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昼夜逆転が一周すると、元の生活リズムに戻ります。

男「…………」


女「…………」


男「…………」


女「……おほん」


男「…………」


女「……ごほんごほん」


男「…………」


女「……ぶぇーっくしょい!!」


男「風邪引いてるならあがったらどうだ」


女「あっ、おはようございます。今日もいい朝ですね」


男「ああ」


女「…………」


男「…………」


女「ノリわるっ」


男「化粧の話か?」


女「化粧はお風呂上がりにします。先にあがるあなたは知らないでしょうけど」


/


男「…………」


女「もしもーし」


男「何だ」


女「ニヒルを気取ってるこの俺が、昨日は喋り過ぎちまったな、とか思ってるでしょ」


男「よくわかったな」


女「小学生の頃に好きだった女の子の名前、しおりちゃんっていうんでしょ」


男「違うな」


女「じゃあなんですか?」


男「内緒だ」


女「別にいいじゃないですか」


男「小学生の頃の俺に怒られてしまう」


女「今日は何について喋りますか?」


男「本当おしゃべりが好きだな」


女「最近誰とも喋ってなくて人恋しいんです」


男「大学の友達はどうした」


女「みんなほとんど単位を取り終わっているので来ないんですよ」


男「お前は行ってるのか」


女「別にさぼってたとかじゃないですよ。大学の半期分の単位を全て落として留学するという荒業をとったんです」


女「日本に帰って来た私は、また異国の地を愛する心を求めて、実家には帰らずにこの田舎にあるおばあちゃんちに来たんです」


男「そうか」


女「私、今は新幹線で大学に通ってるんですよ。お金があるのは親のおかげです」


男「医者か何かか」


女「医者の外科です」


男「そうか」


女「この話題退屈ですか?」


男「大学に通ったことがないからな。あまりイメージがわかないんだ」


女「そうだったんですか」


男「高校も中退してるから、中卒だ」


女「そうなんですか……」


男「反応に困るか?」


女「いえ、そういうわけでは……」


男「気にするな。パンケーキの話でもしよう」


女「本当ですか!?」


男「嘘だ」


女「…………」


男「不機嫌な表情に戻ったな」


/


女「私と話すの嫌ですか?」


男「誰に対してもこんな感じだ」


女「誰に対するものと一緒ですか」


男「そうかもしれないな」


女「ふーん。ところで、あなたはどうしてこんな早朝にこの温泉までくるんです?」


女「この時間でも、街中の例の銭湯は男湯を解放してるじゃないですか。女性は夜の短い指定時間に入っていますけど」


男「理由は3つくらいあるがどれも退屈な理由だ」


女「人混みが苦手とか」


男「それは1つの理由だな。人が苦手だ」


女「私も苦手です」


男「その割にはよく喋りかけてくるな」


女「ふふん」


男「お前こそどうしてここまで来る。大学近くの銭湯にでも夜に行けばいいだろう」


/


女「まぁあれですよ。朝に生きるのが1番だって思ったんですよ」


男「なんだそれは。夜は死んでるみたいな言い方だな」


女「あの地震が起きる前は、例の銭湯に早起きして浸かりにいっていたんです。ここは修理が終わるまでのしのぎ場です」


男「旅の恥はかき捨て、みたいなものだな。でなければ、痴態を見られた男に話しかけられるわけもないか」


女「やっぱり見てたんじゃないですか!!」


男「身体はじろじろ見ていない。セリフは鮮明に覚えているがな」


女「くうぅう……」


/


女「お風呂は朝に入ろうって決めたんです。今までの生活を全て逆さまにすれば、この人生も反対になるんじゃないかって」


女「時計って円の形をしているので、回転してもわかりにくいんですよ。人生を後ろ倒しにすると、おやつの時間が4時になって、5時になって」


女「起床時間もだんだん7時、8時、9時となって」


女「気づいたら6時が18時になっていたり。人が起きる時間に私が寝たり、誰かが朝食を取る時間に私は寝る前のお風呂に入っていたり」


女「でも、度重なる遅刻が重なると、面白いことに、誰よりも早い人間になるんですよ」


女「いつの間にか、みんなが起きる時間より1時間早く起きて、私のおやつの時間は14時になっていて」


女「私の人生取り返しがつくかもしれないと思った時に、取り返してやろうと思ったんです」


女「回りくどく話しすぎましたね」


女「まぁ、なんというか、私、中学時代から一時期……」


男「わるい、のぼせた。今日も先にあがる」ザバァ


女「……あの」


男「どうした」


女「今私が何か打ち明けようとしてた雰囲気感じ取れました?」


男「医者の娘のお嬢さんの人生の喜怒哀楽の結末が聞けるんだなと」


女「なんですかその言い方」


男「お前の話はそこまで退屈ではない。こんな時間に混浴に来てるのはあんたと俺くらいで、たしかに一見気もあいそうに見える」


男「だけどな、そっちの言葉を借りると、お互い異なる時間を生きている」


女「どういうことですか?」


男「俺は今から帰って寝るんだよ。俺の時計もまた他の人間とずれている」


女「時間差は、ええと……」


男「寝るのが6時間遅い。海外に遊びに行ってても時差はすぐには浮かばないのか」


女「今日はなんだか冷たいですね」


男「熱いだろ。だから俺はのぼせた。じゃあな」


/


女「…………」


女「はぁ…はぁ…」


女「私は、のぼせそうじゃないのに汗をかいていて、あたたかいのに身体が震えてる……」


女「せ、せっかく人が。私が男性に話しかけるというのがどういう意味かも知らずに……」


女「あなたを利用している私が悪者なのかもしれませんが」


女「今にみていてくださいよ」


女「でかくてごつくて見た目の怖い男のこころなんて、湯のあたたかさでほぐしてやりますよ」


女「私は人を見かけで判断しませんからね」


女「それは人を見ていない、という逆説的な理由からですが」


女「あーもう!」


女「こんな難しいこと考えてたらのぼせちゃうよ!!」


女「さっさとあがって、大好きなバスタオルで身体を拭いて、お化粧して、大学に行こう!!」


女「私はこの人生でよかったって、何度も思ってやるんだから!!」


映画を観る時は、携帯電話の電源の切り忘れと同じくらいに、"朝のキス"のシーンに注意をしなければならない。


朝は、本物の時間だから。


おばあちゃんが言っていた。老人が朝早くに起きるのは、長年生きてきて朝が本物だとわかったからだと。


身体ではなく心の都合で生きる時間が変わるのだと。


映画が始まって、ベッドの上で朝日を浴びながら男女がキスをしているとしたら、それは本物の愛。


作り手にとって、物語の終盤に壊すにふさわしい愛。


こんなことなら、いっそ、朝なんてなくなってしまえばいいのにと、今後も私は思うことになるのである。


次回

「火のないところに煙は立たぬ。だが、湯気あるところに男はいきりタつ」


混浴では、"ワニ"の出現にもご注意。

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