求めていたもの。
「何故何も教えてくれないんだ」
俺の質問は交わされてばかりで、蝶は自分について語らない。
その瞳はただ真っ直ぐに俺を見つめていて、その時間がじれったい。
「知って何になるというのだ」
そう言われると返す言葉もない。
彼女の過去を知ったとしても何も変わらないのかもしれない。
でも何か変わるかもしれないと思ってしまう何かがある。
「俺はお前について何も知らないんだよ。
知りたいと思うのは当然じゃないのか」
そう口にしてから気付く。
彼女をここに連れてきて数日間、俺は彼女について聞くが自分の話はしていない。
初対面の会話を思い出した。
「私に名前を聞いておいて、お前は名乗らぬのか」
そういうことだ。
しかし、自分の記憶で人に話せるようなことは何もない。
ただ、不幸な当主としてのつまらない記憶しか。
「蓮、何を考えている?」
一点を見つめたまま固まった俺を彼女は少しだけ心配そうに見つめている。
「蝶は、俺の話を聞いてくれるか?」
俺は話すのが苦手なんだ。
自分のこととなると言葉を忘れてしまったかのように話せなくなる。
「話したいなら話せばいい。BGM変わりにでも聞いてやる」
誰かに自分の話をするなんて初めてだ。
ゆっくり、自分の記憶に思いを馳せる。
この国で一番の富豪と名高い水無月家の長男として産まれた俺は、両親からの愛を存分に受けて育った。
幸せな幼少期が終わりを告げたのは5歳の時。
幼稚園で友達と遊んでいた俺は先生の青ざめた顔を見ても何が起きたのかわからなかった。
先生の言葉を聞いても、全く理解できないままに迎えの車に乗る。
いつもと同じで家に向かうと思った車はまったくの逆方向に進んでいく。
ついたそこは病院で、目の前に横たわっているのは熱を持たない屍。
かつては俺を抱き締めてくれたその腕も、俺を優しく見つめていたその瞳すら、この世から消えたとわかった。
「水無月蓮さまを、正式な当主とする」
そう言われたって何がなんだかわからなかった。
一人で、独りぼっちであの広すぎる邸に閉じ込められて頭がおかしくなりそうだった。
幼稚園にも行かなくなったが、変わりに家庭教師がついて勉強漬けの毎日だった。
つまらない、いつもと同じ日々がただ過ぎていく。
なんの感情もなく、不幸な運命の当主という務めを果たしていた。
たまに幸せだったあの頃を思いだして涙が溢れそうになったが、年を重ねるごとにその記憶も薄れていった。
あぁ、こうしてこのまま俺も、不幸な当主として死んでいくんだな。
もし子孫が出来たりしたら、その子も。
そう思ったときにたまらなくなった。
水無月家がある限り不幸な当主はいなくならない。
ならば、人知れず何処かで死んでしまった方がいい。
そうして行ったあの里で、君にであった。
誰よりも不幸を嘆くべき状況で、自分を哀れに見えるかと問われたときに。
その瞳で見つめられたその時に、運命は変わった。
そこまで話すと彼女は笑った。
真剣に聞いてくれていた彼女はそっと細く白い手を伸ばして俺の頭を撫でる。
まるで、良くできましたと言う代わりのように。
なにも言わないまま、彼女はもはや定位置になりつつあるベランダへ行ってしまった。
彼女に自分の話をしていて気付く。
俺はこうして話を聞いてくれる人が、ずっと欲しかったんだと。