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気が付けば私はふわふわの中に居た。
真っ暗で、少し臭い。
自分の周りには小さなぷつぷつが巻き付けられている。そしてそれが時々訪れる衝撃を気持ち程度ではあるけれど優しくしてくれる。
どれだけこの状態のまま居たのか自分には分からない。
むしろ表現する術がない。
時間という概念も、物を数えるという概念も、すべての概念が真っ暗な空間では不必要で、知ることも、考えることの無いのだ。
真っ暗な中で何かを、私は待ち続けた。
そして私は今まで聞いた事のない大きな音を聞いた直後、浮遊感に襲われた。
「これ、大きいんで僕が運びますね。」
「はい。あ、そこに置いてください。」
「はい。判をお願いします。」
浮いている最中、二種類の声を聞いた。
聞いたとき、私は表現する術を持たなかった。しかし、今となっては表現できる。
それが、男性の声と女性の声であったという事くらい。
その声の後、体に衝撃があった。少ししてから何かの音が私から遠ざかっていく。
それをよそに、女性の声が近づいていくことも分かった。
「結構時間かかっちゃったな。」
女性の声と共に暗闇の中へ薄っすらと光が差し込んでくる。
その光の色は真っ白で自分が居た世界を照らし出した。
「凄い…。いよいよだね。」
完全に自分の世界と外界が繋がり、『世界』の境界線が一挙に広がっていく。
自分がまとっていたふわふわを丁寧にはがされ、私という存在そのものも初めて外界と繋がった。
『この人は…。』
私の目の前に居る人間。それも女性。
その人は私の体をじっと見つめていた。
「頑張らないと。あと二日!」
その瞳が私を見たのも少しの間で、すぐにその人は自分の頬を軽く叩きながらどこかへ行ってしまう。
私の理解が追いつく前に様々な出来事が起こっては終わっていく。
この現実を理解したとき、今の私がどうなっているのか分かった。
私は初めて外界で一人ぼっちになっていたのだ。
初めて見るものばかりで自分の頭の中にはクエスチョンマークで溢れかえっている。
しかし、それを超える大きな衝撃があった。
それは世界に色があるという事だった。
色は私を飽きさせなかった。
真っ黒で構成された世界に長い事居た自分にとって、色が付いている世界は素晴らしく美しい。
特に私の視界には赤色、青色、黄色、探せば探すほど沢山の色で溢れている。
その一つ一つの色に触れる度、心躍るような感覚が私を襲う。
『本当に綺麗。こんな色も、こんな色も。』
美しい色の旋律に魅せられた後、私は色と同じような衝撃を与えられた。
『何…?この音。』
どこからともなく聞こえてくる音、『音楽』というものもこの時初めて知った。
音自体は単調なのに、どうしてここまで聞き惚れてしまうのか。
そして初めて感じるこの感情はどこから来ているのか。
「さぁ~、着て貰いましょうかねぇ。」
『あの人だ。』
私の脳へ大量の情報が送られパンクしそうになった時、あの女性が帰ってきた。
その女性の表情は晴れ、音楽に合わせて鼻歌を歌うほどに軽快な足取りだった。
女性が両手に持っていた明るい色、光の色を持つものに私の視線が向く。
「うん。私の見立てバッチリ。」
私の視線をよそにその人は何度も深く頷いて私の体の前に持っているものを突き出した。
その時に見えたものは、白い長方形の布に申し訳程度にぴょこっと白い布がくっついたものだった。
それを私が初めて見たときは何のためのものなのか、名前を何というのかも知らなかった。
「どうやって着せたらいいのかな。」
『え、ええ!?』
その人は持っていた布を近くにあった椅子に掛け、私の体を触ってきた。
ペタペタ、ペタペタと。
嫌な気はしないが、良い気もしない。なんとも言えない微妙な雰囲気がゆっくりとではあるが漂い始める。
「はず…す。しか無いよね。」
その人が小さく呟いた。
しかし、良い呟きで無い事を本能が悟った。
『ん?外す?』
「そりゃ!」
あの刹那の出来事は私の人生の中でも恐らく頂点に君臨し続けることを瞬間的に理解した。
それも当然、自分の腕が文字通り外れたからである。
音を立てて、ズボッ、と。