セピア色の思い出
子供の声が響いている。六歳くらいの幼い少年と、高校生くらいの女の子の、楽しげな声が。
『なあなあ姉ちゃん、次は鬼ごっこして遊ぼうぜ!』
『ああー、すごく楽しそう! でも大丈夫ぅ~? げんやくん、小学生なのに、高校生のわたしから逃げきれるのかなあー?』
『大丈夫だぜ、姉ちゃんめっちゃアホだからすぐこけるもん!』
『アホじゃないよおー! ていうか酷いよげんやくん!』
少年の予想通り、少女は何回もこけて、何回も泣いていた。
十六歳の女の子がこけて泣いているのを、六歳の少年が頭を撫でて慰めているのは、どこか滑稽で現実味のない光景だが、二人にとっては知ったことではない。それは、当たり前の日常だった。
ある日は、こんな遊びをしていた。
『なあ姉ちゃん、海相撲しようぜ!』
『お姉ちゃんのワンピースはスケスケ仕様だからね。えっちだなあもうー!』
『……?』
『その反応はやめようか。小さいくせに生意気だぞおー!』
うりうりー! などと言いながら、恥ずかしくなって十歳も年下の少年の頭をしわくちゃにする高校生女子というのは大人げないことこの上ないのだが、そんなことも二人にとってはどうでもいいことだ。それは、優しくて当たり前な、日常の一ページなのだから。
少年と少女の逢瀬は、他にも数えきれないくらいたくさんあった。
『なあ姉ちゃん』
『なにかなー?』
『俺姉ちゃんのこと好きだ』
『うぇっ、ほぇあ? え、それって、えっとえっと』
少年の眩しい笑顔が少女を射抜いた。白いワンピースを着た清楚な雰囲気の少女は、真っ赤な顔で小さな子供の眼差しを受け止めることしかできなかった。
『え、と……好きってあれだよね? えっと』
胸が高鳴っていた。とくん、とくんと優しく脈打つ鼓動がなぜか苦しい。とんでもなく甘いもののはずなのに、油断すると指の先まで痺れていくような、甘美な痛みが胸の中心から広がっていく。
『なんか姉ちゃん、顔赤いよ? あついの?』
『あ、あー! そう! あつい、暑いの! やっぱり夏はこれだかなあー!』
『ふーん……? まあいいや。いつか絶対姉ちゃんとけっこんして一緒に住むぞ』
『け、けけけけけっ、けっこっ、ん? けっこんって、あの結婚!? あの!?』
『そうだよ。姉ちゃんはあいかわらず世間知らずだなあ』
『そんなこと言われても! ていうか結婚……? え、えへ。えへへー』
『なにわらってんの?』
『わらってない!』
他にも、他にも、他にも――
少年と少女の間には、たくさんの思い出があった。
どれもこれもが優しくてかけがえのない、宝石のようなひとときで、
少年と少女の中で、今でも輝く思い出として残っている、淡い記憶。
――今でも、二人を繋ぐ細い糸だ。