家族
それから三日後の朝、村民と意気投合したナルたちだったが当初の予定通りレムレス皇国へと出発することになった。
本来ならもう少し滞在するのも悪くはないと思っていたナルだったが、娯楽の無い田舎村での生活にグリムが限界を迎えようとしていたのだ。
観光するようなこともなく、仕事の手伝いを申し入れても体力を回復させることを専念させたいという保護者、つまりナルの意見を優先する村人たち。
暇を持て余して赴いた鍛冶屋では子供がうろちょろするなと怒られ、10歳も年下の少年少女からは旅の話を聞かせてと無遠慮に傭兵時代の事を聞きだされそうになりとさんざんな目にあっていた。
その結果、昼間から薬煙草を吸って丸一日寝続けていたため体力は全快したものの精神衛生という意味では最悪の状態だった。
そして最大の問題は、このまま村に滞在する期間が延びれば薬煙草の在庫が足りなくなるという点と、グリムに薬の耐性ができてしまう可能性が大きいという点だった。
本来の容量を守って使用する分には問題なくとも、それを越えた服用は薬に対する耐性をつけさせやすい。
もとより正しく使っても耐性というのはできるものであり、ナルは薬が効かなくなる日がいつ来るのかわからず戦々恐々としていたのだ。
だから、食料と安全なルートの情報を金銭で購入したナルはグリムを連れて早々と村を後にした野田田。
「……眠い」
「まだ薬が切れてないんだろ、あまりのんびりしてると薬煙草が持たないから休憩は最小限だからな」
「……ん」
余程眠いのか、ナルの言葉にうつらうつらと舟をこぎながら答えるグリムは時折大きくあくびをしていた。
ナルと出会って数日の間に、この数年苦しめられ続けた睡眠への恐怖を気にする必要がなくなったのもあってか、グリムは睡眠欲を隠さなくなってきていた。
薬に頼りきりというのは決して良いことではないが、それでもこの好転は悪い事ではないとナルは放置している。
それでもいつかは、煙草に頼らず眠れるようになってほしいと願いながらナルは煙草に火をつけるのだった。
「ナル、吸いすぎ」
「そうか? 」
「今日、10本目」
「あー、もうそんなに吸ってたか……足りるかな」
「タバコは、体に悪いって、お母さんがよく言ってた」
「へぇ……お母さんか……」
思えばグリムが自発的に家族の話をするのはこれで二度目だった。
一度目は必要に迫られての事、それ以外では家族の話などする機会はほとんどなかった。
だからだろうか、ナルも久しぶりに自分の家族の事を思い出していた。
「俺の親父も煙草の吸いすぎでよく怒られていたな。あれは単純に金がかかるからだけど……あぁ、あと俺を膝の上に座らせてタバコ吸ってたからってのもあるか」
「ナルの、お父さん? 」
「あぁ、このライター親父の形見なんだよ」
そう言って塗装のはがれたライターをグリムに手渡す。
すでに修繕のし過ぎで元のパーツなどほとんど残っていないそれは、しかしナルにとって父親との数少ないつながりだった。
「母さんの形見は残ってないから、俺の家族とのつながりってこれくらいなんだよな……親戚とかいないし、いても俺を知っている奴はみんな死んでるから」
「……そう」
「グリムの親はどんな人だったんだ? 」
「ごく普通の、人だった。お酒はあまり飲まなくて、煙草も吸わない。お父さんはお酒を飲むと、いつも
私の頭を撫でてた……お母さんはそれをニコニコしながら、眺めてた」
「いい人たちなんだな」
「……うん」
「連絡は取ってるのか? 」
「あまり、死神の、家族ってばれるだけでも、危険だから……」
「じゃあレムレス皇国に着いたら手紙書いてやれ、今はもう死神じゃないんだから」
正確に言うならば、傭兵の死神ではなくなったというべきである。
いまだに彼女の体内には【死神】のカードが存在している以上、死神として活動を再開することがないとは言い切れないのだ。
「……わかった」
「あ、でも俺の事は黙っておいてくれよ。確か炭鉱の村出身だろ、そんで娘を溺愛している親父さんだったら俺ぶち殺されそうだから」
「……? なんで? 」
「そりゃ年ごろの娘と同室で寝てますなんて話されたらなぁ。俺に娘がいたら相手をぶちのめしに行くぞ、どんな手段使ってでも」
「そんな、もん? 」
「そんなもんだ」
「ん、じゃあ内緒にしておく」
「あとはそうだな、なんか土産でも送ってやるといい。皇国の名産って何だっけな……煙草は吸わないっていうし、酒もそんなに嗜むわけじゃないなら……んー」
吸い殻をそのまま咀嚼して飲み込んだナルは、顎に手を当てながら真剣に記憶を掘り返していた。
土産に適した物で、なおかつ相手が喜ぶものとなれば限られてくる。
「レムレスは、野菜を使ったお菓子、がおいしかった……はず」
「菓子か、日持ちする物があればそれを一緒に送るか? 」
「ん……そうする」
少し、ナルとグリムの心の距離が縮まったように思える時間。
それはほんの数分の出来事だったが二人にとっては大いに意味のある時間だった。
二人がその事に気付くのは、この時のように昔の事を懐かしむようになってからの事だった。




