武器
「ナル、今日、剣完成」
「お、早いな。あの爺さん本当に三日で武器仕上げたのか」
「ん、もともと有名な、傭兵の為の武器は、いくつか作ってた。そのうち一つが、私のためのもので、それを作り直し。ナルのは剣じゃないから、はやかった」
「へぇ……どんな武器か気になるが見てからのお楽しみにしておこう」
「ん、私も知らない」
そんな朝の会話を終えた二人は朝食を共にして鍛冶場へとやってきたのだった。
開口一番待っていたぞと言ってのけたグラン翁は布に包まれた武器を二つ持ってきた。
「こいつが嬢ちゃんの武器だ」
そう言って布を開く。
中から出てきたのは重厚な短剣だった。
「マインゴーシュか……しかしグリムは剣を持っているのに何で今更短剣なんだ? 」
「嬢ちゃんの持っている剣はレイピアに近い形状だからな。レイピアと違って切る事を目的としているがその本質は軽さにある、その点は同じだ。いわゆる攻めの武器だな」
グリムは攻撃力という点では非常に優れている。
その事に関してナルは異論をはさむつもりはなかった。
気配察知からの一撃は確実に相手を傷つける物であり、そしてそれはフライとの戦いでも十全に発揮されていた。
ナルがフライを容易く殺すことができたのもグリムがつけた傷有ってこそのものであり、それがなければもう少し苦戦していた可能性もある。
状況的に見ればフライは短期決戦を選ばなければいけないという縛りがあったため結果は変わらなかったかもしれないが下手をすればナルの不死という情報だけを持ち逃げされた可能性さえあった。
「対してこいつは守りの武器だ、切れ味はもちろんの事重量頑強どちらをとっても嬢ちゃんにぴったりの武器だ。剣の形状をしているが盾として使えると考えてくれ」
「なるほどそういう事か」
剣として見れば今更グリムには不要ともいえる物だ。
なにせ短い、背丈が低く手足の短いグリムが致命傷を与えるにはどうしても武器の長さに依存しなければならない状況という物が出てくる。
戦い方を完全に切り替えて素早さを生かすのであればマインゴーシュのような肉厚の剣は不向きだ。
故にちぐはぐな印象を受けていたナルだったが、盾の一言で納得したのだった。
グリムに足りないものと言えば守りである。
今までのように一人、あるいは同行者がナルのようなダメージを無視しても構わない者であれば話はまた違ってくるが時には相手の攻撃を正面から受け止めなければいけない時も来る。
フライとの戦いでグリムは投げつけられた短剣を剣で弾いて見せたが、その結果大きな隙を作っていた。
同様の状況で包囲されていたら、グリムは死なないまでも重傷を負っていた可能性すらある。
故に二刀流、軽い剣で攻撃を、重い短剣で防御を固めたグリムは隙が無いと言える。
そのスタイルを確立させるのに常人であればかなりの時間を要するだろうが、【死神】のカードの持ち主、こと殺し合いに至る技術の獲得にそれほど時間はかからないだろう。
「ん、この剣、いい」
グリムも短剣を握りしめてその感触を確かめていたが、うっとりとした表情でそれを撫でている。
持ち方を変えて姿勢を代えてとその件の特徴を余すことなく探ろうとしていた。
「で、俺の武器は? 」
「これだ」
そんなグリムを放置することにしたナルは自分用に戸用意された武器を見せてもらう事にした。
「……これは武器なのか? 」
「おうよ、お前さん専用の武器だ」
思わず問いただしたナルを責める者はいないだろう。
なにせ布の下から出てきたそれは武器と呼ぶにはあまりにもおかしなものだったからだ。
「ただのグローブにしか見えんが」
「何だわかってるじゃねえか」
黒いグローブ、外観はただの黒い手袋である。
意味を理解しきれずそれを手に取ったナルは、予想外の重量に目を見開いた。
布や皮で作ったグローブにしては異様に重い。
「……こいつは、なにで作ったんだ? 」
「鋼糸を織って作った特別性のグローブだ」
「まじかよ……」
驚くべきことに柔軟性を持たせた鋼を髪の毛並みの細さにまで仕上げて更にはそれを編んでグローブを作ってしまったという。
いくら柔軟な鋼を選んだとしても常人であればこのような物を手にはめていれば拳を握る事すら難しいだろう。
「驚くのはまだ早いぜ、布の裏張りをしてあるから手を痛めることなく、雪山でもつけて居られるように仕上げた。相手を殴った際に拳を傷めないよう関節部には皮で裏張りをして鋼糸と川の間に薄くてかたい鋼の板も仕込んであるぞ」
「……で、俺にこれを作った理由は? 」
「剣も使えるがお前さんの得意分野は徒手空拳だろ」
「言ったか? そんなこと」
「見ればわかる、拳の形状や立ち振る舞いを見ればな」
「まじか……」
先日の骨董品店などの事も思い出しながら、薬売りの女に一服盛られた際の言葉をこっそりと訂正するナル。
この街の女は怖いと言ったが、この街の住民全員やべえと内心で言いなおしたのだった。
「爪がはがれないように指先にも皮の裏張りをしてある。掌は滑り止めも兼ねて木綿を織り込んでいるから火には気をつけろよ」
「あ、あぁ……」
ナルはグローブを手にはめてみる。
一切の圧迫感はなく、それでいて指先が余るようなこともない。
手の大きさを測らせた覚えはないにも関わずそれはナルの為だけに作られたと実感させるほど馴染んでいた。
これならばグローブをはめたままでもタロットカードを用いた占いさえもできるだろう。
こぶしを握り締めれば関節部を優しく皮張りされている面が保護してくれる。
さらに驚くことに金属の糸で編んだというのに伸縮性までもが計算されて握力を阻害することもない。
「すごいな……」
「そうだろうとも、なにせ最高の一品だからな」
「一品というか逸品だな、武器はそれなりに扱ってきた方だが、これはそんなレベルじゃねえよ……防具としても武器としても超一流の傑作だ」
珍しく素直に絶賛するナルは反面恐ろしさも感じていた。
例えばこのグローブをはめた状態で人を殴れば、当たり所が悪ければというレベルではない。
頭部であればほぼ確実に人を殺せるだけの威力を発揮するだろう。
ならば素手でフライの顔面を潰して破壊した【力】のカードと併用すればどうなるか。
おそらくは全身鎧の屈強な兵士さえも同大に風穴を開ける事になる。
その事実にナルは背筋に汗を流すのだった。
「で、いくらだ。流石にこの出来栄えで一品物だ。安くは無いだろう」
「あぁ、そうだな……」
そう言って提示された額はまさしく一財産とも呼ぶべき値段だった。
平民どころか貴族が一年暮らせるだけの金額である。
「……まけろとは言わないけどさ、先に聞きたかったねそれ」
「先に言ったら作るなと言い出すだろ、だから言わなかった」
「……もしかしてここに飾られてるやつらって」
「おうよ、せっかく作ってやったのに受け取りに来ないまま死んだ奴らのもんだ」
誇りを被った剣たちは過去の英雄たちが支払いも受け取りも拒否して逃走した結果取り残された物だと判明してナルは頭を抱えた。
これだけ変わった武器を特注するのだ、値段は覚悟していたが今の懐事情では支払いも難しい。
「ちょっと、金取ってくるから待ってろ爺さん」
「おう、そのグローブはつけていってもいいが嬢ちゃんはここに残していけよ。そっちの兵士でもいいがな」
「じゃ、2人ともしばらく人質よろしく」
そう言って返事も聞かずに鍛冶屋を出たナルはその足で銀行に向かう。
向こう数年分の資金を引き出して、それを間違っても盗まれないように銀行にいた私兵を一人護衛に着けてもらってから鍛冶屋に戻り支払いを済ませた。
これで懐どころか口座の方もだいぶ寂しい事になってしまったナルは旅計画の見直しを考えたのだった。
そして明日からは多少煙草を我慢してでも金を手に入れようと、仕事に勢を出す事になるのだった。




