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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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古物

「お? 」


 街を散策していたナルはふととある店の前で足を止めた。

 常人であればまず間違いなく避ける類の店、それは特定の業種ではなく店構えそのものに問題がある故の物。

 店名は古物商と一切の飾り気がない屋号であるにもかかわらず、ガラス張りの軒先に飾られた物品は何かの動物の頭蓋骨であったり、角の生えた髑髏であったりと骨を中心としたものが多い。

 その中に一点、唯一の光物というべきだろうか、くすんだネックレスが飾られていた。

 見覚えがあるわけではないが、磨けばかなりの値打ちになるであろう物品。

 それを適当な、言い換えるならば胡散臭い商品の隣に並べている。

 その事に興味をそそられたのだ。


「邪魔するよ」


 迷わず店の扉を開けて中へと入ったナルの目に飛び込んできたのはまさしく宝の山とも呼ぶべき逸品達だった。


「……うちの商品は安くねえぞ」


「知ってる」


 不愛想な店主に苦笑を見せながらも並べられた商品を一つ一つ吟味していく。

 何気なく置かれたツボは南方の最高級粘土を用いたものだ、表面はわざと汚されているが濡らした布で拭き取れば鏡にも劣らぬ光沢を見せるだろう。

 適当に置かれている宝飾品はどれもが安っぽい台座だが、はめ込まれた宝石は見事なカットでこれ以上は無いと言える光彩を見せてくれている。

 壁に立てかけられた盾は黄金同様一切劣化することなく、鋼鉄以上に硬く、ダイヤモンドよりも高い硬度を誇るオリハルコンで作られた物。

 そのどれもが法外な値段であることがうかがえた。


「……いかんな、どれもこれも欲しくなる」


「貴族のぼんぼんかい、残念だがうちの商品はお一人様一点限りだ」


「貴族ではないが金は持ってる、しかし一点限りか……悩むな」


「いい目を持っているのは認めてやる。しかしうちの店を選ぶ辺り趣味は悪そうだな」


「店先のネックレスを見てな、客を選ぶようにわざと趣味の悪い外観にしているんだろ」


「ほう、頭も悪くないのか。そうだな、俺が出す問題に答えられたらいい物を売ってやろう」


「旅人だからかさばる物はいらねえぞ」


「見りゃわかるさ、この街の住民かそれ以外か、そんでもってそいつが今後街に居つくかそうでないかくらいはな」


 先程までの不愛想な表情はどこへやら、店主は悪戯を楽しむ子供のような笑みを浮かべて三本のナイフを卓上に並べて見せた。

 一つは薄汚れ切れ味も悪そうな骨董品、もう一つは過度の装飾が施された輝くナイフ、そして最後に武骨で飾り気もないがしっかりと磨き上げられたナイフだった。


「どれが一番価値がある」


「そんなんでいいのかい? 」


 そう言いながらナルは武骨なナイフを手に取る。


「俺にとっては、こいつが一番価値がある。しかし値段という意味ではこの宝飾ナイフだろう。歴史的価値ならこの骨董品だな」


「ほう、理由は」


「宝飾ナイフはどっかの王族か貴族が持ち込んだか? 随分と見事な宝石が使われているがいくつかはただの色付きガラスだ。大方金に困った奴が適当に売ったんだろうがそれでもこの中では一番高価な代物だ。骨董品は軽く見ても1000年ほど前の代物、歴史家が見れば即金即決で購入するだろうな。しかも材質は骨……それも人間の物じゃないか? それをここまで金属に見せかける技術ともなれば錬金術師だの魔術師だのも欲しがるだろうな。そんでこのナイフだが……これそこらへんで買ってきただろ」


「見る眼があるとは思っていたが、ならなぜそれを選んだ」


「俺にとってはって言っただろ、理由は伏せるがあまり目立ちたくないからな。ナイフはいくつか持ってるしこの中で俺が扱っても目立たずに済むと言ったらこれしかない」


「自分をわきまえてやがるな、重畳だ。そのナイフはくれてやるよ」


「ありがたく」


 そう言って掌でもてあそんでいた安物のナイフをベルトに挟んで店主の眼を見る。


「それで、何を売ってくれるんだい」


「これだ」


 差し出されたのは一冊の書物だった

 それはナルも見覚えのある物だった。

 100年ほど前だろうか、英雄の鎮圧事件の復讐に燃えていた頃毒殺の知識等を得ようと文字通りの意味で擦り切れるまで読み、今なおグリムの睡眠薬という形で知識を活用している古い薬学に関する書物だった。


「……随分と古い本だな、内容は? 」


 あえて白を切るナルに、店主は笑いながら右手を開いてナルに見せる。

 五万払え、そして自分の目で確かめろという意味だ。

 対してナルは三本指を立てる。


「ふざけんな、そんな額で売れる物だと思っているのか」


「古物的な価値があっても内容如何じゃ意味がない事もあるだろ」


「つまり内容を教えたら買うんだな」


「馬鹿言え、それこそ俺に必要なければ買わねえよ」


「ならなおさら教えられんな」


「これでどうだ」


 もう一本指を立てて、額を上乗せする。

 実のところナルにとってこの本を買う意味は薄い。

 内容を暗記している以上、絶無とさえ言いきれる。

 しかしこの本は希少ではあるが取り立てて珍しいものでもない。

 こことは離れた土地で売れば元手の倍は取れる可能性もある。

 つまるところ現金ではない資産としての活用法を見出していた。


「……もう一声だな」


「4.5、それ以上は出せないぞ」


「いいだろう、それで手をうってやる」


「商談成立だな」


 互いに額を示していた手を差し出して、握りしめる。

 そしてナルは懐から出した紙幣と硬貨を、店主は本を手渡して無事話がまとまったのだった。


「それで、どんな内容なんだ」


「昔の薬学書だ、今じゃほとんど使われていない物だがな」


 そうだろうとナルは内心で頷いた。

 なにせこの本に書かれた薬品の大半は効力が強すぎるのだ。

 わずかに0.1gでも量を間違えれば命にかかわるほどの劇物ばかりを記した書物である。

 使われているものは比較的栽培しやすいものだが、その大半は薬草ではなく毒草に分類される。

 それほど危険なものばかりだった。

 だからこそナルはこの書物を暗記して、そして復讐に活用した。

 実際相当ナルの復讐を後押ししてくれたもので、この本がなければ天寿を全うしていた者もいたかもしれないのだ。


「いやぁ……随分と、古い本だな」


 店を出て思わず懐かしい本と言いかけたところで古いと言いなおす。

 相も変わらずナルの後をつけている見張りに無用な情報を与えないためだ。

 リオネットはナルの事情をおおむね理解しているが、だからと言って事情を知る者をむやみに増やす必要もない。

 少なくとも昔この本を読んだことがあるという情報を与えるだけでも、ナルは毒殺の知識があると悟られかねないのだ。

 それはこれから王族と会うという立場の人間としては、非常に危うい。

 もしもこの事が凝り固まった思想の人間にでも知られたらナルの暗殺を決意する可能性すらある。

 貴族の、それも特に排他的な思考を持つ者であればその程度の決断を下す可能性があった。

 もとより貴族は自分の立場が危うくなる事態というのを忌避する傾向にある。

 そこに不用意に付け込ませるような情報を与えるという事は自殺行為に等しい。


「ま、どっかで金に換えればいいか。あまり面白そうな物でもないし」


 言い訳をするように呟きながら本を収めた紙袋を片手に街の散策をつづける事にしたナルは、結局昨日の鍛冶屋に顔を出してグリムと共に宿に帰るのだった。

 そして再び薬煙草の調節を行い、煙草を9薬草を1の割合にしてどうにか満足のいく結果にすることができた。

 恐ろしく質の高い薬草はどこかで品種改良を重ねた結果なのだろうと考えながらも、これならば違法とされるのも納得がいくと薬の眠気を頼りに布団に入るのだった。


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