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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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悪いお薬

 その夜、グリムがタバコを吸い終えて深い眠りについた頃。

 先に寝たように見せていたナルが一人部屋から出る。


「こんな夜更けに酒でも飲みに行くのか、それとも女か」


「……起きてたのかミーシャ」


「起こされたんだ、まったくこれ以上俺の任務に差し支えるようなことはやめてくれよ」


「じゃあ俺から頼もう、グリムの護衛を頼む。俺の方は天井裏で見張ってる誰かさんに任せてここで待機してな」


「……いつから気付いてた」


「いつからもなにも、最初から隠す気なかっただろお前ら」


 ミーシャが護衛だというのは嘘ではない。

 しかし同時に見張りという役割も与えられ、同時に別部隊が陰からその動向を見張っていた。

 ナルはもちろんの事、グリムも早々に気付いていたがそれは相手が隠す様子を見せなかったからである。

 もし本気で隠れられていれば、もう少し気付くのが遅れたかもしれない。


「わるいな、大隊長の命令でやってることだ。近日中に皇帝陛下と面会するって相手を野放しにするのは危険だからな」


「そりゃそうだ、俺はちょっと裏の店に行ってくる」


「……毒殺でもする気か? 」


「ちげえよ、グリムに吸わせてる煙草。あれ強力な睡眠薬なんだがその材料が普通の店じゃ売ってなかったからな。どうもこの国じゃ御禁制らしいからそっち方面で買ってくるだけだ」


「ならせめてばれないようにやってくれ……俺の心象がこれ以上悪くなると本当にクビにされかねないから」


「ばれないようにやった方が心象悪くするだろ。あの男こんなもの買ってました、こんな風に使ってましたって報告すればいいだけだ」


「簡単に言いやがる……相手は乳と武力と容姿だけの女だぞ」


 さりげなく毒を吐くミーシャ。

 この言葉も後日無事リオネットへと伝えられ、ミーシャへの当りがきつくなるのはまだ先の話。


「いやぁ、おまえ気付いてないなら気をつけろよ。あの女、相当腹黒いぞ。乳と顔と力だけしかないって見せかけておいて腹芸もできるっていう一番厄介な奴だ」


「マジでか? うわ、どうしよう……俺結構陰口言ってるぞ」


「あぁ死んだな……遠くない未来川に浮かんでるんじゃないか? 」


「やめてくれよ……一度本気で土下座するかな。どうか許してくださいって」


「禁酒宣言くらいはしなきゃ無理だろうな」


 そう言って立ち去るナルの背後でミーシャは自分の命と娯楽、どちらを取るか悩んでいた。


「よし、禁酒するといってこっそり飲もう! 」


 そして最悪の結論を出したのだった。


「……あいつ死ぬんじゃねえかな」


 その宣言を少し離れた位置で聞いていたナルは一人小さくぼやく。

 なおその宣言も当然ながらリオネットへと報告されて飲み歩きができない程過酷な訓練を受ける事になるのも未来の話である。


「しっかし……どこに行けばいいんだ。なぁ見張りの人、道教えてくれよ」


 今も何処かでナルを見張っている諜報員に声をかけるが返事は帰ってこない。

 優秀だが融通が利かないと評価されている者だったため、ナルとの接触を許可すると言われていない以上返事をするわけにはいかないという判断からくるものだった。

 その事を知らないナルは愛想の悪い奴だと呟きながら煙草を咥えて適当に街をうろついていた。

 できるだけ人通りが少なく、ガラの悪そうな人間の集まっていそうな酒場を巡っては御禁制の物品を取り扱っている店を探し回っていた。

 そして月明かりさえも消えた深夜のこと。


「お兄さん、悪い物を探しているみたいだねぇ」


 一人の女性がナルの肩を叩いた。

 振り返ってみたナルだが、明かりの無い今その風貌を確認することはできない。

 どころかゆったりとしたローブを羽織っているせいで体格さえ分からないのだ。

 声色からかろうじて若い女性だと理解できるが、それ以上の情報が一切読み取れない。

 その為ナルの警戒心が一段階上がる。


「悪いものねぇ……心当たりがありすぎてどれの事を言っているのかわからないね」


「ふふ、嘘が好きな正直者なのねぇ。大丈夫、あたしは貴方の求める物を売ってあげられるのよぉ」


「へぇ……何を売ってくれるのかな。花なら間に合っているぞ」


「そうねぇ、貴方なら売ってあげてもいいけれどぉ……今は花より葉っぱじゃないのかしらぁ? 」


「煙草は好きだぜ、少し癖のある方が好みだ」


「あらぁ、意外と渋いのねぇ。でもぉ、今欲しいのは眠くなる奴じゃないのぉ? 」


 なるほど、情報収取もかねて自分の求めている物の情報を流していたが案外早く釣れたものだとナルは警戒心をもう一段買い上げる。

 先程のミーシャの話ではこの街に根付こうとしていた犯罪組織はほぼ壊滅させられたという。

 しかし小悪党や残党、あるいは新たに根を張ろうとしている連中までは対処しきれていない様子だ。


「そうだな、寝つきが悪くてなぁ……しかしこの国じゃダメだって怒られるんだよ、困ったことにな」


「そうなのよねぇ、みんな頭が固いわぁ」


「柔らかすぎると簡単に潰れるけど、固すぎると今度は砕けやすいからな」


「あらぁ、謎かけもおすきなのかしらぁ。そんなあなたにぃ、なぞなぞでぇす。私達が報酬を得る方法はなんでしょうかぁ」


「随分と簡単ななぞなぞだな。答えは大人しく物を用意できる人物へと引き合わせる事だ」


「うふふぅ、はずれぇ。正解はぁ……」


 女が答えを口にしようとした瞬間、ナルの背後から男が飛び出しこん棒による一撃を頭部へと叩き込もうとした。


「ストレングス」


 しかし同時に発動された【力】のカード、このカードの本質は筋力増強だけではない。

 男の一撃を受けてもナルは微動だにすることなくその場に立っていた。

 正確にはこん棒の一撃でもナルはダメージを負っていたが痛みと衝撃に無理やり耐えたのだ。

 強化した肉体で無理やり受け止めた事で大地に根を張る樹のように男の攻撃を跳ね返したように見せただけである。


「痛いなぁ、あぁ本当に痛い。力尽くがお望みなら初めから言ってくれたらいいのにこんな面倒な方法を選ぶなんてなぁ……お姉さんも謎かけが好きだったのか? 」


「あらぁ、不運ねぇ。まさかこんな時にこんなタイミングで暴漢に襲われるなんてぇ。か弱いあたしを守ってくださらないかしらぁ」


「……へぇ、そういう風に白を切るのか。まぁいいさ、その代わり」


「わかっているわぁ」


 表情すら読み取れない暗がりの中でさえも、女が笑みを浮かべているのが手に取るようにわかってしまったナルは小さくため息をついて、いまだに呆然としている男の腹を殴りつけた。

 【力】で強化された腕力で、しかし致命傷にはならない程度に加減をした一撃は男の意識を刈り取るのには十分なものだったのだろう。

 うめき声をあげて地面に倒れ込んだ男を見下ろしながらナルは数枚の紙幣を女に向けた。


「で、どこだ」


「ここよぉ、貴方のお望みの品。ちゃんと持ってきてるわぁ」


 そう言って懐から差し出された革袋を受け取り、一撮み手に取って臭いをかぐナル。

 そしてその一撮みを口に放り込み、咀嚼してから地面に吐き出した。


「なるほど、確かに本物だが……」


 差し出していた紙幣を一枚減らす。


「粗悪品だな、煙草の葉が混ぜられてる」


「あらぁ、やっぱりわかるぅ? 」


「言ったろ、煙草は好きなんだ」


「せいかーい、じゃあご褒美にこっちね」


 今度は木箱を取り出して、代わりに革袋を手に取った女はいつの間にやら減らした分の紙幣までもその手に摘まんでいた。


「……たしかに、今度取引するようなことがあればまどろっこしいことはやめてくれ。面倒だ」


「そうねぇ、次があるならあなたが不運な目に合わない事を祈っているわぁ」


「よくいうぜ……その男は任せてもいいんだろ、チップ代わりだ」


「えぇ、ぜーんぶお姉さんにお任せよぉ」


 互いに腹の内を晒さない小さな戦いはこうして無事に終結した。

 あえて互いに言葉にはしなかったが、最大の被害者はナルに襲い掛かった男だろう。

 カモとみて女と手を組み、そしてナルの身ぐるみをはがそうとしたら化物だった。

 そして気絶するほどの威力で殴られたのだ、当分は固形物を口にできない程度に内臓を痛めているだろう。

 多少の金銭を得る事は出来たかもしれないが、対価が大きすぎた。

 対してナルと言えば、ようやく手に入れた御禁制の薬草を持ち帰って、早速葉の上体を試していた。

 先程同様臭いを確かめ、味を確かめ、そして理解する。

 女が売ってくれたものは随分と、いや過剰なほどに質が良かった。

 そのまま吸わせればグリム程度の体格では昏睡してしまいかねない程に強力なそれを昼間に購入した煙草の葉と混ぜて微調整を繰り返す。

 そして何度目かの調整でようやく今まで使っていたものと同等の物ができたと確信して、試しに窓から身を乗り出して一本吸ってみる事にした。

 結果、ナルは一瞬で意識を失いかけた。

 十分だと思っていた調合、しかしそれ以上の結果である。

 すぐに先端を切り落として部屋に置かれていたピッチャーの水をかけて火を消す。

 幸い一口分しか吸っていなかったため葉の消費は押さえられたが、この調子では調整に苦労するのが目に見えていた。


「まいったな……地域差か? 薬効成分が強すぎる……」


 眠気を残す頭でひとしきり考えてから、一度巻いたそれをほぐして更に煙草の葉を加えようとして、箱にしまいなおした。

 今の状態で作業を続けようにも手元が狂いかねない。

 ならば今はこの眠気に身を任せて明日もう一度やり直そうと考えての事だった。


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