はじまりのこと その三
詰所に着くと、先生はすぐさま門番へ話しかけていた。
しかしどうやら、簡単には入れてもらえなそうだ。
まあ薬売りの僧侶なんて身元も確かじゃないのだから当たり前。
何より、先生は身なりが怪しさのかたまりだし。頭はほとんど禿げ上がっている割に、髭が濃いは、目が仁王のようにぎょろと出ているはで、怪しくないところはなかった。
「いいから小川先生に話をとりついで頂けないか!」
先生の声も、だんだん怒鳴り声に近づいてきていた。
こめかみのあたりもひくひくとしている。
助け船を出したほうがいいかな。
「先生、十部衛さまからのお手紙がありやしたよね?」
そう言い言い、先生の薬箱を開けにかかった。
怒る寸前の先生だったが、私の意見をお聞きするとけろりと神妙になり、薬箱を下ろして下さる。
手紙は…下から二段目だったかな。
「下から三段目じゃ。」
先生が教えてくださったが、無視して下から二段目を開けた。
あった。やはり先生の記憶はあてにならん。
「これに御座いますね?」
先生が手紙を私の手から取り上げ、中身をご覧になる。
これじゃこれじゃ、と言って門番に見せた。しかし、まだ門番は怪しんでいるらしい。
どうやら十部衛さまとやらは、結構な商家みたいね。
お上がこうしてさまざま取り調べているみたいだし、それに手紙を見ても簡単に納得はしないようだ。
「御親族の方がいらっしゃれば、お見せできませんでしょうか?」
訊いてみると、門番はもうひとりの門番に耳打ちしてから中へ入っていった。
耳打ちは多分、私たちが怪しい動きをしたら引っ捕らえろ、そんなとこだろう。
「ったく、何だってこんなに疑うんだ。」
声を低めて先生が私に話しかけてきた。
いや、私たちを見て怪しまないひとなんておらんでしょ。
でも、しかし…
「十部衛さまって、如何な御方にございますか?」
お上がどうも躍起になっているように思えます、と付け加えて、門番をちらと見る。
私たちを凝と見ていた。こころなしか、目も険しい。
「そうさな、まぁ繁盛はしていたが…」
先生は黙り込んでしまわれた。なにか思うところがおありか。
「おい、そこが二人。貴様、名はなんと云ったか!」
いつの間にか戻ってきていた先の門番が先生に向けて言った。
先生は考え事をやめ、お答えする。
「治元と申します。」
「小川先生が入れて良いと申された。付いて来なされ。」
お、本当か。良かった良かった。
言うやいなや、門番は中へ入っていく。
先生と私は薬箱を持ってすぐさま、門番に付いて行った。
すると、もうひとりの門番が私たちの後ろへ着いた。私たちは挟まれた形だ。
どうにも、物々しいね、まったく。