死にたがりの少年と死神のお話
軽いお話を書こうと思ったら、存外に重たいお話になってしまった。
深いことを考えず、適当に読んでいってください。
いつからだろう、生きるのが苦しくなったのは。
いつからだろう、死にたいと思い始めたのは。
人間が人間として生きていくことは、実は存外に難しいことだ。
普通に友達を作って、普通に勉強が出来て、普通に出来ることが出来て…というのはもはや不可能に近いのではないか。
そして僕はそんな自分に深く絶望した。
周囲の期待に答えられなかった自分に嫌気が差した。
僕は今日、ここで死ぬ。死ぬということがどれほど重たいことなのかはわかっている。
だがそこまでの選択肢を取るしかなくなったことに後悔はない。
いや、後悔があってしまっては意味がないのだ。意味がなくなった人生を、ここで終わらせる。
思わず息を飲む。マンションの屋上、広がる夜の町並み。
どこまで見えているのかはわからないが、僕の視界に映るのはおそらく相当遠くまでなのだろう。
一通り町並みを見渡してから、一歩。踏み出す。
僕はこの高いところから真っ逆さまに落ち、物言わぬ骸と成り果てて誰も知らぬ場所で倒れる。
その、はずだった。
気がつくと、まだマンションの屋上にいた。いや、屋上から落ちてすらいない。
足を踏み出す直前に、何者かに手を強い力で引っ張られたのだ。
呆然としていると、不意に肩を叩かれる。
「はいセーフ、いやー危なかった危なかった」
夜の街の静寂が、調子が抜ける程の軽い声で打ち破られる。
振り返ると、僕よりも明らかに背の高い男の姿があった。
「ええっ!?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。それもそうだ、こんな男の姿はさっきまでなかった。明らかに、突然現れたとしか思えない。
「お、おま、お前…誰だ!?」
震える声で男に向かって叫ぶ。
「俺?敢えて名乗るとしたら、そうだな…死神?みたいな?」
男はなおも軽い態度を崩さない。死神、とか言い出したか。
「あー。その顔は信じてねーな?」
「信じる奴がいるわけないだろ!」
尚も不審は募るばかりだ。家に携帯電話を置いてきてしまったのが惜しくなった。持っていたら絶対に通報してやったのに。
「そうか…信じてもらえないか…だがな」
男はニッと突然笑ったと思うと、
「そんだけ元気なら、まだ生きることは出来るだろ」
と語りかけてきた。何を言っているのかまだ理解が追いつかない。
「大体、死神っていうのはなんだ。そう名乗るなら証拠を見せてくれよ」
「俺が死神じゃなかったとしたらなんか困ることでもあるわけ?ねーだろ。じゃあどっちでもいい」
相も変わらず、飄々とした態度を崩さない。
「あー、なんか話逸れちまったな。まあ単刀直入に言うとお前を助けに来たってワケ
慈善事業じゃねーから勘違いすんなよ?だがな…」
すると、男の表情が突如神妙なものへと変わった。
「死ぬのに早すぎる奴に無理に死なれると俺が困るんだよ」
「なんだ?結局そっちの都合じゃないか、いいから邪魔をするな」
いつの間にか語気が強くなっていた。それもそうだ、僕はここで…ここで、何をしようとしていたんだったか?
「俺は今までいろんな奴の死を見てきた。俺は自殺者担当の死神でね。俺のとこに送られてくる奴ってのは若い奴が多い」
「突然自分語りか?嫌な奴だな」
「そう焦んな焦んな、ただの前置きだ。でな、その自殺しちまった若い奴ってのは死ぬ時にどんな顔してると思う?」
突然の質問だった。僕にはそんなこと、到底想像も出来ない話だ。
「そんなの…わかるわけないだろ」
「すっごい死ぬのを嫌がってる顔してんだよ。おかしいだろ?
死にたいと思って自殺してる癖に、目を背けたくなるくらい死にたくなさそうな顔してんの」
「何がおかしいんだ」
「そりゃ、今のお前だよ」
今のお前。今の僕がおかしいとでも言いたいのか。
「何だ?今の自分がおかしいとでも言いたいのかとでも言いたげな顔してんな?」
勝手に人の心を読むんじゃない。大体、お前は何が言いたいんだ。
「そもそもさ、お前は今なんで怒ってるわけ?本当に死にたいなら、お前俺のことなんてどうでもいいはずじゃん。二度と顔合わさねえんだから」
「はぁ…!?」
男の真意がまるで掴めない。この男が、何を言いたいのかがわからない。
「あー。だからさ、要はお前さ」
「実は、死にたくないんだろ」
まるで何を言っているのかがわからない。本当は死にたくないだと?
「僕が…今までどれだけ苦労していたのかわかってるのか!!」
「は?知らねーよ。見ず知らずの奴が苦労してたなんて話知ってたらこえーだろーが。」
「なっ…いい加減にしろ!僕をからかってるのか!!」
「俺は真剣だよ?それ以上にお前がふざけてるっていうのがな?許せねーんだよ」
ふざけているのは…お前だ。
思わず拳を振り上げ、その男の顔に向かって放つ。
「おー、こわこわ。今時のキレやすい若者っていうんですか?」
それは簡単に止められた。目の前の男はなおも涼しい顔をしている。
だが、その表情はすぐに今まで見たこともない程鬼気迫るものへと変わっていった。
「テメェ…さっきいい加減にしろ、とか言ったか?そりゃこっちの台詞だ」
男の声のトーンが突如低くなる。その声にはとてつもない迫力があり、思わず気おされてしまった。
「大体、テメェが死にたいとか言ってた理由なんて、ちょっと失敗したからとかそんなくだらねーのだろ。んなもんで簡単に死のうとすんじゃねえ。」
「違う」
「何が違うってんだよ」
「くだらないとか、簡単とかっていうところだよ。大体、なんなんだお前は!僕に説教でもするつもりなのか!!」
「俺からすりゃくだらねーんだよ。お前の言ってること全部な。言っとくが説教なんざするつもりはねーぞ。んなもんガラじゃねーからな」
こいつは一体何が言いたいんだ。
怒りが限界まで達し、二度目の拳を振るおうとしたところで、男は突然諦めたように元の表情へと戻った。
「あーあー、やめだやめだ。もう死ぬなら死ぬで好きにしろや。」
「なっ…突然何を言い出すんだよ?」
「好きにしろ、つってんだよ。お前の問題だからな。やっぱ俺が口を出すことじゃねーわ」
突然、諦めたように言うことが変わった。やっぱり、この男は単なる偽善者だったんだ。
いきなり説教しようと現れて、諦めてその場を去ろうとする。助けるなんていって、結局その気はなかったんじゃないか。
結局、僕は今日は死ぬことが出来なかった。
男の顔を目に映すのが嫌で、すぐに自分の住まう部屋へと戻ってしまったからだ。
死神と名乗るあの男は、一体何だったんだろう?
あー、なんでわざわざ死神なんて名乗っちまったかね。ちょいちょいボロ出そうになってたし?
そんなもんは漫画やアニメの中だけの話にしておけって。
どうにもああいう奴を見ていると、見捨てられなくなってしまうんだよ。
人間ってのはどうしてこうも、自殺なんてしちまうんだろうな。
死ぬ時ってのは、絶対苦しくて、死にたくないって顔をするはずなのに、な。
というわけでよくある感じの短編でした。
死神さんのキャラのイメージは私が今大好きなライトノベルの主人公から取りました。
本来なら過去にちょっと闇がある本物の死神さんっていう感じで書きたかったのですが、ここはあえて「死神を名乗る一般人」という形にしてみました。
自殺をする人、最近増えているらしいですね。あいにく私はそのあたりの話については詳しくはありませんが、少し鬱のような状態になっていた時期がありました。
このお話は、そんな辛かった時期に、こういう人が現れて助けてくれたらいいな、っていう妄想で書いたお話でもあります。