感情
なんとかいつも通りに彼女と関わろうと、
努力しながらリビングで向かい合う。
もうすぐ夕食だから、
食べている間は間がもつだろうと少し安心したのに
彼女の顔を見るとどうしてもその唇に目がいってしまう。
柔らかい感触を思い出しては赤面し、
赤面するたびに顔を伏せる。
そんなことをしているうちに賢い彼女は無言で俺を観察しだした。
「何か言いたいことがあるなら、
黙って見てないで言えばいいだろ」
彼女の顔が視界に入らないように顔を全力で反らしたまま呟く。
その声は自分でも驚くぐらい拗ねている子どもそのもので、また赤くなる。
「何故私の顔を見ない」
なんの感情も読み取れない口調に少し動揺した。
チラリと見たその顔は、
無表情で何を思っているのかわからない。
「それは…」
何か言おうと思った時だった。
タイミングが良いのか悪いのか、
けたたましく電話が鳴り響いた。
しぶしぶ電話に出ると、よく知った嫌気のさす声。
「俺の勝手だろう、ああ、わかった。
明日にでも来て確認すればいい」
相手の用件をさらっと流して簡単に答えた。
早く会話を終わらせたくて、その声を聞きたくなくて。
電話を切ると興味津々な彼女の顔がすぐ近くにあった。
「誰からだ?」
俺の嫌そうな声色に興味をそそられたのか、
楽しそうな彼女は距離を更に詰める。
ソファに座る俺の横で、乗り掛からんばかりの彼女の肩をそっと押し返しながら溜め息をつく。
このままでは落ち着いて話もできない。
しかし押し返すと彼女はまた無表情に戻り、
つまらなそうに横に座り直した。
「俺の…腹違いの弟だ。
見合いを断り続けたのに急に結婚を決めたことに怒っているらしい」
なんだ、と少しつまらなそうに小さな声をもらした彼女は視線でその先を促す。
「明日、ここに来るらしい。
お前のことを妻として紹介しても構わないか?」
そう聞くと、彼女は盛大な溜め息を吐いて嘲笑うように言った。
「構わないからここにいるんだろう。
それより、お前は私をこのまま紹介してもいいのか」
何が言いたいのかわからずに固まる。
彼女をそのまま紹介してはいけない理由なんてどこにあるのだろう。
年齢には似合わない口調も、
その肌の痣すらも大切な彼女の一部だ。
何のことかさっぱりわかっていない俺に彼女はまた、溜め息を吐いた。
「お前は初めて会った時、私の瞳に何を思った?」
そう言われて気付く。
彼女の瞳は獲物を狙う獣のような薄い紅色、
見つめられると何もかも見透かされている気分になる。
きっと、普通なら一種の恐怖心を抱かせるものなのだろう。
しかし俺はその瞳を一目見て、
その瞳に見つめられて彼女に惹かれた。
隠すべきものなのだろうか。
そんなことを思いながら黙ったままでいると
彼女はスッと立ち上がった。
「お前は相当特殊な感性の持ち主らしいな。
明日のことは私に任せておけ。
何とかするから適当に話を合わせろ」
準備をするから、と夕食も食べずに彼女は部屋に戻ってしまった。
その日の夜は俺の寝室に来ることもなかった。
目覚めてから目の前に誰もいないとわかり
少しだけ寂しく思った気持ちさえ、素直に受け止められなかった。