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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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事件を終えて

「さて……乙は死後甲が所有していたタロットカードの力を甲へ譲渡する。以上の条文に例外は無く、丙がこれを保証する物とし絶対順守とする。丙が死亡した場合もこの契約内容に変更は無く、絶対不変、破棄不可、変更不可のものとして契約者の名を記し契約完了と見なされる。ここにこれでいいか」


「上出来だ、あとは甲乙丙にサインをして母印、この場合血判が望ましいな、それで契約は完了だ」


 フライの死体を片付け、また諸々の騒動に関しての報告を終える事になったリオネットとナルは契約書の制作にようやくこぎつける事ができた。

 甲はナル、乙はリオネット、丙はグリムであり三者がそれぞれサインを済ませて同時に血判を押して無事契約は完了となった。

 これで有事の際にリオネットが命を落とした場合【戦車】のカードはナルの元へと戻る。

 また有事の際を考えて同じ契約書をもう一通作成し、乙と丙、つまりグリムとリオネットの名前の位置を入れ替えた物も作成した。

 これでナルは新たに二枚のカードの予約を済ませた事になる。


「しかし意外だったな……こういった書類仕事は苦手だと思っていたが」


「戦車というのは普通の荷馬車以上に整備が面倒でな、事有る毎に整備だの買い替えだのが必要で慣れたんだ。苦手というのは否定しないがな」


 戦車は荷馬車と違い操縦者が立ったまま乗り込む。

 その為些細な不具合が転倒や落下という事故を招き、そしてそれは最悪の場合操縦者の死へと繋がる。

 故に、リオネットは書類を書くという苦手分野も克服していた。

 彼女が苦手と言ったのは不得手という意味ではなく、心理的に好ましい仕事ではないという意味であり決して下手という訳ではないのだ。


「それにしても、よくこんな簡単に話をつけられたな。仮にも軍の詰所で殺人事件だぞ」


「そこは私の人望だな。あの男が懐に隠し持っていた書類の束も証拠として認められたというのも大きいが」


 フライは懐に門外不出の重要書類を複数忍ばせていた。

 戦闘中ナルの致命的な攻撃を受け止めたからくりは書類束がクッションとなって本人へのダメージが軽減されたからだった。


「で、だ。ひと段落付いたところで俺の身の上話をしなきゃいけないんだっけか」


「そうだな、結局書類作成に注文を付けられて何度か書き直す事になったせいで聞きそびれていた」


 当初書類に丙に関する項目は無かった。

 それをナルが、書類を確認した際の思い付きで追加してくれと言い出し修正。

 そして絶対不変や破棄不可などの文言を織り込むように、これまた土壇場の思い付きで修正。

 最後には涙目になりながらも書類をかき上げ、紙を無駄に使ってしまったため面倒な報告書と始末書が増えると本気で泣き出しそうなリオネットを前に先程の会話が行われたのだった。


「まぁ、見ての通りだな」


「答えになっていないな」


「いや本当に見ての通りなんだ、死なない」


「確かに最後の一撃は致命傷だったが……服が破れているだけで傷跡は無いな」


「そうだな……ここまではグリムも知っている事なんだが詳しい経緯はまだだったな。ちょうどいい機会だから話しておこう」


 煙草に火をつけながら、ナルは自分の過去を語りはじめた。


「今から130年くらい前に起こった『英雄の反乱』と『英雄の鎮圧』って事件は知っているか」


 反乱と鎮圧と省略される事件、それはナルの家族や友人たちが英雄の血族を巡って争う国家に嫌気がさし、今後はどこの国家にも属さず平穏に暮らすと宣言したことから始まった事件である。

 そして鎮圧は、その一団が全滅した、つまりナルが能力に目覚めた時の事件だ。


「ん……」


「もちろんだ、歴史の授業で習った」


「学生姿のリオネットとか想像できないが……まぁいい、とにかくその事件の当事者だと言えば信じるか? 」


「与太話だと思うだろうな」


「だろうな、だから黙っていたというのもあるが……あの事件で名を挙げた人間が全員天寿を全うすることなく何かしらの形で殺されているのは? 」


「『英雄の呪い事件』だな」


「あれ、俺がやった」


 ナルが自分の力を理解してすぐにしたことと言えば復讐の準備である。

 あらゆる手段を用いて『英雄の鎮圧』に関わった人間を絞り出し、そして全員を殺した。

 ある者は食事に毒を盛り、ある者は馬車で轢き殺し、ある者は盗賊の襲撃に見せかけて殺した。

 いずれも鎮圧の際に得た功績が吹き飛ぶような方法を選び、例えば最も多く英雄の血族を殺したのだと豪語した男は数人の盗賊に殺されたように見せかけたのだ。

 結果的に関係のない人間が何人も犠牲になったが、ナルはさして気にしていない。


「とにかく復讐のために20年くらい不休で働き続けたな……いや、もうあんな生活はしたくないけどさ」


「私は今歴史上最大の不思議と言われた物の一つを知ってしまったのだがどのような表情をすればいいのだ……」


「信じるのか? こんな与太話みたいなのを」


「死なない人間を見た後なら大抵の事は信じられるさ。今なら幽霊の目撃談だって信じるぞ」


「順応性高いなぁ。まぁそんなこんなで復讐を終えた俺は当てもない放浪の旅に出て、傭兵として仕事を

したりしながら仲間や友人、恋人なんかができて、それを失って、自分が死ねない恐怖に遅まきながら気が付いて、今こうしてカード探しの旅をしているわけだ」


 自らへの皮肉を忘れずに付け加えたナルは灰皿を使わずに吸い殻を咀嚼してそのまま飲み込んで見せた。

 死ねないという事の証明の一環でもあるが、煙草の吸殻一つで自分の痕跡をたどられるという事態を避けるため身に着けた癖である。

 当然ながら人前ではやらないので、癖というにも語弊があるが……。


「しかし難航してたんだよな……探し始めて50年くらいか、その間に特定できたのは8種類くらいか。それで実際に手に入れたのは……言わぬが花か、グリムとあってからまた増えたけどな」


「いくつか疑問があるのだが、こういった契約書を作らずに所有者が死んだらどうなる」


「それも試したことがあるが、またどっかの誰かに渡るな。自然に俺に戻ってくることは無い」


「試した、とは? 」


「ある病気の爺さんがいてな、もう意識もない状態だったんだがその爺さんがカード保有者だった。何のカードか調べる事もできなかったけど、爺さんが死ぬのを見届ける事にしたんだ。そのために外堀から埋めて家族ぐるみの付き合いまで持っていくのが大変だったがな……それで爺さんは意識もないわけだから譲渡も契約もできない、それを間近で見取ったらなんて考えたが駄目だった。爺さんが死んだらカードの気配がふっと消えてた」


「なるほどな……ちなみに所持しているカードはなんだ」


「それは秘密だ、何処から洩れてどこから責められるかわかったもんじゃねえし」


「では、最後の質問だが……手に入れた二枚のうち片方は契約をしたと聞いたが、もう1枚はどうやって手に入れたんだ」


「……それ、聞いちゃう? 」


「ただの興味だ、答えなくてもいい」


「じゃあ答えない、ただ一つ言えるのはそのカードを手に入れた事で俺は危うく英雄扱いされそうになって逃げだす事になったとだけ答えておく」


「そうか……」


「こんな体質だからな、下手に祭り上げられて正体が露呈したらどっかの貴族やら王族やらに捕らえられて実験に使われるかもしれんと思って目立たないように心がけていたんだ。だからさっきフライにも言ったが、ナルていうのは偽名な。流石に何十年も名前の変わらない男がいたら怪しまれるから」


 正確に言うならば戸籍上は本名となっている。

 しかしナルは現在8つの戸籍と、同数の本名を持っており『ナル』という名前もその一つだ。

 偽名の数に至っては既に把握できない程名乗ってきているが、今現在活用しているのは20ほどである。

 かなり厳重に身分を隠しているが、実際ナルの生きてきた人生のうち10年程拘束され全身を切り刻まれる日々を過ごしたという時間も存在する。

 それはとあるカルト教団に拘束された時の出来事であり、まだカードの力を一つも得ていない時代だった。

 あくまでも本来のスペックは人間基準であり、強固な拘束を打ち破る術を持たなかったナルは多数の幸運に恵まれてその場から逃げる事ができたが、そのような経験はもう2度としたくないと考えていた。


「そういうわけで、リオネットも俺のことは極力黙っててくれよ。必要な所だけ残して他は誤魔化してくれ」


「命の恩人の頼みとあれば……しかし皇帝陛下直々に勲章をくださるかもしれないとまで言われている以上、陛下に聞かれたら庇いきれないぞ」


「そうなったらむしろ連れて行ってくれ」


 そう言ってナルが差し出したのは1枚の大アルカナ、いまだモノクロのまま探し続けているカード。

 【皇帝】のカードだった。


「皇帝陛下なんていうんだ、【皇帝】を持っていても不思議はない」


 とはいえ、ナルの予想では持っていないだろうと予想していた。

 このレムレス皇国は建国300年、比較的新しい国とはいえナルが生まれる以前の出来事である。

 どちらかと言えばここ100年で勢力を増したドスト帝国の皇帝を疑っていた。


「最悪の場合、俺はどんな手段を使ってでも逃げるがな」


「だろうな、だがその際はグリムは安全な場所に置いていけ。お前に巻き込まれたとなればこの子が可哀そうだ」


「もとよりそのつもりだ、死にたがりは絶対に生かすのが俺の信条だからな」


「なんとも捻くれたやつだな……と言いたいところだが、そんな過去を離された後では納得せざるを得ないな」


「だろ? 同情してくれてもいいんだぜ」


「そこは同情するなというべきだろうに……まったくどこまでも軽い男だな、君は」


 呼び方が貴様から君へと戻る。

 それはリオネットが改めて心を許したという証だった。


「そうだ、せっかくの機会だから聞いておくが、他にカードもってそうな奴に心当たりはないか? 人脈という点では俺よりも優れているだろ」


「持ち主か……少しカードを見せてもらえるか。それと名称の説明も頼む。占いは嫌いではないがタロットカードを暗記しているわけではないのでな」


「あぁ、じゃあ軽く含めて教えてやるよ」


 リオネットの助力を約束されたに等しいナルは、タロットカードを出すことなく1枚ずつ説明を始めた。

 愚者、魔術師、女教皇、女帝、皇帝、法王、恋人、戦車、力、隠者、運命の輪、正義、吊られた男、死神、節制、悪魔、塔、星、月、太陽、審判。

 そして世界。

 全てのカードの名称を挙げて、ナルの所有がばれているカードとリオネットとグリムの二人が持っているカードだけをその場に出した。


「これが【戦車】か……随分と神々しいな」


「【死神】、かっこいい、カード」


「それと【隠者】、さっき手に入れたカードだな」


「ふむ、あの男は何というか……生理的に合わないと思っていたがカードは美しいんだな。しかし【隠者】は色がついていて【戦車】と【死神】は白黒か……色付きは所有しているという事か」


「まぁそういう事だ、全部出さなかった理由は説明不要だろ」


「あぁ、だが心当たりか……どれも抽象的だったり対象が多すぎたりと難しいな」


「だから俺も100年近く探し回っているんだ、一応復讐に燃えてた間もカード探しは並行していたんだ

ぞ。成果は無かったが」


「むぅ……強いて言うならば【魔術師】と【女教皇】、【法王】だろうか。【魔術師】ならば魔術学園か魔術師組合を虱潰しにすれば見つかる可能性があるな」


 魔術学園、並びに魔術師組合とはその名の通り魔術を教える学園と、魔術師たちが日夜新たな魔術を生み出さんと研究にいそしんでいる機関である。

 しかし。


「残念だが全部空振りだった」


「そうか……ならば宮廷魔導士はどうだ。そこまでは調べられていないだろう」


「いんや、とっくに調べた。あらゆる手段を復讐のために使ったって言っただろ。その時に作った各国の裏道を使ってちょちょいとな」


「……それは、レムレス皇国にもあるのか? 」


「黙秘」


「あると言っているようなものではないか……」


「まぁ、実際あるぞ。要人の情報ってのは高く売れるからな」


「売るな、頼むから」


「今は足を洗ってまっとうに稼いでいるさ」


「胡散臭い、占い師、で? 」


 二人の会話に、茶菓子が切れた事で割り込んできたグリムだったがナルが確保していた茶菓子を分け与えた事で再び大人しくなった。


「胡散臭い占い師のどこがまっとうだというのだ……」


「酷いな、こっちは客からビンタされて金も払わず立ち去る輩さえ真面目に相手をしているのに」


「そんな対応される時点でよほど酷い占いをしているのが分かった。話を戻すが【魔術師】のカード保有者は他に心当たりはない。【女教皇】と【法王】もこの調子ではだめだろうな」


 爪を噛みながらそう答えたリオネットの表情からは恩人に報いる事ができない悔しさがにじみ出ていた。


「一応聞いておこう」


「ハイエロ法国に神官の夫婦がいるのだが、国内で人気を二分しているらしい。その二人が怪しいとにらんでいるのだが……どうだろうか」


「なんというか……微妙だな。流石に判断材料が少なすぎるし、なにより遠いからしばらくは確かめる事もできない」


 裏道もない国だしな、と内心で付け加えるのを忘れない。

 合わせて人気の神官というだけでは根拠として弱い。

 その程度の者がカード保有者であるならばナルはとっくに全てのカードを見つけていてもおかしくないのだ。


「ならほかに心当たりはないな、人脈があると言ってもそれは所詮軍という狭い世界だけの話だ」


 軍人の持つ人脈の広さに関して言及することは無い。

 なぜならばそれは、非常に言いにくい話ではあるが本人の資質がものをいうからである。

 強いから人脈がっぽりという訳ではなく、本人の人当たりの良さ等が換算されて人脈に繋がるのだ。

 だから、ナルなんかは人脈だけで日々の食事を得ている路上生活者などの人脈も十全に生かしていた。

 対してリオネットと言えば。


(まぁ……堅物だしな)


 堅物で融通が利かず、おまけに頑固で面倒くさがりだ。

 当然人を選ぶタイプの人間で、人脈は広いが浅い。

 おまけに顔見知り、知り合い程度の浅さなので情報を貰えるほどの仲ではないのだ。

 結果、リオネットが集められる情報にナルが持っている物以上の価値は無い。

 駄目で元々というつもりの質問だったが、リオネットの弱点が露呈してしまったという事になる。


「まぁ何度でもいうが急ぎの旅じゃないからな。リオネットの叙勲式まではこの街でのんびりさせてもらうさ。俺達も叙勲されるとなったら呼んでくれ、宿は街の南門に近い安宿だ」


「宿の名前は? 」


「知らん、いちいち覚えてられねえから」


「まったく……後で護衛をつけるように手配しておくからそれまでここで待っていろ。せっかくだから夕飯も食べていけ」


 夕飯という言葉にグリムが反応を示した。

 最近まで食事は栄養の摂取でしかないと考えていたグリムだったが、美食という毒に侵され始めていた。

 それもこれもナルの仕業、もとい努力のたまものである。

 ただ漫然と生きているだけでは死を待つばかりの人生だが楽しみがあれば死を恐れるようになる、それがナルの持論だった。

 常人ならば発狂する程の時間を死に物狂いで生き延びてきた経験談でもある。


「夕飯、ここのは美味しいから、好き」


「意外だな、グリムが食に興味を持つとは」


「おいしいごはん、好き。ナルの、調教? のおかげ」


「待てグリム待て待てその言い方は語弊がある」


「……口下手で言葉選びが下手なのは何年たっても変わらんな。せっかくだからグリムの話も聞かせてはくれないか。以前私と模擬戦をやってすぐに街を出たが、それから何をしていたんだ」


「傭兵、負け戦って言われてたの、選んで参加してた」


「あぁ……そういえば噂になってたな。負け戦に必ず現れる死神と……」


 ここ数年戦争が終結、あるいは膠着状態のまま動きがなくなっていた。

 グリムが傭兵を引退した理由はこれ以上人を殺したくないというのもあったが、そもそも仕事が減っていたのだ。

 その原因はほかならぬグリム自身であり、死にやすい戦場を好んでいたため必敗とされた戦で逆転するという事態が発生していた。

 しかしそこで攻勢に出ると、今度はグリムが寝返って更に自らを死地へと追いやろうとしていく。

 その結果が膠着状態であり、また勝ち戦も負け戦も全てが一人の手でひっくり返ってしまう事態を恐れた各国は無意味な侵略戦争を避けるようになっていた。

 現在数少ない戦争と言えば貧困や搾取に反旗を翻した物ばかりで、いずれもグリムが参戦するには値しない物だったため、グリム以外の傭兵が食い扶持を維持できているのが幸いというものである。


「グリムと言えば、リオネット。あんたグリムの事嫌いだったりしないよな」


「何を唐突に……数少ない友人だと思っているが、グリムは違うのか? 」


「避けられてる、って思ってた……」


「模擬戦で本気に殺しにかかって、あわよくばリオネットが手加減間違えて殺してくれないかなーってやってたら嫌われたって思ってたらしいぞ」


「あぁ……あれは本当に怖かった……思い出すのも恐ろしい……今でもたまに夢に見るくらいだ……しかし同じ女、所属は違えど同じ兵士、親近感を抱かないわけがあるまい」


 顔を青ざめさせているのは当時の光景を思い出しているからか。

 どれほど凄惨な光景だったのか、ナルは余裕がありそうなら聞いてみようと考えていたがすぐさまそやめた。

 心の傷をつつきまわす必要も無いだろう。


「じゃあ、私、嫌われてない? 」


「友人と言っただろ、そりゃ多少怖いと思っているが人は多面性を持つ生き物だからな。怖いだけではな

いさ」


「よかった……」


 そう言って、グリムは小さく微笑んだ。

 目じりに水滴がにじみ出るのをこらえるように唇をかみしめていたため歪な笑みとなったが、リオネットもそれに笑みを返し、グリムもこのままいけば死にたいという考えを払拭してくれるかもしれないと実感したナルも笑みを浮かべていた。

 実のところナルにしてみればグリムが死にたがりでなくなればいつでもカードの譲渡を受ける事ができる。

 今までグリムが譲渡すると言葉にしたことはあったが、カードの特性だろうか。

 【死神】のカードは所有者の死を極力避ける性質も持っているらしく、剣を持たずに戦場に出るに等しい真似をしようとしているグリムの譲渡を【死神】の意思で却下されていた。

 似たような事例を一度経験しているナルは、そういう事もあるかという感想を抱いただけだった。


「さて、誤解も解けた事だし……美味い酒は出るのか? 」


「残念ながら獣騎士隊は禁酒だ、酒の匂いを嫌がる馬もいるのでな」


「うっわ、俺一生獣騎士隊なれねえな」


「そうだな、少なくとも私が生きている間は入隊を認める事は無いぞ」


「まぁ1か所に身を置くつもりは無いからいいんだけどな……死ねるようになったらいままで蓄えた金を

使って自堕落に暮らすって決めてるし」


「ほう、つまりすぐに死ぬつもりはないわけだ」


「当然だ、俺は鎮圧事件の時に死にたくないと思っただけで不老不死になりたいわけじゃなかった。ただまっとうに生きて平凡に死ぬその日まで生きたいって願っただけなんだからな」


 結局のところ、ナル自身は自殺願望があるわけではない。

 いつか訪れる死を、正しく迎えたいと願っているだけに過ぎないのだ。


「今の外見から老化すると考えると……今すぐ死ねるようになっても60年くらいは生きられるんじゃないかって思ってる。130年も落ち着ける場所も時間もなかったんだ、そのくらいはのんびりしてもいいだろ」


「なんとも長い話だな……私の頭では理解が追い付かないよ」


「それでいいんだよ、人間なんてものはな」


「含蓄のある言葉だな……先程の話を聞いた後では重みが違う。私の尊敬する人も今は引退しているが、人

というのは全知にはなれないのだろうな」


「なれないし、ならなくていい。むしろなってはいけないんだろうよ。所詮100年の命、死ぬまで何かを考え続けて、結局はわからなくて、だからこそ楽しい。そんなもんだ」


 いつの間にか新しく火をつけていた煙草の灰がポトリと落ちた。

 しばしの静寂、それはナルの壮絶な人生の一端を垣間見たリオネット、過去を懐かしみ未来を羨むナル、そして目の前の茶菓子に夢中になったグリムのもたらしたものだった。

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