鍛冶屋
「本当にここか……? 浮浪者のたまり場と間違えてないよな」
風が吹けば崩れそうなボロボロの家を前にナルは一筋の汗を流す。
想像と多少、いや、かなり違っていたからだ。
曲がりなりにも軍事都市の、そこのエリートである獣騎士隊員が認めるほどの武器を作り出す鍛冶屋だとは思えなかった。
「見た目は本当にぼろいけど、これでもちゃんとした店だぜ」
そう言って扉を開けたミーシャの顔面に金属の円盤が飛来した。
不意打ちに反応できなかったミーシャはそれを顔で受け止め、空高く舞い上がったそれを地面に落ちる前にナルが掴み取る。
「灰皿……? 」
それは薄く軽い灰皿だった。
少しの違和感を抱いて、それをグリムに差し出したナルは店に一歩入ったところでミーシャと同じように灰皿の洗礼を受ける事に、ならなかった。
飛来する二枚目の灰皿をいともたやすく避けて、それが今しがた起き上がろうとしていたミーシャの額にぶつかる。
二度目の衝撃にはさすがに耐えきれなかったのか、道のど真ん中で額を押さえてうずくまるミーシャをグリムが慰めながら二枚目をキャッチしていた。
「ぼろい浮浪者のたまり場へようこそだ、糞野郎」
「なんだ聞こえてたのか、悪いね爺さん」
謝罪になっていない謝罪を述べたナルは薄暗い店内を物色する。
言葉にも行動にも誠意は無い。
「なるほど……確かにいい腕をしている」
並べられた武具は全て埃をかぶっていたが、そのどれもが指先で撫でると落とされた埃の奥から鏡のように磨き上げられた刀身が現れた。
そして一つの結論に行きつく。
「いくら腹が立ったとはいえ売り物なげるのはどうかと思うぞ」
「ほう……」
「あの灰皿、爺さんが作ったんだろ。使った形跡がなくて二個あるってことは量産してるって思うのが普通だ。それに……こういうのは俺よりも詳しいだろ、グリム」
「ん、これ、鍛造」
投げつけられた灰皿は、わざわざ槌を振るって金属を叩き作り上げた鍛造品だった。
型に入れて作る鋳造品ではない分手間のかかる製造法だった。
当然それに見合っただけの金額となり、庶民が手にするにはいささか高額である。
灰皿として軽く薄く作るため材料費が抑えられているとしても、高級品であることに違いは無かった。
「まったく、久しぶりに顔見せたと思えばガキを連れてきたのか。なんて思わせて本物連れてきやがるとはな」
そうぼやく老人は、しかし口角を上げてぎらついた笑みを浮かべている。
「見ての通り、俺の武器はどれも埃を被って眠っちまってるが一級品だ。好きな物を選びな」
「……どれも、だめ」
自信ありげに言い放った老人にグリムが一言で切り返した。
老人の笑みが一瞬で崩れ、険しいものに変わる。
「駄目とはなんだ嬢ちゃん」
「……ここに出されてるのは、どれも私の武器じゃない、私以外の、誰かのための、もの」
「…………ちっ、これだから本物ってのは厄介だ」
「どういうことだ? グリム」
「例えば、あの剣」
先ほどナルが埃を拭った剣を指さして語りはじめた。
「持ち手の長さが中途半端、刀身に比べて、短すぎる。あの長さを、片手で扱える人の、ためのもの。私には、使いこなせない」
使いこなせないとは口にした者の、並みの兵士よりは十全に使いこなせるという事は言わなかったグリムだが、再び老人の口角が跳ね上がる。
「他の武器も、特定の誰かの、ために作った物」
「なんだ、どれそれが欲しいなんて言ったら叩き出してやるところだったのによ」
「注文、私の為の、私の剣、この子の妹を作って、欲しい」
そう言って腰から下げた剣を差し出したグリムは、一切の迷いがなかった。
詰所で武器を預けるときも、村で研ぎなおしを依頼した時も武器を手放すことに躊躇を見せていたグリムが迷うことなく自分の主武装を手渡した。
その事にナルは老人を見る目を変えた。
この老人はただのおいぼれではない、グリムが剣を預けてもいいと信頼できるほどの腕を持っているのだ。
「こいつは……なるほど、最近研ぎなおしたな。随分と丁寧な仕事だが……持ち手の修復は完璧だがそれ以外はおざなりになっている。細かいところに気が向く男の仕事だが、時間が足りなかったみたいだな」
「さすが……」
「こいつの妹か……三日貰うぞ、おいそっちの兄ちゃん。この嬢ちゃんをその間打ちに通わせろ。それとお前も武器が欲しいなら通え」
「俺はいいや、剣を使う機会はあまりないからな」
「だろうな、だが使えないわけじゃないだろ」
「まぁな、しかし俺みたいなやつに所有されたら剣が可哀そうだ」
「それもそうだな、だが……お前さんみたいな変わり者をタダで返すのも俺の気がおさまらねえ」
「押し売りか? 」
「押し売りだ、買ってけ」
一瞬にらみ合うように視線を交差させた2人は、すぐに笑みを浮かべた。
「わかった、爺さんに任せよう」
「任されよう、この鍛冶師グラン・ローエンがこの仕事請け負った! 」
そう言って立ち上がった老人グランはグリムを連れて裏へと消えていった。
ナルは店の外に出てタバコに火をつけてミーシャに問いかける。
「あの爺さん、いつもあんなんなの? 」
「いや、いつもは飲んだくれて死んだ奴らの事ばかり話してるよ」
「まぁ……だろうな」
飾られていた剣は埃をかぶっていた。
そしてそれらは売る気のない、客を試すものばかり。
その場で売ってもらえるものとすれば先程投げつけられた灰皿くらいだろう。
随分と偏屈だという感想を抱きながら数枚の効果を置いて持ってきた灰皿に火を落とす。
なるほど、いい出来だ。
鍛造で均一な薄さを作り出すというのは難しい。
剣のように形を整える事さえ熟練の技術が必要になってくるが、グラン翁のそれはわずか数ミリの単位まで薄く仕上げ、なおかつ一切のムラがない。
「しかし……本物ってなんだ」
「グリムはあんな見た目で相当剣に詳しいからな、俺も自慢じゃないが物を見る眼はある。ちゃんと評価できる人間で、なおかつ武器を武器として使いこなせる人間の事だろう」
「はぁー、あの爺さんも人を見る眼があるんだな……飲んだくれだと思ってた」
「そんなとこに連れてきたのかよ……いい腕をしているって言ってたくせに」
「腕がいいのは知っているが、いまだにあの爺さんが武器を作ってくれたのは先代の大隊長だけだぜ」
「ほう……そんなにすごい人だったのか」
「俺は知らねえけどな、こっちに配属されたのはリオネット大隊長になってからだし。それでも先代の勇姿は聞いているぞ」
それからミーシャが時間つぶしと語った先代の一線を退いて尚とどろくその偉業はカード保有者でないことが信じられない程の物だった。
曰く3万の魔獣を僅か数百人の獣騎士隊で退けた、20日間はかかる道のりを10日で踏破して遠征を成功させた、戦車が壊され足の健を切られて尚戦い続けて街を支配しようとした裏組織を壊滅させた、等等枚挙に暇の無い人物だったらしい。
(……一度会ってみたい気もするが、リオネットが許可してくれるかどうかだな)
ナルの事情をよく知っているリオネットならばあるいは面会の取り付けもできるかもしれないと考えたナルだったが、何かしらの口実が必要になるとも考えていた。
この際だ、皇帝の呼び出しから適当な理由を作って会いに行ってみようと考えていた。
できる事ならば要人に顔を覚えられるのは避けたいが、何かしらのアドバイスを貰えるかもしれない。
そう考えていた。




