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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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平穏

 さて、リオネットから王都へお呼び出しを聞いたナルたちは現在街の探索にいそしんでいた。

 当初の目的では【死神】のカード保有者であるグリムが新しい剣を見たいと鍛冶屋に行く事を望んだのだが、道中煙草を取り扱っている店舗を見つけたナルが寄り道したいと言い出したことに端を発する。


「ザクソン産、裁断されたものとそうでないものを。あとはこの国だとウィード産だっけか。あれ美味かったからいくらか頼む」


「まいど、どっちもそろえてあるがどのくらい欲しい」


「そうだな……ザクソン産は1㎏、ウィードは300gくらい頼む」


「こりゃまた大きな数字を出してきたな。旅人さんかい? 」


「まぁな、当てもなく旅を続けてる風来坊だ」


「どうりで、どっかの宿に送るならサービスしておくぜ」


「そりゃたすかる、ただ宿の名前覚えてねえからあとで取りに来るよ。サービス分色を付けてくれたら感謝感激ってな」


「はっはっは、中々豪儀じゃねえの兄さん。いいぜ、せっかくの大量購入だ。値引きしてやるよ」


 そう言って提示された額は、確かにかなりの値引きがされた物だった。

 とはいえ量が量である。

 趣向品である煙草をそれだけ纏めて買えば相当な金額になる。

 具体的にはグリムが購入したロングソードとほぼ同額だった。


「そんじゃ支払いは取りに来た時にでも。構わないよな」


「おうよ、あとくされなくていい商談だ。またこの街に来ることあったらサービスしてやるから顔だしな」


「あぁ、俺の顔忘れるんじゃねえぞ」


 そんな心にもない事を言い放ったナル。

 むしろ忘れてくれた方が都合がいいと思いながらも店の端にある喫煙スペースで一服済ませたのだった。

 それからは薬草を取り扱っている店や、途中見つけた美味そうな屋台などを転々としながらナル達を護衛しているミーシャの案内の下、鍛冶屋へ続く道を遊び歩きながら進んでいた。


「お、あれ美味そうだ。行くぞグリム」


「がってん」


 こうして再び寄り道を繰り返し、その都度ミーシャは空を見上げて太陽の位置を確認していた。

 非常に残念な事に先日詰所内禁酒という規則を破ってはいないものの、護衛の任務中に酔いつぶれるという失態に加えて情報漏洩までしたミーシャは外での飲食に制限がかけられていた。

 もっともその情報漏洩に関しては獣騎士隊の大隊長を務めるリオネットの色恋沙汰を酒の席で暴露したというくだらないものだったが、当のリオネットにとってはどうにか罰を与えなければ気が済まない状況だったため一度は護衛の任務を外すかという所まで話が進み、しかしナルがこいつは気が合うからこのままがいいと進言したことで厳重注意という軽い処分で済んでいた。

 情報漏洩に関しては些細な内容だったためお咎めは無かったが、今後重要な情報を酒の席で暴露しかねないという理由をこじつけて外部での飲酒にも制限をかける事となった。

 これはミーシャだけではなく、その他の隊員にも通達された新しい規則であり、原因を作ったミーシャはとても居心地の悪い思いをすることになるのだった。

 唯一の救いと言えばそもそも獣騎士隊は全員が詰所で寝泊まりしており、普段から酒を嗜む人間が少なかったという事だろう。

 逆に言うならば、そのごく一部から締め上げられる程度には恨まれていたのだった。

 結果的に指導と訓練という名目でさんざんに痛めつけられそうになったが、これも護衛の任務に差し支えるという事で延期となった。

 あくまでも延期である。

 死刑の執行を待ち続ける囚人の気分を味わいながら、その上で通達された食べ歩きをするほどミーシャの肝は太くなかった。


「本当に食わねえのか? 」


「胃が……痛くてな……」


「大変だなぁ」


 二重の意味で、という言葉を屋台で買ったばかりの肉串と共に飲み込んだナルは両手いっぱいに肉串を持つグリムの頭を撫でる。

 ちょうどいい高さに頭があるためつい撫でてしまうのだ。

 ここ最近こうしたコミュニケーションが増えてきている事にナルは疑問を抱いていなかった。


「しっかし、軍の街だというのに活気づいてるな」


「ここ十年くらいでだいぶ発展したって聞きましたよ、少し前まではこの街も戦争だなんだとピリピリしてましたから」


「ほう……十年か……」


 ナルが再びグリムに目を向ける。

 戦争がおさまった原因の一つは今肉を口いっぱいに頬張っているこの少女だと公言したらどれほどの人間が信じるだろうか。

 数多の戦場で、負け戦を好んで参戦しては戦況をひっくり返す。

 そして不利になった陣営へと雇われてと戦場を転々としてきた死神と呼ばれる傭兵。

 そんな存在がいたせいで各国は戦争の損失と利益を天秤にかけなければならなくなった。

 今までであれば、利益の無い戦争を仕掛ける意味もなかったが、一転損失を過剰に計算する必要が出てきたのだ。

 ならば戦争に持ち込まず、死神の出番のない外交で戦った方がよほど懐を傷めずに済むというのが各国の共通認識となった。

 当然の事ではあるが、死神を抱き込もうとした勢力がないわけではない。

 しかしそう言った勢力は互いに牽制しあっているうちに当初の目的である死神を見失うという本末転倒な事態に陥っていた。

 何もかもができすぎている、そう感じたナルはこれもカードの力が起因しているのではないかと睨んでいた。


 【愚者】のカードは基本的な知識を教えてくれた。

 しかしそれはあくまでも基本であり、それ以上の事は教えてくれないのだ。

 だからこそ、ナル自身も試行錯誤を繰り返していたのだが数十年もの時間をかけてようやく5枚である。

 グリムやリオネットと言った所有者から譲渡契約を結ぶことができたため、更に数十年もすれば2枚のカードが手には射ると確約されているので正確には7枚。

 3分の1だが、手元に有るカードはどれも使いどころを選ぶものだった。

 【愚者】のカード、そもそもこのカードには能力が宿っていないと言っても過言ではない。

 強いて言うならばナルがカードの正式な所有者であるという証明書に近いともいえる。

 更に正しく言うならばこのカードに宿っていた能力は常時発動型、本来1枚ずつしか使えないカードの例外の一つ。


 ナルが殺したカード保有者から所有権を奪う事ができるという物と、カードの気配を察知させるという物、そして既に役目を終えているが能力に目覚めた際に各カードの能力やその集め方を教えてくれたという点だろうか。

 現在グリムというカード保有者を同行させている為、他のカードの気配は察知しにくくなっており余程集中していなければ使えず、今更能力や集め方を教えてもらう必要もない。

 結果として証明書として持っている程度のカード。

【力】のカード、最も多用しているカードであり使用者の筋力を増強してくれる。

 キーワードはストレングス、このカードを使えばナルは一足飛びに3階建ての屋根まで飛ぶことも、大型のイノシシの突進を受け止める事もできた。

 【月】のカード、情報収取にも話し相手にもなるカード。

 キーワードはルナ、それはカードに宿った人格の相性でもありこのカードは宿っている人格を光の球という形で具現化させることができる。

 ナル自身も【愚者】のカードの恩恵で他のカードの気配を探る事ができるが、身近にグリムがいるせいでその気配が探りにくくなっていたため、いざという時の探査にはルナの力を多用していた。


 【隠者】のカード、最近手に入れたばかりのそれはまだカタログスペックしか知らず、使う機会もないまま放置されていた。

 キーワードも決めていないため、発動の際にはそのまま【隠者】と呼びかける事になるだろう。

 そして【悪魔】のカード。

 手に入れてすぐに封印と決めたカードである。

 そもそもタロットカードには意味があるが、手持ちのカードの中では最も意味に忠実なカードだった。

 悪魔の持つ意味は暴力、このカードは暴走するのだ。

 美味く使えれば【力】以上の戦闘力となりえるが、代償として無差別に周囲を攻撃し続ける化物に成り下がる可能性さえもあったため使用することは無いだろうと考えていた。


「ナル、あれも美味しそう」


「お、ほんとだ……つかまだ食うの? 」


「余裕」


「底なしだなぁ」


 グリムの胃がどのような働きをしているのか気になったナルだったが、今はそれ以上に屋台に気を向けていた。

 おそらく今後はこのように食べ歩きを楽しむ機会も無くなる。

 皇帝直々の呼び出しを食らったナルは覚悟を決めていた。

 今回の事件、つまり獣騎士隊の詰所に忍び込んで極秘書類を強奪、合わせて要人であるリオネット大隊長を暗殺しようとした間者を殺害し、それを防いだというのは大きすぎる功績だった。


(まぁ……20年ってところか)


 実のところナルが国を挙げて叙勲されるという事は過去にもあった。

 その都度名を変え土地を変え、行方をくらましては潜伏していた。

 その潜伏期間もナルのカード集めが難航していた理由でもある。

 一時は潜伏する場所がなくなり人里離れた秘境でサバイバル生活を満喫していた時期もあるほどだ。

 今回の一件は大々的に民衆に知られることは無いだろう。

 なにせ重要拠点への間者の侵入とその他諸々という国内外共に周知させるわけにはいかない出来事だったのだ。

 潜伏の必要は無くとも、王族貴族とのやり取りをしなければならない期間というのは当然できる。

 その中でナルの秘密がばれないように動ける期間が20年だと計算した。


(王族も貴族も面倒くさいんだよな……あいつら腹の底に何を隠してるか分かったもんじゃねえ……)


 平民相手と貴族相手の交渉術というのは大きく違ってくる。

 例えば平民相手ならば多少無礼な物言いをしてもナルという人間に対する信用が落ちるだけで済む。

 その後上手く対処すれば落とした信用以上の信頼関係を築くことも難しくはない。

 実際にナルは一度底辺まで信用を落としたニルスという男から兄弟と呼ばれる程親しまれるようになり、また危険視されたリオネットとも決して悪くはない関係を築けていた。

 だが貴族相手では、その多少の無礼が即座に死に繋がりかねない。

 ナル個人は死なないにせよ、それに巻き込まれる周囲の迷惑、また死なないとばれた後の事を考えれば普段通りの手管では問題が多すぎた。


「ナル……? 」


「ん? またうまそうな店でも見つけたか? 」


「違う……怖い顔、してた」


「お? おぉ? グリムも人の表情が読めるようになってきたか……お兄ちゃん嬉しいぞ! 」


 多少大袈裟に振舞って見せたのはグリムの一言を引き出すためである。


「ナル、うざい」


「だろ」


 あまり言及されたくない話が出た時、ナルはあえて面倒くさい対応をとる。

 相手に嫌悪感を抱かせて話を切り上げさせるのだ。

 これ以上話しても無駄だと思わせる方法だが、しかしこれも貴族相手には使えない。

 重箱の隅をつつく様に上げ足を取られる可能性を考慮すれば貴族との会話では迂闊な事を言えないのだ。

 しかし何も言わなければ沈黙を肯定と見なして勝手に話を進められる場合まである。

 結局のところナルにとって貴族も王族も等しく関わりを持ちたくない相手だった。

 それでも今回の呼び出しに応じたのは二つの理由があった。

 一つはリオネットのため、ナルにとっては有象無象に毛が生えた程度の付き合いであり、個人的には嫌いではないが彼女のために何かをするという気にはなれない程度の間柄だったが、隣で美味そうに焼きそばを啜るグリムの友人である。

 グリムはその性格上友人が傷つくという事態を酷く嫌がるだろう。

 だから、同行人に気を使ったというのが建前だった。

 そして本心は、皇帝が【皇帝】のカード保有者である可能性を考慮してのもの。

 その名の通りのカードを保有しているケースというのは多い。

 グリムは死神という通り名を持つ傭兵であり、リオネットは獣騎士隊という戦車部隊の隊長、過去に  【力】のカードを持っていた傭兵も怪力という通り名を持っていた。

 ならば皇帝がカードを持っている可能性も捨てきれない。

 だからこそ今回の申し出を受けたのだった。


「さて、と。そろそろ行くか。ミーシャ、引き続き案内よろしく」


「はいはい、もうだいぶ時間がたってるからな……」


 護衛としてはどうかという口のきき方だが、先日呑み交わした際に二人の距離はだいぶ縮まっている。

 合わせてミーシャはナルに庇われたことで、その好感度を跳ね上げさせていた。

 ナル自身下手に畏まられるよりはよほどマシとその態度を許諾しており、グリムはそもそもミーシャの事を覚えているかも怪しい。

 結果として、リオネットなどの上司や貴族と言った雲の上の連中と顔を合わせている時以外のミーシャは比較的フランクに接していた。


「それで、例の鍛冶屋まであとどれくらいなんだ」


「だいぶ道を逸れたんで、あと10分くらいですぜ」


「道を外れた割には近いんだな」


「そうなるように誘導したんで」


 ミーシャが護衛に抜擢されたのは理由がある。

 地理に詳しいというのが大きな理由だが、反面問題も抱えているのだ。

 街の事に詳しいというのは褒められたことだが、その理由は巡回で細かい場所まで見逃していないという訳ではない。

 脱走の常習犯でちょくちょく街へと遊びに出ているというのが理由だった。

 当然それは問題行為であり、しかし現場を押さえられたためしがないので罰することもできずにいた。

 あわよくばこの辺りでボロを出してくれないかと考えていたリオネットは慧眼だった。


「有能だな……まさか俺が誘導されているとは」


 実はナルはこの街の地図は全て頭に叩き込んでいた。

 これは癖のようなもので、初めて訪れた、あるいは数年ぶりに訪れた街や国の地図は必ず暗記することにしていた。

 そして買い食いという名目で食べ歩きをしながらその差異部を調べ、いざという時の逃走経路や戦闘になった際に有利に立ち回れる場所を探るのだ。

 今回の食べ歩きが細部の調査も兼ねていたが、周囲に注視した上で誘導されていたとなるとナルも驚きを隠せなかった。


「さて、ここだぜ。外見はぼろっちいがいい武器のある店なんだ」


 そう言って、ミーシャは一見あばら家にも見える家の前で立ち止まった。


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