表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の世界  作者: 友菊
第一章 今日・明日・昨日
7/12

6

 空が真っ暗になってからどれくらい過ぎただろうか。

 今、透明な板の向こう側を見れば若干ではあるが明るくはなってきている。

 黒から薄い青へと空の色が変わり、薄い黒から白へと流れるものの色が変わる。

 人が再び姿を現し、一人、二人と数を増やす。


 そして一時いっときを境に人の数が爆発的に増加した。

 私が初めて板の向こうを見たときにはいろんな服を着た人であふれかえっていた。しかし、今は少し違う。

 同じ服を着ている二人組や、同じような服なのに模様や色が違う人。それに前見たような色鮮やかな服を着ている人。


 そこで私は悟った。


『【明日】が来たんだ。』


 板の向こう側の光景が変わっていることが何よりの証拠だ。

 そして待ちに待った『明日』が来たことで心がおどる。


『え、何あれ。』


 その感情を秘めたまま板の向こうを見やると私が見たことのないものを見つけた。

 短い脚と思われるもので地面を歩き、全身を茶色の毛で覆われている。大きく、黒い眼をしており口からは舌が垂れている。


『か、かわいい。』


 その生き物を見たとき、私は感情が揺れた。

 私の持つ感情が、何か別の輝きを持つのが分かった。


 その感情が布の隙間を憎む。

 どうして、こんなにもわずかな隙間なのか、と。

 その生き物を見ていたいという欲求が高まっていく。

 そして、それ自体が『明日』たらしめているのに気付いた時、さらに心が躍った。


『今日』見たことのないものを『明日』見る。

それが『明日』というものの存在なのだと改めて実感した。


 そして空が暗くなった頃に聞いた音が再び鳴る。

 ――カラカラ。

 その音とともに、カチ。と音が鳴る。


『あの人が来たんだ。』


 聞き覚えのある足音に私は安堵する。

 今日と同じことがまた明日もできるのだと。


「カーテン開けるね。」


 あの人が再び、私の乗っている段に乗り、布もといカーテンを開く。


『眩しい。』

「まぶしっ。」


 あの人は思いっきりカーテンを開いた。

 勢いよく布が左右へと割れ、少しだった隙間がもっと大きく、そもそも隙間なんてなかったかのようになる。


 その時に差し込んできた光の量に二人は驚いた。

 板の向こうから来たはずのあの人もここまで眩しいとは思っていなかったのだろう。


「ふふふ。」

『ふふ。』


 二人は馬鹿らしくなって微笑む。

 私は笑いながらもあるものを目線で追っていた。あの茶色いやつだ。

 よちよちと歩く姿が本当にかわいい。


「犬居るね。」

『あれが犬?』

「私も大学入る前は犬飼ってたなぁ。」

『飼ってたんだ。』


 茶色いやつ――犬へあの人は視線を向けた。

 それで私はあの生き物が犬だということを学んだ。


 そしてあの人自身が犬を飼っていた経験を持つことに私は羨んだ。

 犬を飼うこと、それも私の知りたいリストに追加される。

 ぜひとも犬を飼う経験をしてみたいものだ。と強く思った。


「さ、『今日』もがんばろ。」

『え、【今日】?』


 あの人はまた自分の頬を叩きながらまた遠くへ行ってしまう。

 いつもなら残念がっていただろうが、今は違う。

 あの人が言っていた今が『今日』ということについてだ。


『今が【今日】ってことは、また【明日】は来てない?

いや、でもみんなの様子も違えば犬も見た。

 もしかしたら…。』


 ここで私の推理が入る。

 もしかしたら今日というのは今のことを示していて、明日というのは未来のことを言っているのかもしれないという事だ。

 しかし納得が行かない。


『今日が今なら今よりも前の出来事はなんなの?』


 人と出会い、色を知った。音楽を知った。

 その時の出来事は過去のこと。

 今となっては表現するすべを持たない。


『どうなってるんだろ…。』


 脳内の思考があっちに行ってはこっちに行き、結局、絡まりあってしまう。


『だめだ。わからない!』


 この時に初めて諦めることを知った。

 もちろん挑戦していなければ諦めることもない。

 つまり、私が初めて挑戦し、砕けたのだ。

 しかし、なんとも言えない歯がゆさがある。

 知れそうで知れなかった。謎を解けそうで解けなかった。


『けど…。』


 その感情で私はいっぱいになる。

 しかし、忘れてはいけないことがある。

 今、私が居るのは奇跡だという事を。

 今日の終わりが来れば、それは世界の終焉と同義だ。

 その時になってしまえば、私も、あの人も、拓真も、みんな消えてしまう。

 その事実だけが残る。


 だからこそ、今は。

 だからこそ、今日は――


『無駄に出来ない。』


 精一杯知れることを知ろう。

 心を動かされよう。

 まだ知らない感情を知ろう。

 そう思えるのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ