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これまでに無いほどの人に私が見られているのだ。
服も、容姿も違う人々に見られ、どこか気恥ずかしくなる。
『ちょっと、恥ずかしいな。』
それだけに収まらず、少しずつではあるが人が増えていく。
そしてその人々が四角い板を取り出し、それを見ている。
「じゅう。」
誰かがそう言った。
『じゅう』というのは、『十時』の事なのか。
それとも違う事なのか。
しかし、考える時間すら与えられる事無く人々が口を開く。
「きゅう、はち、なな、ろく。」
「ご、よん、さん、に。」
私の横に美咲が立っているのが分かった。
そして――
「いち。」
「皆様、いらっしゃいませ!
洋服工房・MISAKIにようこそ!」
美咲がカラカラと音を立てて、そう言った。
その言葉を聞いた時、板の向こうに居た数人が涙を流しているのが分かった。
『どうして泣いてるんだろ。』
その人はどうして泣いているのか必死に考えた。
そして、過去に泣いている人が居たことを思い出した。
『佐紀?』
彼女は確かに泣いていた。
しかし、目の前の人と涙の種類が違う気がする。
『あ。』
その疑問はその光景を見るだけで十分だった。
美咲ともう一人の女性が抱きしめあい、周りの人々もそれを見て頬を緩ませている。
その和やかな雰囲気でその女性が誰なのか、分かった気がした。
『おばちゃん…?』
少し年配な女性は優しい雰囲気で私が想像したおばちゃんそのものだった。
『良かったね。美咲。』
その光景を見て私はとても嬉しくなった。
美咲の夢が今、叶ったんだと思った。
「ごめんなさい。
さぁ、どうぞ!いらっしゃいませ。」
美咲の言葉に周りの人々が動き出し、カラカラと音を立てる。
そこからいろんな場所に散らばり、各々(おのおの)が自分好みの服を見る。
いつもなら見れないその光景は、ある幸運によって可能になった。
『あそこに映ってる。』
自分の左前方、そこから下に目線を下げたとき、発見した。
透明な板は後ろの光景を反射させ、私にその光景を見せてくれる。
その光景は初めて見たときよりも服の数も、色の種類も、見るもの全てが変わっていた。
『凄い。雰囲気がすごく変わってる。』
何度も私の記憶の中から情報を引き出す。
そして今の光景と照らし合わせ、相違点を探し出す。
『私が板の向こうを見てる間に、こっち側が全然違うなんて。』
私はその光景に衝撃を受けた。
決して嫌だという事ではない。
むしろ、尊敬した。美咲という人物を。
「どうかな。」
「いいじゃん!これ買うよ!」
「ほんと!ありがとー!」
美咲はいろんな人に声をかけては回り、笑顔で話をする。
それがおばちゃんの言っていた人と人との繋がりなのかな、と私は思った。
『あ、拓真だ。』
その光景にほのぼのとしている私を板の向こうに居る少年、拓真が見た。
相変わらず私の服を凝視してから今度はおかあさんに腕を引かれて、カラカラと音を立てた。
「いらっしゃいませー。あ、拓真じゃん!」
「こんにちは。先生。」
「美咲が先生?お主やりよるのぉ。」
「ちょっと照れるから辞めてー。」
美咲が先生と呼ばれたことに近くにいた女性が反応した。
それをなんとか乗り切り、美咲は拓真とおかあさんのところまで行った。
「無事、開店させることが出来ました!」
「おめでとうございます。」
「おめでと、先生!」
「今日は御覧の通り、お客さんが多くてあまり対応できないかもですけどごゆっくりどうぞ。」
店内を少し案内しながら三人で歩く様子が板の反射で見える。
一度くらいは直接見たいものだなぁ、と私の欲望が疼く。
「ここの服ってみんな先生が作ったの?」
「うーんとね四割は作ってるの。
でも、商売自体初めてだし長く続けたいから残りは良い服を仕入れてるよ。
これからはもっと頑張って作っていきたいね。」
「そっかー。どの服も先生っぽい雰囲気がする。これとか。」
拓真は壁にかけてある服を指さし、美咲もそれを見る。
私もその服は美咲の雰囲気がするな、と共感した。
「良く分かったね。その服、私が作ったよ。
拓真、ちょっと待ってて。」
「え?うん。」
美咲は小走りで店の奥まで行き、再び帰ってくる。
その手には一着の子供用の服があった。
「これ、結構似合うと思うんだけどどうかな。」
「凄い…。」
美咲はその服を拓真の体に当ててサイズを確認する。
黒を基調とした服で、襟が付いているもので普通に着るだけで十分すぎるほど拓真の雰囲気に合った。
その服を見たとき、おかあさんは驚嘆の意をもらしていた。
「よし!これ、プレゼントするね。」
「え?」
「プレゼント、出会った幸運に。」
拓真は美咲の言葉に最初は困惑していた。
おかあさんも拓真と同じような顔をしていたが、我に返り美咲に聞いた。
「本当にいいんですか?お金は…。」
「大丈夫ですよ。何よりも、私がプレゼントしたいんです。
拓真、受け取ってくれるかな?」
「う、うん!ありがと!大切にするね!」
美咲は服を拓真の目の前に出す。
それを拓真の小さな手が受け取り、その胸に抱きしめる。
「僕、頑張るよ。」
拓真の宣言に美咲は小さく鼻を鳴らし、
「今度のプチ・セミナーの時にその服、着てきてね。楽しみにしてるから。」
拓真の耳元でそう呟く。
拓真はその言葉に小さくうなずき、満面の笑みを見せた。
「あの、すいません。今日は用事がありますので…。」
「いえいえ。今日は来てくださってありがとうございました。」
会話が落ち着いたところでおかあさんが話を切り出す。
それに美咲は静かに返事をした。
「それじゃ、先生!バイバイ!」
「ありがとうございました。プレゼント、大切にさせて頂きます。」
「いえいえ。それじゃあね、拓真!バイバイ。」
どこかで見たデジャブを覚えながら二人と美咲は別れる。
私も心の中で別れを告げ、再び訪れる寂しさを迎える。
三度目になるそれは慣れないものではあるものの、上手に堪えられるようにはなっていた。
そして静かに私は店の中を眺める。
『いろんな人が居るんだなぁ。』
女性だけでなく、男性も笑顔になっている。
その環境を作り出せた美咲は誇らしそうに私の横に立っていた。
「美咲―、これどうかなー?」
「いいねー!」
女性からの質問に美咲は小さく返事すると、嬉しそうに声の主の元へと駆けていく。
そして楽しそうに接客をする美咲を私はずっと見つめていた。
たくさんの人の服を選びながらたくさんの人と会話している美咲。
しかし、明るく眩しかった空もゆっくりと赤くなっていく。
それに伴って人の数も徐々に、徐々に、減っていく。
空が紅くなった時、最後の二人が店から出ていった。
「ふぅ。取り合えず初日は成功だぁ。」
何かを数えながら美咲はそう言った。
『お疲れ様。』
心地よい疲労を感じている美咲の表情はこれでもかと言うほど清々しく、晴れ渡っていた。
「こんなに来てくれるとは思っても無かったなぁ。
拓真も来てくれたし、服も渡せた。
ゆっくりとではあるけど、おばちゃんみたいになってるかな。私。」
美咲は何かを数え終わり、机の上にある白い板を縦に開いた。
それをカタカタと音を立てて触り、小さく息を吸う。
「これが、初日の売り上げ!」
タンッと軽い音が店の中に響き渡り、美咲のおーという声が聞こえた。
「一応、若から散々言われた金額は超えたー。良かったー。」
その場にあった椅子に全身を預け、その板の方を美咲はじっと見つめている。
「現実ってのも、あるからねぇ。やっぱりおばちゃんは凄いや。」
額に浮き出た汗を拭って息を再び吸い、吐く。
美咲の言葉を聞くに、夢を追うだけでは成し遂げることが出来ないのだろう。
何事も割り切るところが一つは必要なのだと分かった。
『それでも美咲は…。』
「うん。」
拗ねた子供の様に振る舞う美咲だが、今日は疲れてしまったのだろうと思う。
その場で沈み込む美咲を見つめながら空は再び紅くなっていった。
そこからの空模様の変化は著しい。
深い紅になったと思えば、それはすでに黒に飲まれている証拠だ。
しかし着実に飲まれていく空を私は眺める事しかできない。
『今日が終わっちゃうんだろうな。』
私はこの空になったとき、今日が終わるという事を学んだ。
ゆっくりと意識が薄れていくのが分かる。
それは私が意図していない、それでも分かっていたはずの事。
思考がゆっくりと減速し、結果止まる。
私の目に飛び込む情報も徐々に薄れ、私自身が黒の世界に飲まれていく。
でも私はこの世界にまだ居たい。
その願いだけが私の中で永遠に繰り返される。
『居たい。居たい…。私は、居たい。』
しかし世界は無常だ。
刻一刻と私の意識を刈り取っていく。
そして私が私の願いが聞き届けられたか知る前には――
これにて第一章、完。
第二章の投稿をお楽しみに。




