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タロットカードの導き~愚者は死神と共に世界を目指す~  作者: 蒼井茜


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回想

 それから数日経って三人は無事旅立つことができた。

 馬車の修理は滞りなく、磨きなおした剣もグリムとリオネットの動向によって問題なく引き渡しが終わり、食料や衣類も全て万全の備えができたわけだが……。


「これ、本当に着てなきゃ……だめ? 」


 グリムはただ一人、不満げに自分の服装に何度も同じ質問を繰り返していた。

 以前購入したのとは違う白いワンピース、裾が短く座り方に気を付けなければ下着が見えてしまいそうなそれは確かにグリムの要望である動きやすさという一点では要求を満たしている。

 しかし、ここ最近グリムはようやく年相応の羞恥心を覚えたのか、はたまたナルを男として意識し始めているせいか、いざという時にいつも通りの動きができるかという不安を残していた。


「似合ってると思うぞ」


 馬車には乗らずドスト帝国で下賜された馬にまたがりながらそう答えるナルに、グリムは白い頬を赤らめてうつむく。

 すでに何度目か数えるのも馬鹿らしいとリオネットは御者としての仕事に集中していた。

 リオネットがどれほど言っても着替えたいと言い出すのに対してナルが一言褒めるだけで一時的にとはいえ大人しくなるのだから、口を出す必要は無いだろうと考えての事だった。


「さて、ようやく聞けるか。君は帝国で何をやらかした? 」


 ふと、会話に間ができた頃合いを見計らってリオネットがそんな言葉を口にした。

 街にいる間は人目のある場所でしか顔を合わせておらず、ナルが二人の居る宿を尋ねる事もなかったため聞く機会がなかったのだ。


「捕まって、拷問されて、裁判にかけられて、暴動起こして、犯罪組織に身を隠して、皇帝の孫を治療して、この馬と宝石の類を貰った」


「本当に何をやらかしてくれているのだ……」


 どこから文句をつければいいのかと頭を抱えたリオネットだったが、一つ一つ疑問をぶつけていく。


「捕まる必要はあったのか? 」


「一番手っ取り早い方法だった。ただその際に拷問のおまけがあるから二人を逃がした。俺は慣れてるからいいけど、2人は初体験だろうし拷問が強姦になる可能性もあったからなぁ」


「直接帝都に乗り込めばよかったのではないか……? 」


 自分でも物騒な事を言っている自覚はあるのだろう。

 言葉を濁しながら意見を述べるが、それでもどこか後ろめたい様子が見られる。


「それだと騒ぎが大きくなりすぎる。だったら被害の少ないうちに内々で処理できるように気を使ってやれば覚えも良くなるだろ」


「いや、初めから覚えは悪いだろ」


「そうでもないぞ。なにせ裏から手を回してる輩がいたってだけで帝国は俺らについて思う所なんかなかったわけだ。連中が引っ掻き回さなきゃ俺達はむしろ歓迎のパーティで食事会としゃれこんでいたかもしれないな」


「トリックテイキング、だったか? また奇妙な名前を付けた物だ」


「だよなぁ」


 トリックテイキング、こことは違う世界で太古の時代に発明されたゲームだという。

 タロットカードが占いに使われる以前の話であり、そしてタロットカードを用いたゲームという現代ではほとんどしられていないそれを、しかしナルは記憶の断片を探りながら思い出そうとしてやめた。

 あまり意味のない行為だと気付いたため、すぐに思い出す必要も無いだろうと考えての事だったが、それ以上に道が荒れてきたというのもある。


「馬車の揺れはどうだ? 」


「このまま悪路が続くと車軸を痛めそうだ、少し速度を落とそう」


「わかった」


 すぐさま緩やかに減速した馬車の隣に並ぶように、ナルも馬を小走りにさせて並走する。


「で、どこまで話したっけか」


「まだ概要だけだ」


「あぁそっか、捕まってからは普通に拷問受けたな」


「軽く言うな」


「実際生ぬるい拷問だったからな。焼けた火箸、爪剥ぎ、親指潰し、あと眼球にタバコの火か」


「……どれも相当酷だと思うのだが」


「いやいや、車輪刑とか鉄の処女とか、あぁ苦悩の梨なんかもそうか。そういうのに比べたら遊びみたいなもんだったよ」


「すまないが私は拷問具には詳しくない。だからと言って詳細は言わなくていいぞ。というか言うな、頼むから」


 半ば懇願とも言うべき様相のリオネットに、こんどちょっと話してみようかなといたずら心をくすぐられたナルだったが、その場はひとまず頷いておいた。


「一番きつかったのは煙草が吸えなかったことだな……」


「君は……拷問官が泣くのではないか? 」


「泣いて喜んでたよ。どれだけ痛めつけても翌日には治ってるからやりがいがあるってな」


「それは……なんとも言えんな」


「だろ? あとは普通に帝都まで輸送されて、牢屋に叩き込まれた」


「そこで拷問は? 」


「到着してすぐに裁判の日取りを伝えられて、で隣の牢に繋がれてた男から煙草買ってのんびりしてた」


 その時の煙草はどれほど美味かったかと雄弁に語るナルを何を言っているのだろうかという視線を向けてからため息を吐いたリオネット。

 ナルを相手にするならばこの程度のことは今更だと諦めたのだ。


「その煙草がなんと銀貨三枚、驚くような物価だったな。後日そいつと再会した時は凄かったぞ。牢屋の中だっていうのに大概のものは揃ってて熊の絨毯までしかれてた」


 今や懐かしい隣人の話を笑い交じりに話すナルだが、リオネットの顔色は優れない。


「……それは腐敗の証拠ではないのか? 」


 隣国の腐敗、それがレムレス皇国にも少なからず影響を及ぼしていると察したのだろう。

 騎馬街での一軒も含めて裏を読み解いたリオネットの慧眼にナルは口笛を吹いて茶化す。

 同時に。


「腐るのも発酵するのも同じことだから、あの国にしてみれば発酵扱いなんだろ」


 と、適当な事を口にして本人はどこ吹く風と飄々としているのだ。


「そうか……」


「腐敗に関しちゃ、もう爺から返事来ているんだろ? 」


「あぁ、君を待っている間は行動を慎むべきかと思ったが連絡を取らせてもらった」


「かまわんよ」


 結果的に問題が起こらなかったのであればどうにでもしてくれと、ナルは懐から取り出した煙草に火をつける。

 馬が嫌がるそぶりを見せる事もあるが、幸い今旅を共にしている二頭は火にも慣れているのか大人しい物だった。


「で、なんて? 」


「騎馬街の腐敗は皇帝直属の人間が手を入れた事で終止符を打たれた。今は街の治安改善に努めており、人々の暮らしは良い方へ向いているそうだ。だが……」


 言葉を濁すリオネット。


「一部の甘い汁を啜っていた市民の反発か」


「うむ、大手商人なんかは密輸にも関わっていたそうでな。しばらく外交ルートは塞がれることになりそうだ」


「そりゃ大変だ。爺も苦労人だな」


「あぁ、君という爆薬を腹に抱えているのだからな」


「もう爆薬じゃねえけどな」


 既に火は放たれ、大火へと変化している。

 その説明をしなければと灰を道端に落としながらナルは続きを語った。


「俺が牢屋に入れられて裁判を待つ身になってからだが、その後の裁判で暴動を起こした」


「そうだ、それについて詳しく聞きたいと思っていたのだ」


「まぁ気になるよな。と言っても俺は適当に市民を先導しただけで、というか口車に乗せただけで何もしていないとも言える。裁判に出席していた検事に人前で金を手渡して、この場に俺の仲間、裏社会の人間が何人も紛れているぞと嘘を吐いて、疑心暗鬼を誘っただけだ。そんで結果的に歯車が上手くかみ合って、小さな火種から街を巻き込む大火事になったわけだ」


「なんとも……本当に君は恐ろしい奴だな。言い換えるならばわずかな金と、些細な労力、そして大きすぎる嘘で国を一つ傾け賭けたのだろう」


「まぁそうなるな」


「人の言葉一つで揺らぐ帝国の危うさもそうだが、それ以上にそんなわずかな隙に付け込む君が本当に人間なのか疑わしくなるな」


「長年、そうやって裏組織をでかくしてきたからなぁ」


 ふと、今頃ローカストはレムレス皇国に着いている頃だろうかと思い出す。

 いつぞやの薬売りの事も思い返して、今後しばらくは厄介な事に巻き込まれるのだろうなと意趣返しの仕返しができるのではとほくそ笑んだナルにリオネットはさらに言葉をつづけた。


「その裏組織、以前も少し話していたがどんな連中なのだ」


「これ言っていいのかな……まぁいいか」


 少し悩んでからナルは懐にしまい込んでいたグラスホッパーの駒を投げ渡す。

 器用にも馬車の速度に合わせてリオネットが受け取りやすい角度で放ったそれは音もたてずにリオネットの膝の上に落ちた。


「これは? 」


「裏組織の幹部が持つ証。フェアリーチェスって知ってるか? 」


「あぁ、まだグリムには教えていないがルールは頭に入っている。バッタという事は、グラスホッパーか? 」


 二足で立ち上がり二本の槍を四つの手で構えるバッタを模したそれを見てリオネットは予想を口にした。


「あぁ、フェアリーチェスで使われる特殊駒は組織の頂点であるキングの直属と言う扱いでな」


「他の駒はどうなっている」


「キングの次に命令権を持っているのがクイーン、あとの幹部はルークとナイト、ビショップで、ポーンは最下級兵。基本的に特殊駒を持っている人間を動かせるのはキングだけだ」


「ほう……で、そのキングは誰だ? 」


「教えたら捕まえるつもりだろ」


「無論、と言いたいところだがレムレス皇国内で問題を起こさなければ捨て置くつもりだ」


 意外だと驚くナルにリオネットはさも当然のように話を続ける。


「ナルが所属して大きくした組織と言うのであれば、君が生きている間は問題あるまい。頭が暴走した所で君がいれば歯止めもきくし、この手の物品を持ったものが捕まったという前例はない。おおかた国に訴えかけられないような悪党を中心に狙った犯罪なのだろう。それも証拠を残さないように徹底していると見える」


「照れるな」


「なぜ君が…………まさか」


「うん、俺キング」


 そう言って懐からもう一つ、こちらは金で作られ小さな宝石をちりばめたキングの駒を取り出して見せた。

 流石にそれを放り投げるような真似はしなかった物の、リオネットはそれどころではないといった様子である。


「……前言を撤回しなければいけないな。君は十分に暴走していた」


「酷いな、俺だってここまで大事やらかすのは……あー、半年ぶりくらいかな? 」


「割と最近ではないか……つまりなんだ、君は本当に、文字通りの意味で、行く先々で問題を起こしているのか? 」


「それに関しては否定しない」


「してくれ、頼むから……」


 色々と気疲れを起こしたのだろう。

 リオネットが正面に向き直り、馬車の操縦に専念し始めたのを見て馬の歩みを少し緩めてその背後に回る。


「グリム、何か面白い事はあったか? 」


「凄く、暇、だった」


「だろうな、今度グリムに合いそうな本を探してやるから次からはそれで時間を潰すといい」


「本、あまり好きじゃ、ない」


「それは面白い本に出合えなかったというだけだ。まぁグリムは毎日が冒険だっただろうから致し方なしと言ったとこもあるが」


 日々命懸けの戦場、理想など欠片も存在しない血生臭い現実に直面していたグリムにとって空想上の英雄譚や、誰それが活躍したという歴史書、そういった類のものを見せられても如何に殺すかという方法ばかりを模索してしまい、そんな思考しかできない自分に嫌気がさしてふて寝するという日々を過ごしていた。

 また自分とは縁遠い恋愛譚などを読んだ時でも感情の機微に疎いため、なぜこの登場人物たちはこのような面倒なやり取りをしているのだろうかと不思議に思っていた。


 チェスの解説書などに至っては、なにを当たり前のことを書いているのだろうかと首をひねるほどであり、独学ながらに世界有数のレベルにまでなっているグリムには児戯にも等しい内容であったため、やはり興味を惹かれるものは無かったのだ。

 それでもナルは、グリムが楽しめる本もあるのだと力説している。

 その事に、グリムはいつ以来か、薄い笑みを浮かべていた。


「期待、してる」


「おうよ、歴史の証人ナル様の解説付き歴史書とかは少年少女から老人までだれでも楽しめること請け合い。そんな俺が紹介するここ百年の本の中から探し出せばグリムが気に入る者もあるはずだ」


「ん……」


 読書量という点でナルに勝る者はいない、それは時間が証明してくれることだが、事実国の重鎮や研究者と言った人間であろうともそれは変わりない。

 ただし、近年の書籍というくくりではという前置詞が着くことをナルは失念していた。

 その事実に気が付くのはしばらく後の事であり、ナルがこれは自信を持って進めるといっていた書籍が稀覯本と言う扱いになり全財産をはたいても手に入るかどうかという額まで釣り上げられているのを見てからだった。

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