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「実はね、さっきの話は結構削ってたの。
実際はもっと悩んだし、動くまでにめちゃくちゃ時間を使った。
だから佐紀は今、そこに居るんだなぁって思ってさ。」
思いをはせながら紡ぐ彼女の過去、それは私にとって知りたい事の一つだった。
それを彼女本人から聞けるのだから自分は幸せだ、そう思った。
「私は結構田舎の家に生まれた。
やけに多い田んぼと山に囲まれて、それでも同級生は結構多かったの。
楽しく学校にも行ってたし、家族とも仲良く過ごしてた。
それで小学校から中学校に上がって、部活が始まった。
部活はバレー部でなんとか県大会までは行ったなぁ。懐かしいや。」
足を小さくばたつかせながら過去を話す美咲。
私が知らない単語も多く出たが、私なりの解釈で話を聞いた。
「それでさっきの話の進路にぶち当たったの。
みんなは近くの高校とか、友達と一緒に、とか。結構好きにやってた。
それはそれで楽しいんだろうけど、何か私は腑に落ちなかったの。
そのあたりの時期かな。悩み始めたのは。」
美咲の声が佐紀の如く、小さく弱くなっていく。
そんな美咲の声を聞くのはどこか私も気が重くなるような気がした。
「部活も引退して毎日、なんとなく過ごしていった。
それ自体が私にとっては嫌な事だったんだけど、進路の事も大変だったなぁ。
私も佐紀みたいにやりたいことが無かったから。
部活でバレーはやってたけど、それで食べていこうなんて思わないし、何より県で終わってるのに続けられるわけがないよね。
それで他にも私がやれること、やりたいことが無いのかなって悩んだ。」
私にとって美咲という存在は大切なものだ。
たった昨日と今日だけの付き合いだが十分すぎるほど接してきた。
だからこそ、今の美咲を慰めたい。
『美咲…』
「それで親にも相談した。先生と何度も相談した。
でも何か掴めるようなきっかけが無かった。
その無意味なものの繰り返しで私は精神的に疲れていったんだと思う。
毎日ぼーっとして、親にも心配されるようになった。
そんな時に、あのおばちゃんと出会ったの。」
『おばちゃん』
美咲と佐紀の会話の途中で出た服屋のおばちゃんだろうか。
私がもしもおばちゃんに出会う事ができたならその人に最大の感謝を言うだろう。
それほどまでに今の美咲は弱っている。
「気晴らしに外を散歩してるときにね、声をかけられたの。
それで声をかけてくれたのが服屋さんのおばちゃんだった。
田舎って言ってたでしょ?だからね、福屋さんも一つしか無かった。
私はね、利便性も低い田舎になんであるんだろうって何度も思ってたの。
だからその時に思い切って聞いてみたの。」
「『どうしてこんな田舎で福屋さんをしてるんですか?』って。
そしたらね、おばちゃんはこう答えた。
『人とちゃんと話して、その人に最も合う服を作ってあげたいんだ』って。
確かに今はネットとか、お店に行けば沢山の服がある。
それにそこで売ってる服って万人受けするものばっかりでしょ。
そうじゃないと売り上げとか、いろいろと問題があるからそうなってる。
だから私はおばちゃんに聞いたの。
『それじゃ商売にならないんじゃない?』って。
それにおばちゃんは笑いながら、
『確かに商売にはならないよ。でもね、私は商売よりも人と人を大切にしたい。』
そう答えた。」
『人と、人。』
私が知る人とは、美咲や拓真それに佐紀やおかあさんも居る。
服屋のおばちゃんはその彼女らの繋がりを大切にしたいという事なのだろうか。
私は想像した。
彼女らが楽しく、この店で会話することを。
『良い…なぁ。』
「私はその言葉に気付かされた。
佐紀と話してるとき、主人公がどうのって言ってたでしょ。
それを昔はねちょっと違う風に認識してたの。
全部私、自分ひとりだけで物事をしなくちゃならないんだって。
バレーとか、チーム戦だけどどこか個人種目みたいな感じがあった。
それが原因だったんだろうね。
でもおばちゃんのおかげで周りのみんなと話して、協力して、何かをすれば良いんだって。
その時の私にはとても大きな衝撃だった。」
私もおばちゃんの考えを肯定する。
決して一人ではできないことをたくさんの人が集まって成す。
私が知らなかった感情を、他の人に教えてもらうように。
「それで私はおばちゃんのところへ毎日のように通った。
良い事があったらそれを言うようにもなったし、たまには愚痴も言ったりしてた。
それも全部受け止めてくれて、おばちゃんは潰れそうだった私を救ってくれた。
それでね、おばちゃんが服を作ってくれたの。
今、あなたが着てる感じの白いワンピース。
とても嬉しかった。嬉しすぎて泣いちゃってたかな。中学生にもなって、だけどね。
だから私はおばちゃんみたいになりたいと思った。
間違えた道に進もうとしている人を救ってあげたい。
それに救ってあげるなら、あの時のおばちゃんみたいに服をプレゼントしたい。
そう思うようになったの。」
私が着ているこの服にはとても大切な意味がある事をここで知った。
すなわち、この服にはおばちゃんの意思が受け継がれている。
その意思を身にまとっている私は、とても、とても。
「だからファッションの道に進んだ。
それに店を出せたら直接、お客さんと話しが出来るじゃない?
それを目指して私は勉強を続けた。
もちろん経営も中学の同級生から教えてもらった。
必死に店を出して、おばちゃんみたいになるために頑張った。」
美咲の口調は明るく、晴れやかになる。
しかし、明るい場所があれば暗い場所がある。
そんな暗い場所を孕んでいるような気がして、私は美咲の事を気にかけた。
「でもね、駄目だったの。
『お前には才能が無い。』『このまま走り続けても必ずどこかでコケる』って。
散々否定された。それも大学で。
その時が一番、心が折れかけた時期。」
その暗い部分が芽を出し、再び美咲を飲み込んでしまう。
もしも、その時に私が居て、彼女に言葉を送れるのならいくらでも送った。
しかしそれが出来ない。そんな現実を憎む。
「そこでお母さんが助けてくれた。
折れかけた私を、必死に支えてくれた。
『大丈夫。』『なんてったって、私の子よ。』って。
その時にも涙が溢れた。
絶対におばちゃんみたいになってやろうって、心に誓った。
そこからこれまで以上に勉強したし、一分一秒を大切にした。
勉強のために何年間か大企業にも務めた。
そして今、ここに居る。
私は絶対、一人ではここに入れなかった。
でも居る。今この時。
だから支えてくれた分、返さなきゃいけない。
それは本人に返すだけじゃ足りない。
もっとほかの人にも。
全ての人々が幸せであって欲しい。
私はそれを全力で望む。
だからさ今、私は私の人生をかけて今ここに居るんだ。」
美咲の言葉が区切られ、ひと段落する。
その言葉の後半には、暗闇をかき消すほどの美咲の輝きがあり、自信と覚悟がしっかりと見えた。
その美咲は今、一人の人を――佐紀を救おうとしている。
あのおばちゃんになろうとしているのだ。
それを知っただけで胸の奥から熱い想いがこみ上げてくる。
言葉にならないそれは私の全身を包み、私を熱く、熱くさせる。
「ちょっとバカみたいな話だったね。」
その言葉に私は否定の意を返す。
『そんな事ない。』
「さ、やるか。」
涙を堪えた声音は私に一つの想いを抱かせた。
だからこそ、私は。
美咲という人物を――。
ただその想いだけが、私の胸で溢れていた。
空にはうっすらと白いものがかかっている。
原理すら不明なそれはゆっくりと、ゆっくりと流れていく。
そしてまた漆黒の世界へと、私は誘われていく。
『また、赤くなった。』
私は空を見上げては、流れる人を見る、それの繰り返しをしていた。
しかし、空が段々と赤くなり、紅くなる。
その時、私は忘れかけていた。
この世界の終焉を。




