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夜空に浮かぶ ボン、キュッ、ボン。

男「おはよう」


女「おはようございます」


女「知ってますか?」


男「知ってる」


女「そうですか」


男「…………」


女「…………」


男「何がだ」


女「もうすぐ花火大会があるそうです。市内の掲示板にポスターが貼られていました」


男「そうだな」


女「その後に夏祭りも。私の地元では夏祭りと花火は同日だったので、ちょっと珍しく感じます」


男「そうか」


女「楽しみですね」


男「そうだな」


女「それにしても、最初のくだらないボケはなんだったんですか」


男「今日は既にちょっとのぼせているんだ」


/


女「おはようございます」


男「おはよう」


女「さぁ、私を襲わないうちに奥へ」


男「このくだり毎回やるのか」


女「アルバイトとか仕事だと、早く終わった人がお先ですっていうらしいじゃないですか。目上の人と温泉に来た時に早くあがるときも言うべきですかね」


男「知らん。俺は相手が出るまで耐えるからな」


女「お風呂の場合だと、先に入ってしまったときに言うべきかもしれませんね。お先です、一番風呂頂いちゃってます、ってな感じで」


男「一番風呂は好きか?」


女「家でもあまり気にしませんね。お父さんが入った湯を全部入れ替える、という残虐非道なことはしたことがありません。むしろ、怖い映画を観た後にお風呂に入った時に、お父さんの股間の毛らしきものが浮かんでいるのを見ると、こんな場所にお化けは出てこないだろうなと少し安堵さえします」


男「…………」


女「あ、男さんの浮いてる」


男「えっ」バシャ…


女「嘘です」


男「エイプリルフールじゃないぞ今日は」


/


女「おはようございます。お先です」


男「おはよう」


女「夏はいいですね。脱衣場が寒くないです」


女「脱衣場が寒いせいで、国民の生産性は減少していますからね」


男「またよくわからない持論を」


女「おふろ入らなくちゃいけないなと思いながら、それでも入りたく無くて迷ってるうちに、電気つけたまま寝ちゃったことが20回くらいあるんです」


女「浅い睡眠で早朝に目覚めた時の損した気持ちなんか筆舌に尽くしがたいです。いや、ペンがあったら紙いっぱいに損という文字で埋め尽くしたいくらいです」


女「こんなことならさっさと寝るのを決め込んで朝入っておけばよかったなって」


男「それで今に至るのか」


女「あまりに早い段階で敗北を認めると新たな道がひらけるんですよ。」


男「もしも朝寝坊したらどうするんだ」


女「周囲にお風呂に入ってないのがばれやしないかと一日ドキドキしながら過ごしたことも5回くらいあります」


男「うまくいかないものだな」


/


男「おはよう」


女「…………」


男「おはよう」


女「…………」


男「おはようございます。お先です」


女「うむ。おはよう」


男「ちょっと考えてみたんだ。お前が昨日話した寝る前の風呂の話について」


女「私がお風呂で裸姿になることについて妄想してどうしたんですか?」


男「そこまではっきり間違えるなら、お前の耳が遠くなったんじゃなくて、きっと俺の滑舌が物凄く悪かったんだろう」


女「それでそれで?」


男「お風呂が嫌いなお前からすると、入浴は義務で睡眠は欲求なんだろう」


女「そうですね。私の場合三大欲求ではなく、三大義務に含まれますね」


女「入浴の義務、教育の義務、勤労の義務、納税の義務。お母さんの人生と一緒ですね。泣きじゃくる子供を説得の末お風呂に入れさせて、布団からでない子供を叱りながら学校に行かせて、励ましながら社会に巣立たせて、税金を収めさせる。その最初の関門でした」


女「お風呂に入らなければ、学校でも爪弾きにされ、社会でも居場所を与えられませんからね。いやはや、恐ろしい話です」


男「俺もとりわけ疲れた日は、寝てしまいたくなるな。どんなに眠くても入浴と歯磨きはしてるが」


女「人間の鏡です。二宮尊徳の像の代わりに、湯船に浸かって歯を磨くあなたの像を学校に飾らせましょう」


男「いたづらされること間違いなしだな」


女「運動なんてした日は、眠いのに汗をかいていますからね。その時は入るしか無いと諦めて屈服できますが。嫌な目に遭ったりした日なんかは、帰ってベッドに飛び込んでから、今日の出来事やこれからの未来に悩むことに時間を使えばいいのか、お風呂に入ればいいのか、寝ればいいのかで迷って、結局電気をつけたまま寝てしまい何も解決できないんですよね」


女「考え事をするか、お風呂に入るか眠るかで迷っているうちはどれも解決しませんね。風呂に入れば、悩みも解決しやすい。寝れば、悩みも解決しやすい。要するに、悩むという選択肢以外なら正解なんですね」


女「迷ったら、お風呂に入る。迷ったら、寝る。人生の優先事項を決めつける」


女「私の場合は、1早寝、2早起き、3お風呂、4その他」


女「その他には恋愛や仕事など大事なことも含まれているけど気にしなくても大丈夫。先の3つさえうまくやれば、他のものもうまくまわりはじめるんですから」


女「昼夜逆転している不登校の時に一生懸命考えた人生哲学なんですが、人生の先輩としていかがですか?」


男「……その他とお風呂の優先事項が逆だ」


女「えっ?」


男「……その他には身の安全も含まれる」ザバァ


女「のぼせてたんなら早く言って下さい!」


/


女「おはようございます」


男「おはよう」


女「屈斜路湖露天風呂、私も行ってみたいなぁ」


男「お先ですブームは去ったのか」ボソ…


女「行ったら感動するんだろうなぁ」


男「お前にはまだ早いだろう」


女「なんですか。あなたも行ったことないくせに」


男「寝不足な日の睡眠や、腹が減った時の食事と同じだ。本当に疲れたことのある人しか温泉の良さはわからない」


女「どうして禁欲した後のアダルトビデオ鑑賞を除いたんでしょうか」


男「美しい景観を損ねる声の無き様」


女「男さんも苦労人そうですもんね。毎朝美しい女子大生を拝むことで心を癒やしている孤独なワニですもんね」


男「馬鹿言うな。どちらかというと俺はワニではなく白鳥だ。苦労は表に出さず、水面下では足をばたばた動かして必死だ」


女「勃起してるってことですか?」


男「美しい景観を損ねる声の無き様」ピュー


女「うわっ!その手で水鉄砲つくるやつ懐かしい!私できないんです!」


男「教えてやらん」ピュー


女「うわ、ギブアップ!すみませんでした!清楚になります!」


/


女「もうすぐ何の日か知ってますよね」


男「お前の誕生日か」


女「私は冬生まれです」


男「何かあったっけか」


女「まぶたを閉じると観えてきませんか?」


男「花火大会か」


女「即答ですか。そうですよ。楽しみですよね」


男「ああ」


女「言わないんですか?」


男「何を」


女「一緒に、夜空に浮かぶ花を見に行こう」


男「そういうセリフを吐くことを黒歴史というんじゃなかったか」


女「いいじゃないですか。善良なる市民で知られずに終えるより、歴史に汚名を刻む方が」


男「わざわざ街中まで観にいかん」


女「はぁー!?はぁー!?」


女「はぁーーーー!?」


男「ここから観えるからな」


女「えっ、そうなんですか!?」


/


男「それにしても、意外だな」


女「憎き夜の思い出詰まった花火を見たがる心理がですか?」


男「それ」


女「過去を乗り越えたいという思いとはまた別の気持ちですね。単に時が経つにつれて、花火を観たがる自分になったんですよ」


女「でも、そう思えるようになったのは、やはりあの事件が原因なのでしょう。すくすくと何事もなく育ったままだったら、美しい景色や手触りの違うバスタオルに、ここまで興味をひかれることもなかったままだったと思います」


女「だから、なおさら嫌なんですけどね。つらい出来事があったおかげで良い出来事と巡り会えただなんて言ったら、つらい出来事を肯定しているみたいじゃないですか。ただひたすら、なければよかったって思いますよ」


男「…………」


女「あっ、傷ついてる。俺と出会えた今を否定するのかって、泣きそうになってる」


男「ああいえばこういうし黙ればそういう奴だな」


女「ということで、その日は夜にお風呂に入りましょうか」


男「早朝ルールを破るのか」


女「いいじゃないですか。減るもんじゃあるまいし」


男「ワニが来て心がすり減るかもしれないぞ」


女「私の裸なんかより、花火の方がよっぽど見応えありますよ。ボン、キュッ、ボン! です」


男「まぁ、いいが」


女「やったー!!!!」


男「だが」


女「いぇーい!!」


女「せんせーい!バナナはお弁当箱に入りますか??」


女「大きいお弁当箱になら入りまーす!!!」


男「落ち着け。行ける約束はできん」


女「…………」


女「…………」


女「…………」


男「いきなり落ち込むな」


女「も、もしかして……」


女「ほ、ほかに、ボン、キュッ、ボンがいたんですか?」クィ


男「小指を立てながら質問してこなかったらその難解な表現を理解できなったぞ」


男「女関係じゃない。ちょっと調べごとがあって、数日かかる」


女「なんですかその探偵みたいな仕事は」


男「俺は探偵に捕まる方だがな」


女「はい、過去の重い話題禁止。深淵禁止。表面上の付き合いで楽しみましょうね」


男「気楽なやつだ」


女「目指すは極楽なやつです」


/


女「調べごとなんてネットで調べればいいじゃないですか」


男「こう見えても図書館にあるのを時々使う」


女「パソコンに座ってる姿あんまり想像できないです」


男「タイピングというやつが苦手だ。手書きで入力している」


女「不器用!!でもちょっと不器用なほうがいいかも!!」


男「どっちだ」


女「どんなこと調べてるんですか?」


男「うるさい 女性 心理」


女「完璧に使いこなしてますね」


男「冗談だ。ネットには載ってないこともあるから困る」


女「どんなことですか」


男「ネットに載せてはいけないこと」


女「とんちですか」


男「お前はネットは好きか」


女「私の記事を探せば出てくることを除けば大好きです」


男「大嫌いというわけか」


女「SNSは大好きですけどね」


男「パンケーキがどうのこうのやつか」


女「ああ、今さっきあなたの言ったことがわかる気がしました。ネットには、ネットに載せたくないことは誰も書き込みませんものね」


女「お風呂に入る前に見た朝日も、お風呂上がりの出来事も載せたことはありますが、みんな私が早朝に温泉に行ってることは知りません。あなたと出会う前から言ってませんでした」


女「悲しいですね。ネットに載せたくないほどよき出来事は、ネットには載ってないなんて」


男「携帯電話も持ってない俺はその悲しさとは無縁だな」


女「現実の人には伝えたくないほどよき言葉もネットにはありますからね」


男「どんなだ」


女「現実の人には教えられません~」


男「のぼせた。もうあがる」ザバァ…


女「すねないでください~」


/


女「あっ!おはようございます」


「…………」


女「(やば、普通のお婆ちゃんだった。珍しいな)」


女「(まだかな…男さん来ないなぁ)」


女「(なんか調べごとがどうのこうの言ってたような)」


女「(今日は忙しいのかな)」


/


それから数日間、男さんは温泉に来ませんでした。


朝が駄目なら夜にと思って来てみても、男さんは現れません。


私と会う気がなくなったのかな、と気弱な考えが浮かぶこともありますが、そうではないでしょう。


私に会う気がないなら、はっきりないと言ってから去る人でしょう。冗談みたいな会話をした日を最後に、果たす気のない約束をする人には思えません。


あの人はあの人で、耐えるだけの自分を捨てて、自分の好きなように動くことを覚えたのだと思います。熱い湯船からすぐあがるのは意識の表れの1つでしょう。


自由に生活しているのならば良いことです。


ただ、温泉にも来られないほどの生活を強いられているのだとしたら。


どんな、よくないできごとがあったんでしょうか。


あるいは。


あの人自ら、よくない出来事に近づいているのでしょうか。


/


女「いよいよ明日が花火です」


女「朝も夜もお風呂に入ってますよ。お風呂嫌いだった少女が1日に2回もお風呂。湯当たりしちゃいますよ」


女「あなたがこないままのぼせて気絶でもしたら大変なので、また一日中張り付くようなことはできませんからね」


女「置き手紙でも何でもいいからしてくれたらいいのに」


女「はぁー。それでは早朝。あ、次は夜か」ザバァ


/


女「本当に来るのかなぁ」


女「何を調べているんだろう。それは、私と会話するよりは大事なことなんだな」


女「はぁー。はぁー。ため息とともに幸せがどんどん減っていく」


女「女子大生の最後がこれでいいのかー」


女「みんなと遊園地行ったり、ボーリングしにいったり、若者の集う場所で遊ぶのが正しいんだろうな」


女「田舎にうちあがる花火と温泉だなんて、老後の楽しみに近いような」


女「そうだね。私は理想の老後を大学生のうちに経験しておけばいいんだった」


女「あわよくば、縁側に、寄り添える人がいるような」


/


女「ふぅー、もういい時間だな。小さな星も見えてきた。温泉から見る夜空は素敵だな」


女「今日はお客さん誰も来ないな。あの向こう側の川沿いから打ち上げるなら、ここからだと綺麗に見えるだろうな。確かにいい穴場スポットだ。こんな特等席、見つけても友人にシェアはできないな」


女「舞台は揃っているのに、役者が足りないっていうのはこのことだな」


女「お星様と、お姫様と……」


私がさみしく独り言をつぶやいていると、王子様、ではなく花火様が夜空に現れました。


左目の視力が良かったと、ほとほと感じます。


右目の分の負荷がかかり疲れやすくはありましたが、視力は友達より高いままです。世を捨て夜中にテレビを観ていた時期の影響も少なかったようで何よりです。


女「はやく来てくれませんか」


女「感想や感動なんて一瞬で、花火よりも早く言葉は消えてしまうんですよ」


女「ささいなことでいいから話したいですよ」


女「花火と夏と温泉の組み合わせって、素直でいいってこととか。こたつに入りながら雪をみることや、真夏にプール入ることなんかと違って、暑い中、熱いところに入って、火を見ることに幸福を感じる」


女「磁石の同じ極同士がくっつきあうような、奇跡とでも呼ぶべきことなんですよ」


女「でもこういうとあなたはまた無言になりますかね。そして私はおちょくるんですよ」


女「本来正反対の私達が出会ったことは、S極とN極がくっつくように自然なことだったと思いますかと」


女「花火と磁石なんて関係ないのにな。こんな綺麗な光景を前に小難しい話をしたくなるのはあなたの影響かもしれませんね」


女「もういいですよ。後日あったら散々自慢してあげますから。綺麗な女子大生がうじゃうじゃ来たって言ってやりますから。それで喜ばれたら沈めますけどね」


女「はやくこないと、のぼせてあがっちゃいますよ」


/


赤色、黄色、紫色、橙色、緑色。


目を閉じて見るまぶたのうらのはなびより。


目を閉じて思い出す過去に観た花火より。


今、目を開けてみているこの美しき花火を。


過去の何物でも、誰とでもなく。


あなたと過去を共有するのでも、あなた以外の人と今を共有するのでもなく。


今、ここで、あなたと……


「……月だ」


もしも心に押し隠している目いっぱいの期待さえなかったら、今立った鳥肌の意味をちゃんと理解できていたかもしれない。


女「だれ?」


「ひさしぶりだね」


男性の声だった。


聞き覚えのある声だった。


「ずっと探していた」


毎日思い続けていた人だった。


「ずっと探していたんだ」


忘れられない人だった。


悲しき人だった。


「今だから告げよう」


出会ってはいけない人だった。


私の人生を変えた人だった。


「君のお母さんを、愛していた」


手には、わりばしが握られていた。


男性は、8年前のあの夏の夜よりも、いきいきと輝いているように見えた。


「君から花火を、奪いにきた」

ドーン。


パチパチパチ。


ドーン。


花火が浴衣をすり抜けて、いきなり心臓に触れてきても私は不快に思わない。


あなたが無遠慮な会話をして、土足で私の心に踏み込んできても、やっぱり嫌いにはならないでしょう。


そんなあなたと出会えた今を祝って。


そんなあなたと出会うきっかけとなった過去を呪って。


ただひたすら、この時間が続けばいいのにと願うはずだった今日が。


ただひたすら、なければよかったのにと願った過去に、塗り潰されてしまいそうです。


次回「18,000÷(365*50)<1」


あなたも、泣かないで。


私の目を、見て。


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