第87話 遊びも極めれば凄い遊びになる
「また貴方ですか、何度邪魔をすれば気が済むのですかね」
「そりゃそっちが諦めるまででしょJK」
「こんなに早く出てこられてはやり辛いったらないですね」
「の割には余裕ぽいけど? つか相棒はどうしたよ、妙齢の」
「さて、どうでしょう?」
ここに至る道中、倒せそうなのは倒しながら進んで来て、尚散らばるそれはエルメスさんに任せて俺はこいつを何とかしなければならない。
けど二人いると思っていた片方しかここにいない事に焦りを感じる。こいつは多分上司マン、確かにこの二人はバラバラに動くべきではあるから仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。
そこはパイセンを信じるしかない。
「さて、もうコソコソしても仕方ないですね。恐らくどうあれここで決めてしまわなければどちらかの思惑が潰えてしまいますから。動き難いこれはもう必要ありません」
バサッと、体全体を覆っていた黒マントを投げ捨てる上司マン。
中から現れたのは……女だ。頭に特徴的なツノを生やした巨乳の褐色レディ。何というか、耳とツノが羊っぽい。そこにコウモリの羽をつけると完全する。
こいつは確か風の力を使って来た方だったな、まだ空間固定は試していないので、奥歯を噛み締めて両足に向けて空間の断裂を放ってみる。
だが……何も起こらなかった。
「姿を見せたと言うのに何か感想はないのですか?」
「想像の範囲内なんでリアクションし難いっすわ」
「無礼な方ですね、殿方がそれでは女性に嫌われますよ?」
「よよよ余計なお世話だしバーローバーロー!」
どうも断裂は完全に無効化されている上に感覚すらないようだ。予想通りこれを戦闘に組み込むのは無駄っぽい。
お互いに煽りあってはいるが精神的には全く揺さぶれていない。こいつ……やっぱかなり強いな。
「ここで貴方に死んでもらうのが最低条件ですね」
「家庭内害虫と呼ばれていた俺の底力みてやんよ」
「ふ、それは実に楽しみですね。地の利はこちらにあります、精々足掻いて下さいよ!」
真夜中の市街地だっつーのに敵の方から踏み込んで攻撃を始める。ここは空中戦に持ち込むべきだな、多分すぐにチャンスは訪れるはず。
突っ込む敵に迎え撃つ姿勢を示さず、空中に飛び出す。そして空間固定で足場を形成。別に敵に効かないからって使えなくなった訳ではありませんし。
「……どういう理屈で空中に?」
「え、アンタも飛べるじゃん。一緒一緒」
「やれやれ、面倒な!」
方向転換し空中にいる俺に目掛けて高速で移動してくる上司マン。
俺は更に高い空中に移動しつつやや距離をとって間合いを確保、だが敵がそれを許さない。
「いつまでも逃げられるとお思いで?」
瞬間、急加速で眼前に接近。
「だがしかし!」
上に飛び上がり、上を空間固定、身体を反転させてそこを足場に更に移動。空中を縦横無尽に走り回る俺、空間固定は何も人に向けてしか使えない訳じゃない。
足場として使えば空中であっても地上以上のパフォーマンスを発揮できる。
「チッ、ちょこまかと! 多重風刃!」
とんでもない数の風の刃が幾重にも重なる様に襲いかかるが、どうも全体的に俺の方が上手らしい。
これくらいの速度なら躱すのも容易ですわ。
それに、これは敢えて躱す必要がある。
この次の作戦への布石とも言える。
「ほいっ! そりゃ!」
「ふっ、相変わらず覚悟も何も込められていない攻撃ですね。こんなもので倒せると思われているなら心外極まりない」
「言い過ぎワロタ」
こちらからの攻撃も躱され、いなされてまともにヒットしない。しないと思い込ませている必要がある。
「ラチがあきませんね。しかし貴方を倒すなど造作もない。甘過ぎる貴方如き、この攻撃で終わりです」
ある程度の応酬の末に、敵が大きく魔力を練り始める。デカイ攻撃が……くる。
「さぁ、どうします? 乱風波!」
「なっ!?」
敵はそのとんでもない魔力を、事もあろうに街に向けて放った。
「クッソ!!」
「さぁ……どう出ます?」
狙い通りだ。
「グハッ……!?」
「間抜け乙」
狙い澄ましていたこのタイミングに合わせて魔力を練り混んでいた俺の渾身の回し蹴りが上司マンの背中に突き刺さる。
「馬鹿な……一体どこか……!? 私の魔法が消されている!?」
「ホント、雑魚相手は楽で助かるわ。いつからそっちに有利な状況だと錯覚していた?」
「!?」
予め用意していたのはいくつかの魔力を込めた小石。
これを空間固定でいくつも空中に設置。更に最初にいた低い高度にも複数の石を設置していた。僅かな魔力故に俺には気付けても向こうには分からなかっただろう。闇に乗じてくるのも察しはついていた。なら視覚的に有利な点をこちらも利用しない手はない。
これを利用したシャッフルゲート戦略。
瞬間移動は大まかな場所の移動にしか使えない。細かい移動はどうしても移動のキーとなる物が必要だ。
そこで考えついたのがこの戦略。
街を狙ってくるのも予想がついていた、そしてその瞬間にこそ最大の隙が出来る事も。
なので、敵が標的を街に変えた瞬間に驚いたフリをしてすぐに背後にシャッフルゲート。渾身の一撃を見舞った直後に街を狙った攻撃の目の前にシャッフルゲート。吸収を済ませて元の位置に戻る。
敵からすれば訳が分からないだろう。
「……そ、そう言えば移動術を持つかもしれないと聞いていましたが……まさかこれ程小回りの効く能力だったとは……。やはりここでは力が……」
「ふ、甘く見たのが運の尽……!?」
ん? エルメスさんに預けた石が……そうか!
もう一人はそこか!
万が一に備えてエルメスさんには俺の魔力を込めた石を渡している。それもやや強めに残した魔力が、例え距離を離れていても居場所を教えてくれる。そしてそれが砕かれた時、それはピンチの知らせに他ならない。
クッソ、間に合え!
眼前の上司マンはもう戦闘継続困難なレベルのダメージは与えた、それにアレも設置した。仕込みとしては十分。
今はエルメスさんを救援すべく空中を空間固定しつつ駆け抜ける。あまりこれをやり過ぎると魔力消費がヤバイから無理は出来ないだが今は一刻を争う……!!
ふぅ、間に合った。
無事だ。
「……すまない、私の手に余る相手の様だ」
「いやいや、無事で何よりですって」
傷だらけで申し訳なさそうにするエルメスさんだが、こいつをここで止めれたのなら更に後ろのパイセン達への憂いが消える。働きとしてはこれ以上ない成果だ。
「チッ、厄介な奴が……。何故ここに? 私の仲間はどうなりました?」
「背中痛めてゲロ吐いてる頃ですかね」
「やられた訳ですか……仕方ない。私一人でここを何とかするのは無理そうです。引きましょう」
足元には何人かの使い捨て部下らしい何かが転がっている、多分エルメスさんが倒してくれたのだろう。その上でこいつの足止めをしながらここまで耐えてくれたなら十分過ぎる働き。
ほんと、ここ一番で頼りになりますわ。
「私のせいで……すまない」
「いや十分やってくれましたって。むしろこれがベスト」
「……というと?」
「上司マンの方にはマーキングしておいたんで、後は追うだけっすわ」
「はは、流石リーダーだ。抜かりなくて笑えるよ。追跡はお供しても?」
「でも怪我が……」
「見られていなければなんて事はない」
敵がその場を去ったのを確認し、その後緑の輝きに包まれながら傷を自己再生するエルメスさん。この人やっぱ経験値が違いますね。
はっきり言ってレベル以上に強い。
俺はレベル以上に弱いからそこは何とかしないとマズイ……っと、今それは置いといてだ。
「さて、雑魚はまだのこってるけどパイセンを信じて俺らは追跡といきますか」
「お供しよう」