はじまりのこと その二
「詰所に行きゃあ、小川先生もいらっしゃるどうしな、そうしようそうしよう。」
先生は何やら私の意見を聞くとひとりでうなずきはじめた。
私はここの町には初めて来たからあまり勝手がわからないというのに。
「小川先生ってのはどちらさまで?」
まずそこから訊いてみると、先生はおん?と私の顔をのぞき込まれた。
先生、私がここに来たのは初めてなのを忘れてるな?
「小川先生は…ええと、あれよ。おまえさんが…ん?なんだおめえ、会ったことなかったっけか。」
初めて耳にしましたよ、その名前。
さも仰ったことがあるように言わんで下さい。
「ここの医者よ。もう何年もお会いしてねえが、十年前くらいにはおれのお得意様だったのさ。今じゃ六十は越えてるだろうが、まだまだくたばってはないだろうさ。」
くたばったとか、とてもお坊様とは思えない言葉よね。
今に始まったことじゃあないけれども、それよりもだ。
「お上のことに関われるようなお医者さまとは…」
このことだ。すると、先生は事も無げに答えた。
「ここの殿様の小さい時、そりゃあ随分体が弱かったそうでな。その時に活躍して、ここの殿様も家臣も、先生には目をかけているそうだ。先生もそちらへよく出向いておられた。」
ほお。運の良い医者もいるものねえ、浮き世も浮き世ね。
まあでもそれなら話は早い。
「でも、詰所に居られるとは限らないのでは?」
「ここからなら詰所のが近いから、先に詰所だ。小川先生はちょいと外れに大きく家を建てて住んでらっしゃるからな。」
「なある…」
先生はそこで立ち話を切り上げ、街道の北へ、詰所へ歩き出した。