エピローグ1
「さて、改めてナル、並びにグリム。君たち二人には王都へと同行してもらいたい。これは皇帝陛下直々の命令であり、その……なんだ、あまり君達を縛りたくはないのだが拒否権は無いと思って欲しい」
リオネット殿中事件から数日後、ナルたち一行は改めてリオネットに呼び出されていた。
隣には数日前に殴られた痣を残すミーシャの姿があった。
「合わせてミーシャ准尉、貴君の任務は我々の出立と同時に完了とする。残り数日だが気を抜かず、いいか。くれぐれも、気を抜かずに口元を引き締めて護衛任務にあたるのだ」
「もちろんです! 」
リオネットの言葉に対してミーシャの返事は気合いが入っている。
先日の事件では危うく降格と外出禁止、任務失敗などの印を押されかけて今の彼には後がないのだ。
故に、ここで任務完遂という結果を出さなければ今度こそ……という事態に陥っている。
事実厳重注意を受けているので、最後通告は済ませられていた。
その場で処分が下らなかったのはひとえに騒ぎを聞きつけて場を収めたエコーの手腕だろう。
ナル達の前に姿を見せる事は無く、裏から手を回すあたりにくい事をする
そしてそのエコーを後押しするように説得を試みたナルの口車のおかげというのもあった。
そもそも護衛よりも強い二人であり、裏では見張りという役目でもある。
その片方から目を離してしまったという事態は怒られて当然の事態だったが、ミーシャのもう一つの任務は囮である。
本命は専門の部隊に任せて民衆に紛れたり屋根裏から見張っていたりとそれなりに監視の目が行き届いていた。
当然それに気付かない二人ではないが、特に構う必要のない相手なので放置していた。
「あー盛り上がってるところ悪いがリオネット、タバコ吸っていい? 」
「却下だ、客人とはいえこの部屋は全面禁煙にしてある。先日も鎧や髪に着いた臭いを落とすのが大変だったんだぞ……」
「そりゃ、すまんかった。しかし移動手段はどうするんだ。獣騎士隊は戦車があるが、俺達は徒歩だ。そっちでなんか用意してくれるのか? 」
「皇帝陛下直々と言っただろう、専門の部隊が迎えに来る。食料なんかもそちらで用意してくれる手はずだ。私も同行しろというから獣騎士隊からも何人か連れていく予定だ。だから迎えが来るまでは大人しくしているんだぞ、頼むから」
「わかった、あとでまた風呂でも行くか……グリムはなんかやりたいことはあるか? 」
「ん、鍛冶屋に行きたい」
「という訳だ、リオネット。どっか紹介して」
グリムは武器が嫌いだった、しかし長年使い続ける事でその必要性を理解して、徐々に形状の意味などを調べていくうちに、有体に言えばハマっていたのだ。
「軍に剣を卸している業者はあるが……あまりいい剣は無いぞ」
「ん、あれは鋳造品。亮さんできるけどいい武器が作れるとは思えない」
「鍛造もやっていないわけではないが、その場合は騎乗槍が中心だからな……ミーシャ准尉、心当たりはあるか」
「そうですねぇ……3番街にある小さな鍛冶屋ですがそこはこだわりのある店なんで、ちゃんと使えるなら打ってくれるかもしれません。ただ特注なので出発までに間に合うかどうか」
「ではこの後二人をそこへ案内してやれ……まて、3番街と言えば歓楽街のすぐ横だったな……貴様さては……」
「軍旗を乱すようなことはしておりませんはい! 」
元気に返事を返したミーシャだったが顔中から脂汗を流していては説得力など皆無である。
おおかた飲み屋か娼館で知り合ったというオチがあるのだろう。
これ以上の問題行動は信用どころか職を失う可能性があるとミーシャは焦っていた。
「まぁいい、2人も構わないな」
「俺は煙草が吸えればどこでもいいよ、強いて言うなら後でタバコと薬草補充しておきたいくらいだ」
グリムは無言で頷いて肯定の意を示した。
「そうか、では後日日程が決まったらまた連絡する。それまでの滞在費もこちらでよういするので……できればうちの宿舎に滞在してほしいのだがな」
「酒が飲めない宿はお断りなんでな」
「禁煙、だと、私もツライ」
「……一応言っておくがグリムの歳でタバコを吸うのは違法だからな」
こめかみを押さえながらそう返したリオネットを尻目に三人は退室した。
一人は安堵の表情、残りの二人は飄々とした雰囲気の中獣騎士隊の詰所を進んでいき、街へと繰り出した。
これから彼らの旅に何が待ち受けているのか。
そんな不安を一人抱えるリオネットは一枚の書類に目を落とす。
「まったく……どうしてこうも面倒事が続くのやら」
そこには40年前の指名手配の書類があった。
すでに所々が擦り切れているその紙には人相を示す絵こそない物のある男の風貌が記されていた。
黒髪、10代後半から20代前半の男、やせ型で身長は170㎝程、この者大量殺人に関わった可能性あり。
そう記された書類の特徴は、ナルとよく似ていたのだった。
その紙が王都から送られてきたことの意味を考えたリオネットは、再びこめかみを抑えるのだった。




