できるのだろうか。

 そう疑問を抱いたナルは、一つ試してみる事にした。


「一枚引いてみな」


「ん? 占いかい? 」


「そんなとこだ」


 大アルカナだけを集めたデッキを差し出した。

 そこからカードを一枚引いた男は笑みを崩さないままそれをナルに見せた。

 【戦車】の逆位置、それが意味することはナルの予想通りの物だった。


「あんたカードについて知ってやがったな」


「まぁね、僕は疑り深い性格で自分の異様性にも疑問を抱いていたから」


 カードの保有者に大アルカナデッキから一枚引かせればその本人が保有しているカードが正位置で引かれる。

 しかし元保有者という稀有な例も存在し、そう言った人間は何かしらの機会に後継者にカードを譲り渡すことがあった。

 そう言った元保有者は必ず逆位置でカードを引き当てるのだ。

 しかしこのような事態は、過去一度きりの事態という異様性だった。

 なぜならば……。


「そっからどうやってカードの存在に行きつくんだよ……」


 自分の能力を疑うという者がいたとして、それは実力を疑うというのが一般的である。

 その根底がどこにあるのかを探ろうとする者は稀有であり、そしてカードという異物に気付くものはさらに少ない。

 自力で気付くものがいればそれは余程特殊なカードの持ち主か、あるいは数千年に一人という割合の天才かである。

 だからナルは問いかけながらも裏に誰かいるのではないかと考えていた。

 この男にカードの存在を教えた何者かが。


「そこは企業秘密だね、でもそうだな……君もそのうちわかるよ」


「今教えてもらいたいもんだね糞野郎」


 毒づきながらもナルは確信する。

 自力で気付いたのならばその理由を隠す際にこのような物言いをする必要はない。

 ましてやいつかわかるという言葉、それはカードの存在を知っている何者かが背後にいるという意味に他ならない。

 だからナルは一つ危険な可能性に気付いてしまった。


(カードの存在を知っていて、それを集めている奴がいる……か? 悠長な事は言ってられなさそうだな……思えばフライの奴も不自然だった……なぜあの日あの時に限って暗殺なんていう手段に……くそ、情報が足りねえ)


 そしてすぐに考える事を止めた。

 手持ちの情報ではどれだけ考えても線が繋がらないのだ。

 あらゆる可能性を疑えば全てを疑う事になる。

 その危険性を身をもって知っていた以上、ナルは集めるべき情報の一端が見えたという事で自信を納得させるのだった。

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