村での休息
それから数時間、たっぷりと休息をとったナルは村長の家でこれまでの経緯を話していた。
当然ながら相手の信用を得るのは難しく、全てを事細かに話した所で鵜呑みにしてくれるわけではない。
だから要所要所で適当な誤魔化しを入れたところで、大した問題にはならないのである。
なにせナルもグリムも目的があってこの村を訪れたのではなく、必要に迫られて立ち寄ったに過ぎない。
用件が済めばあとはどうとでもなれと言わんばかりにブラフやでまかせを駆使して村長の信頼をある程度勝ち取れば十分なのである。
「それで、この村にはどれほど滞在するおつもりですかな」
「俺はともかくグリムが少しばかり疲れがたまっているから……長くても三日という所かな」
「そうですか、では村の鍛冶師には武器の研ぎなおしは最優先と伝えておきます」
「そりゃ助かる、けどいいのか? 俺らみたいな得体のしれない奴らに対して」
「下手に機嫌を損ねて報復でもされてはたまりませんからな。それに、こちらの要求にも従ってくださっ
ているのですから……というよりは年の功ですかな、どうにも儂にはあなた方がそれほど悪い人たちには見えんのです」
「そうかい? 案外極悪人かもしれんぞ」
「はっはっは、極悪人であろうとも村に利益をもたらしてくれるのであれば歓迎し、聖人君子であろうとも村の秩序を脅かすのであれば叩き出すだけの事です」
「なるほど、そりゃ道理だ」
軽快な会話の端からナルはいくつかの情報を得ていた。
まずこの村にはそれなりに腕の立つ人間が滞在、あるいは住んでいる。
邪魔者は叩き出すという言葉からそれを読み取った。
また鍛冶師がいて、研ぎなおしを最優先にさせるという事から金属を用いた農具が使われている可能性が高く、すなわちこの村の畑はそれなりの規模を有している。
つまり交渉次第ではある程度の食料を融通してもらえる可能性が高い。
そしてそれだけ蓄える事が出来るのならば、この村はレムレス皇国の領土に有るため皇国も捨て置くような真似はしていないだろうことから直通の道路が整備されている可能性が高いだろうと考えた。
「しかし悪いね、寝床を占領しちまって」
「構いません、ここはもとより客人をもてなすための部屋ですからな。三日、ごゆるりとお過ごしくだされ」
「あぁ、そうさせてもらう。ただちょっと申し訳ない話なんだがな、グリムはトラウマを抱えててな……夜中に魘されたり叫んだりするかもしれん。さっき吸わせた煙草である程度どうにかできるが、暴れだしたら俺が止めるから手出しは控えてほしい」
「ほう……たしか17歳と言っていましたが、随分と苦労なされているのですな。して、トラウマとは? 」
「それを俺の口から語るのは裏切りに相当するから言えないな。ただこんなご時世だ、身寄りのない俺達が金銭を稼ぐには身を売るしかない……ついでに妹は処女で、武器の扱いに離れていると言っておく。これで察してくれたら助かるんだが」
「なるほど、それは確かに酷な話でしたな。ぶしつけな質問お許しくだされ」
「構わんよ、それよりも商談に移ろうか……面倒は避けて聞くんだが、金と物資どっちがいい」
「そうですなぁ、あなた方の持ち込んだ皮や骨は大変魅力的ではありますが見合った物を用意するには村のたくわえを随分と放出しなければなりませんので……金銭でお願いしてもよろしいですかな」
「頼んでるのはこっちだからな、あまり吹っ掛けないでくれよ」
「もちろんです、してどちらの国の物ですかな」
「皇国の金は持ち合わせていないんで共和国の物だが……だめか? 最悪の場合持ち込んだ皮とかを格安で卸してでも水と食料を分けてもらわなきゃまずいんだ」
「ふむ……多少手間がかかりますが、商人と交渉をすれば共和国の金も使い道は有ります故問題ないでしょう。詳しくは妹君が起きてからという事で」
「あぁ、もう少し寝かせてやりたいしな」
そう言って、隣のベッドで眠るグリムを見たナルだった。
顔色は相変わらずよくない。
しかしそれは疲労からくる物であり、休めばよくなるだろう。
多少の汗をかいているので額に手を当ててみたが熱がある様子は無く、薬が切れかけているのかもしれない。
その事に聊か焦りを覚えつつ、しかし顔に出さないように村長に向き直る。
「滞在中の飯とか洗濯分も金は支払うのは当然としてだ……ここ、タバコ吸ってもいい? 」
「どうぞお好きなだけ、というより儂もこの年で随分と吸う性質でしてな」
「お、喫煙者仲間か。何を吸ってるんだ? 」
「レムレス皇国の南西にあるウィードという街特産の煙草です。香りが強く辛みの強い煙草ですな」
ウィード産の煙草、それは世間的に流通量が多い煙草だが値段はピンキリで高い物では10本セットで大人が三食酒付きで飲み食いできるだけの値段がする。
物を味わえばそれが安いか高いか把握するのは難しくない。
その点を理解することができれば、この村の財布事情も見えてくる。
また流通事情についてもある程度予想することも難しくない。
貯蔵量を見る事ができれば商人がどれくらいの頻度でこの村を訪れているのかも計算することができるだろう。
「あー、あれか。前に吸ったことがあるが、安い奴でも十分にうまかった。あ、俺はザクソン産を加湿して吸ってるよ」
ザクソン産は甘みのある煙草で癖がなく愛煙している者も多いが、遥か西の国で作られているため輸送の途中で味が変わってしまう。
その為風味を生かすには保管用の木箱を水で湿らせて、軽くふき取ってから煙草を保管して加湿する必要があった。
その手間がまたタバコを吸う楽しみを倍増させてくれるという者もいる、通好みの煙草だった。
反面、手間をかけなければ味にむらのある不味い煙草という悪評もあるので村長がどのような反応を見せるかでどの程度の知識を持っているかもうかがえた。
「ほほう、中々良いご趣味をしていらっしゃる。良ければ儂の煙草をいくらか融通するので、そちらの物を分けていただくことはできませんかな。こんな村ですから他の煙草を味わう機会が少なくて」
なるほど、商人以外の人間も含めて情報のやり取りというのも相応に行われているらしい、しかし流通はある程度制限があるようだとナルは頭の片隅にその情報をしまい込む。
ここで断定させるのは、まだ危険なタイミングである。
正しい情報は正しく、誤った情報は誤って人を導くものだ。
故に、全ての情報を鵜呑みにするのは危険であるという事をナルは身をもって知っていた。
「いいぜ、ついでに必要なら薬煙草もいくつか用意できるが? 」
「ふむ、気になるところですが……参考までにどのような物を? 」
「グリムに使った睡眠薬系が三種類あるな。即効性が一つ、これグリムに使った奴。それから少しずつ眠くなるようなものが一つに、精神を落ち着ける系のものが一つ。それから痛み止め、これは正確には煙草ではなく煙草の形にして持ち運んでいる薬草だな。一回分をわかりやすく煙草の形状にしているから水に溶かして飲むもんだ。あとはのどの痛みを和らげるものが一つ」
その他にも毒性が強く通常の人間ならば一口吸っただけで眩暈を起こすようなものや、一部の国では禁止されているような摩耶君近いものまで持っているがその辺りは黙っていた。
わざわざそんな危険物を持ち歩いていると教える必要はないからである。
「なるほど、では喉に効く物を一つ試させていただけませんか。年のせいか最近痛めてしまいましてな」
「何だ早く言ってくれたら用意したのに、預けていた煙草の箱持ってきてもらえるかな」
「わかりました、今持ってきます」
そう言って部屋を出ていった村長の背を見送り、再びグリムに向き直る。
先程同様少し汗をかいている程度で、魘されている様子はない。
やはり疲労のせいだろうか、と思った瞬間グリムの手が枕の下に潜り込んだのをナルは見逃さず、そのまま腕を掴みグリムの上体を無理やり起こして背中を拳で軽く圧迫した。
「っ……」
「おはよう、グリム」
「………………おはよう」
「危なかった……こんなとこで刃傷沙汰はさすがに追い出されかねないわ」
「……まだ眠い」
「今村長が煙草取りに行ってるから、寝るならもう一本吸ってからな。薬も切れてきた頃だ」
「……わかった」
「あー今のうちに伝えておくことは特にないが、出発は三日後にしたからできる限り体を休める事に集中しとけ。武器は最優先で研ぎなおしてくれるらしいから」
「ん……」
「それとこの村、美味い野菜が食えるかもしれんぞ」
「……お肉が、あれば十分」
「好き嫌いすんな」
「……ん」




