とり
「蝶、そこで何を見ている?」
屋敷のベランダで風に髪をなびかせて、彼女は静かに何かを見続けている。
「小さい鳥が飛ばずに走っている」
こちらに目も向けずに彼女が呟く。
空を飛べるのに飛ばずに走るその鳥を初めて見たらしい。
「セキレイだ」
小さくて可愛い見た目の、鳥のくせに飛ぶより走ることが得意な鳥。
彼女はただその鳥を見つめてふぅん、と言った。
熱心に見つめているくせに反応は興味がなさそうだ。
そう思って見ていると、急に笑顔を浮かべて、
「翼があるのに使わないなど面白いやつだな」
さぞおかしそうに言った。
つくづくよくわからない。
「俺はその鳥の事より蝶について気になるんだけど?」
そう言ってやるとめんどくさそうに振り向いた彼女はため息をついてから歌うように言葉を紡ぐ。
「私は昔、鳥になりたいと思ったことがある。
それに檻の中から見えるものは限られていたからな」
名も知らぬ鳥をひたすら見て時間を潰していたと、まるで懐かしむように彼女は話す。
自分を閉じ込めて痛め付けた人々に怒る様子もなく、悲しむ様子もない。
「蝶は、怒ったりしないのか?あの里の人々に」
少しずつ彼女に近付いて、肩が触れるほどの距離に立つ。
いささか近い距離に彼女は眉をひそめながらも答えてくれた。
「怒りを覚えることはない」
断定的な答えには迷いがなく、本心だということが伺える。
「ただ、哀れんでいたのだ」
そう言ったときだけ彼女の表情が曇った。
そしてそのまま俺と距離をとって、なにも言わずに自室に行ってしまった。
怒りではなく、哀れみを抱いた。
俺には到底理解できない彼女の気持ちは、あの不思議な瞳を見ていると余計わからなくなった。