成長著しい弟分
街や村が点在しているのには当然ながら理由がある。
一つは開拓に適した地であるかどうか。
人が道具を持って森林や野山を切り開くというのは並々ならぬ労力を必要とする。
更に生活する上での利便性も考慮し、地下水脈の有無なども見極める必要があるためこの手の事業は国家を挙げての物となる。
しかし単独国家による開拓というのは、実のところ労力に見合わないことが多い。
どうにか土地を切り開き、住民を用意し、彼らの生活を支えるまでの手伝いを賄うには開拓以上の資金が必要となる。
そう言った場合国家という垣根を越えて互いの利益を得るため助力を得る事になる。
つまり、どれだけ辺鄙な土地であろうとも横槍を入れられないように国の威信をかけて整備を行うのだ。
その一つが道路であり、幾度となく馬を走らせ土を踏み固めてひとが歩きやすい道を作るのだ。
そんな努力のたまものを、ナルたちは惜しみなく活用していた。
カラカラと音を立てて回転する車輪を見下ろしながら、街で購入された様々な生活用品と共に積み込まれたグリムの寝顔を堪能しているナルは徐に煙草に火をつけて旅をしていると実感していた。
徒歩の旅では味わえない、歩かずとも景色が流れていくというのは人の思考をいらぬ方向へと回転させる。
例えば今ナルが考えている事は、薬の力を借りて久方ぶりの安息を得たグリムが目を覚ました時にどのようないたずらをしたら驚いてくれるだろうかという邪な物だった。
半分ほど吸い終えた煙草の灰を、過去の人物たちが汗水たらして作り上げた道に落とし、そして積み荷の中から見つけた炭の粒でグリムの頬に猫のようなひげを描いたところでその指をつかみ取られた。
「……………………お兄ちゃん」
「……すまんかった」
どれだけ深い眠りであろうと、グリムの生い立ちは安眠を許してくれるものではなかった。
悪意に敏感に反応できなければ死ぬ、あるいは反応できなければ死ぬことができたという彼女にとってナルの些細ないたずらさえも見過ごせないものだった。
「もう悪戯しないから、もうしばらく寝てていいぞ」
「……そうする」
いくらか文句を言い足りない様子を見せながらも、それでも眠気には勝てなかったのだろう。
すぐさま寝息を立て始めたグリムに、指を折られなかったことと切りつけられなかったことの二つに感謝しながら唇を焼こうと迫る吸い殻を吐き捨てたのだった。
「それで、兄弟。その嬢ちゃんとの関係をまだ聞いてなかったが……妹じゃないな」
「何のことだ兄弟、グリムは俺の妹だぞ」
「おいおい、俺にまで嘘をつく必要はねえよ。その嬢ちゃん、死神だろ」
ニルスの言葉に、ナルは笑みを浮かべたまま二本目の煙草に火をつけていた。
そして煙で胸を満たしてから、冗談では済まない殺気を漂わせる。
「おっかねえ気配を出すなよ、兄弟。俺はお前ほどじゃないけれど交渉上手で通ってるんだ。当然酒場で得られるような情報には通じてるんだよ」
つまり、酒場に入り浸るような人間との付き合いはそれなりにあるという事だ。
そう言った人間は大抵の場合あぶく銭を抱えているか、あるいは仕事も碌にしない鼻つまみ者のどちらかという事になる。
後者から得られる情報というのは大した価値を持たないが、前者から得られる情報というのは時に値千金となる。
その事を知っていたニルスは時折そう言った情報の売り買いをして私腹を肥やしていた。
その金を村に持ち帰れば共有財産として没収されかねないと考え、貸金庫に安くない代金を支払ってまでコツコツと貯蓄まで進めている。
「世の中金と時間の両方を持て余している連中ってのは一仕事終えた傭兵と相場が決まっている。そんな奴らがご丁寧に戦場で見かけた名立たる英雄について高らかに語ってくださるのさ」
「その中に死神の情報があった、と? 」
「おうよ、黒い装束の子供、金髪で痩せっぽっちのくせにバカつええってな」
「はーん、確かにグリムの容姿と一致しているな。でもそれだけじゃ根拠とは言えないだろ」
「おうよ、だからカマかけしたのさ。お前さんから教わった手管、どうだい? 」
ナルは、人間の成長という物について驚嘆した。
ニルスに教えた事は基礎中の基礎、それを応用してその道のプロであるナルにカマかけまでして見せた。
「言ってたよな、嘘をつくときは黙るなと。その煙草、沈黙を誤魔化して時間を稼ぐにはいい手段だが……一度飲み交わしただけでも俺とお前は血のつながっていない兄弟なんだぜ」
「まいった、さすがだ弟分。ご明察の通り俺とグリムは兄妹じゃあない、訳ありで道中共にすることになった間柄だ。面倒だから兄妹と言い張っているけどな」
「その訳アリの部分も当ててやろうか、先日街中に現れた化物の噂に関係しているんだろ」
「その通り、正解したご褒美に一個良いことを教えてやるよ。情報を軽く扱う奴は長生きできない、何かに気づいても本人が言い出さないうちは黙認するのが長生きの秘訣だ」
「はっはっは、確かにその通りだな、兄貴分。伊達に俺より長生きはしていないな」
「………………」
今度こそナルは完全に沈黙するしかなかった。
自分の生い立ち、また年齢に関することは一切語っていない。
だというのに、すでに40を超えているであろうニルスが外見だけなら20代、下手をすれば10代半ばのナルが自分より長命だと気付いたそぶりを見せたからだ。
「どうよ、このテクニック。兄弟が教えてくれた話から、相手を問いただすときや追い詰めるときは畳みかけた方がいい、それがカマかけとブラフだけでもってな」
「……まいったな、子悪党が一晩で詐欺師顔負けの敏腕になっちまった」
「詳しくはきかねえさ、おそらく英雄の血族とか魔法とか、そういった俺にとって埒外の領域の話なんだろうからな。でもよ、俺はこれだけは言っておかなきゃならねと思ってるんだが聞いてくれるか」
「敗者は勝者に従うまで、全部見抜かれて素っ裸にされた俺は大人しく煮られて焼かれるさ」
「お前さんは煮ても焼いても食えなさそうだが……もし生きるのに疲れたらミストル村に来な。そこで余生を過ごすといい」
「ミストル村、それがニルスの故郷か? 」
「あぁ、これから俺が帰る場所でもある。頭の固い歳よりばかりだからお前と俺なら裏から村を支配できるぜ。上手くやればミストレスの街だってどうにかできるかもしれん」
「酷い誘い文句もあったもんだな……ま、そうだな。やる事がなくなったら手を貸してやるよ」
「そんときゃ、よろしく頼むぜ兄弟」




