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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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ナルの旅

 一方ナルはと言えば。

「うごごごご……」


 地の底から響くような声を上げて頭をわしづかみにしていた。

 いまだに抜けない二日酔いにもがき苦しんでいるのだ。


「ちくしょう……ちくしょう……」


 すでに痛みは限界を通り越して、ナルの頭蓋が悲鳴を上げているのではという激痛だった。


「……もう、いいや」


 そう言ってナルは無言のままに【力】のカードを発動させ、自らの頭部にそっと手を当ててから、力の限り握りつぶした。

 【力】で強化された腕力は人の頭蓋であろうとクルミのように砕く。

 ナルはこの場において自殺という手段で二日酔いの痛みから逃げたのだ。

 原則として死ねばカードはどことも知れぬ他者へ譲渡されることになる。

 その例外の一つが、ナル本人の自殺である。

 不死である自分を殺すという矛盾、しかしそれは奇しくもカードの所有者をナルが殺したという事例に該当し、結果的にカードの力を失うことなくナルは命を捨てる事が出来るのだ。

 そして。


「ふぅ……すっきりした」


 何事も無かったかのように一度は無残な死体となったはずの肉体を起き上がらせる。

 そこに血の跡は残っていても飛び散った脳髄などは全て元の位置に収まっていた。


「なにやらおかしなおとがしまし……たが、これは誰が殺されたので? 」


「いやすまん、鼻血吹いた」


 何事かと飛んできた村長相手に平然と嘘を吐いたナルは鼻を押さえてそれらしい演技をして見せる。

 実に白々しいが、調べればこの部屋に死体がないことはもちろん、村人の一人さえも死んでいないとわかるだろう。

 故にナルがこの村でとがめられるようなことは一切していないという証拠があるのだ。

 だから村長としてもナルの嘘を信じるしかない。

 むしろ誰が『二日酔いがひどくて直接脳を掻き毟りました』などという妄言を信じるのかというのもある。


「して、昨晩は商談とは名ばかりの宴会になってしまいましたので。どうでしょう朝食もかねて打ち合わせの場を設けようと思ったのですが……本当に大丈夫ですかな」


「あぁ、もう止まった。ここ最近の疲れが一気に出たかな……病気じゃないから安心してくれ」


「そうですか、ただお客人にこういう事を言うのは気がひけますが……」


「あぁ、この部屋は俺が掃除するよ。すまないな」


「そうですか、では私はこれ以上はなにも。朝食までもう少し時間がありますのでご自分の血を落としてきてはいかがですかな」


「そうさせてもらおうかな、本当悪いね、借りてた服まで汚して。全部弁償させてもらうよ」


 二日酔いの激痛に耐えきれなかったナルは後のことまで考える余裕がなかった。

 普段であればどうしてもという場合は人気のない場所でやっただろう。

 あるいは掃除が楽な場所を選んだかもしれない。

 しかし痛みからの解放という甘言に惑わされたナルは即時実行、結果部屋の一部に、特にベッドの周辺に血液をまき散らしてしまった。

 失われた臓器や骨などは現物があればナルの身体へ戻ろうとするが、それらが焼却などの形で失われた場合は即座に再生が始まる。

 原形をとどめて居なくてもモノがあれば同じように身体へ戻り修復が始まるのだ。

 対して血液は、失われたそばから新たな血液を生成、あるいは再生されるので出血そのものは後を残してしまう。


「いやぁ……酒って怖い……しばらく禁酒しようかな」


 おそらく二日酔いの辛さに耐えかねて自殺を図ったのは古今東西どこを探してもナル一人であろう。


「つめてぇ……あ、そうか二日酔いにはお茶がいいって聞いたっけか、今更だなぁ……。


 水を浴びて目も覚めたのだろう。

 一人そんなことを呟きながら井戸の水をもう一度汲みなおして、頭からかぶるのだった。


「あ、おねえちゃんのおにいちゃんだ! 」


「あ? 」


 上半身裸というあられもない姿、とはいえナルは男なのでそれをとがめる者はいないが、そんなナルは声のした方に視線を向けて面倒な生き物がいる事に気付いた。

 子供である。

 先程グリムと一緒にいた子供達だが、一人はそのまま工房に残ったのか数が減っていた。


「ねぇ、おねえちゃんのおにいちゃん、旅のお話聞かせて! 」


「旅の話? 俺よりグリム、あー、ちっこい金髪いただろ。あいつに聞けばいいんじゃないか? 」


 さらりとグリムを生贄にしようとするナル。

 先程グリムはこの場にナルがいればという考えを抱いていたが、仮にいたとしても全てグリムに丸投げされていたことだろう。

 互いの信頼関係を崩さないためにもナルがあの場にいなかったのは正解だった。


「おねえちゃんからはもう聞いたの、今は鍛冶のおじちゃんと剣の話してるからおにいちゃんにききに来たの」


「そうかそうか、でもごめんな。俺この後大人たちと仕事の話をしなきゃいけないんだ。その後ならいくらでも話してあげるよ」


 子供の頭を撫でながらそう答えたナルは内心で黒い笑みを浮かべる。

 どうせ子供の事だ、他の遊びに夢中になっている間につかれて家に帰って寝るだろうと。

 明日も似たような方法ではぐらかしてやればいいと。

 そんなことを考えたのは数時間前、昼食を済ませて有意義な商談だったと各関係者と握手を終えて村長の家を出て散歩にでも行くかなと言った瞬間だった。


「お兄ちゃんお話おわった? 」


「旅の話きかせてー」


 その存在と口約束をすっかり忘れていたナルは冷や汗を流した。

 こどもからはにげられない。

 そんなこど場が頭をよぎった。

 そして観念しで適当な旅の話をすることにした。


「そうだなぁ……子供が喜びそうな話か……じゃあ旅の途中で見つけた古井遺跡を冒険した話でもするか」


 そう切り出し、子供受けしそうな冒険譚を記憶から呼び起こして時には身振りを加えて面白おかしく聞かせたのだった。

 そして翌朝。


「ナル殿……外に村人が集まっているのですが何かありましたかな」


「いや、心当たりは特にないけど……」


「なにやら昨日子供たちに話された冒険譚が村で人気でして、続きを聞きたいという者達が仕事を投げ出

して集まっているようでして……」


「まじか……えぇいくそ、村長。この村に滞在する費用の一部をそれで賄って欲しいって言ったら怒るか? 」


「短期的に見ればこちらが丸々と損をするでしょう、しかし娯楽に飢えている村民が多いのも事実、滞在費の半額というところですかな」


「ちくしょうこの爺もやり手だ……」


 こうしてあえなくナルは滞在期間のんびり過ごすという目標を捨て去り、村長宅の前で延々と旅の話をすることになったのだ。


「今日は大人もいるから冒険譚以外もな。東にある島国は変わった食文化で豆と生が好きなんだ。豆を発行させた調味料で作ったスープに豆で作った具を入れて、生の魚と生の卵に豆のソースをかけて食べてた。俺も食べたが、これが意外と美味くてな……」


 そんな風に昔を懐かしみながら語るナルの周りでは驚愕や笑いが絶えず響いていた。


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