馴れ初め
初めて出会ったのは山奥の名もない里。
その中心に当たる場所に不自然に置かれた檻越しだった。
「哀れに思うか?」
檻の中で横たわっている少女は、その見た目に似合わない口調で言った。
細く白い手足には血が滲み、所々に紅や紫の痣が散っている。
鈍色に光る足首に繋がれた足枷。
漆黒の髪は長く、顔も幼いように見える。
聞くところによるとこの少女は16になったばかりらしい。
俺を見つめるその瞳にはなんの感情も見られない。
なのにその視線には不思議な鋭さが感じられた。
薄い紅色のその瞳は、まるで獲物を狙う獣のように見える。
口許ににやりと笑みすら浮かべたその少女に惹かれたのはそのせいかもしれない。
「お前、俺の妻にならないか」
口をついて出たのはその言葉。
初めて少女の瞳に驚きの色が浮かんだ。
会話とも呼べないそれが、馴れ初め。
「お前、名前は?」
檻から解放された少女に問う。
「名前などない。しかしこの里のものは私を蝶、と呼んでいる」
丁、召し使いという意味。
しかし、いつもどこかに痣が散っているその姿に蝶が飛んでいるように見えるからとそのうち人々は少女を蝶と呼ぶようになったらしい。
「私に名前を聞いておいて、お前は名乗らぬのか」
相変わらず年相応には思えない口調で蝶は話す。
「蓮だ。水無月蓮」
俺が歩き出すと、半歩下がって蝶はついてくる。
共に歩いていると里の者がひそひそ話しているのが聞こえてくる。
「蝶が貰われていきますよ」
「これでこの里の災難もなくなるわね」
「不幸がなくなるわ」
その声が聞こえていても、彼女は何の反応も示さなかった。
ただ前を向いて、凛としていた。
きっと聞きあきているのだろう。
「疫病神がいようといまいと、この里は不幸なままだ」
唐突に呟かれたそれは、俺の心の声が漏れたのかと思ったほどだった。
「蓮もそう思うか?」
少女の生い立ちは、檻の監守にだいたい聞いた。
産まれてすぐ、その子どもの異色さが里中に広がった。
紅色の瞳を持った幼子は悪魔の子とされ、忌み嫌われた。
両親は我が子を産んだことに後悔し、世を去った。
以来檻の中で育ち、暴力や暴言を受け続けてきた。
この娘は不幸を呼ぶのだと、蔑まれて。
「1つ、聞いてよいか」
蝶が面白がるように言う。
「お前はどうして疫病神を嫁に迎えようとする」
その言葉に、俺も笑って応える。
「俺も同じ疫病神だからだ」
蝶が今まで見せた笑みと違う微笑みを浮かべる。
「この話は俺の屋敷についてから聞かせてやる」
手を差し出すと蝶が少し躊躇しながら手を預けてきた。
折れそうに細い、冷たい手だった。