男と男の話
*使用お題「(いっぱい)教えて」「手綱をしっかり握っていて」
しれっと「たんぽぽ畑から」の重要なネタバレを含んでいます。
「この組み合わせでキッチンに立つのもなんだか変な気分だな」
玉ねぎを慣れた手つきで切り落としながら、弟分であり、妹の彼氏である博基は苦笑した。それはこっちだって同じ気分だ、と返しながら俺はじゃがいもにすとん、と包丁を落とす。
「別によかったんだぞ、おまえが茜を連れ出す役目でも。そしたら俺は久しぶりに兄妹水入らずの時間を過ごせるわけだし」
「それ得するのおまえだけだろ!俺気まずだけじゃん!」
「ここの中で一番の幼なじみのくせに」
そう確信をついてやれば、間違ってはいないんだけどと彼はため息をついた。
「それとこれはまた別問題っていうか。あいつ買い物長いし。いっそお前が茜連れ出せよ、政良。彼氏だろ?」
「いいんだよ、りんが茜に会いたがってたんだし」
自分がたった一人の妹に甘いことは重々承知している。その妹の頼みとなれば、何でも聞いてしまいたくなるのだ。たとえ、その結果やたら目つきの悪い義弟と肩を並べて料理をする羽目になろうとも。
各々の事情で両親と離れざるを得なくなり、小さな児童養護施設「たんぽぽ園」で博基、茜、そして俺とりんは家族として生活していた。人数に多少の変動はあったが長い期間一緒に過ごしたほぼ同年代であることや、博基とりんが、そして俺と茜が付き合っており、なおかつ俺とりんが半分だけ血のつながった兄妹であることから、高校を卒業して施設を離れ、それぞれが同棲するようになった後も、こうしてよく集まって飯を食う。
今日は茜の20歳の誕生日ということで、りんこが外で茜と買い物をしている間、こうして男2人で食事の用意をしているのだ。
「……なあ政良」
「なんだ」
それからしばらく黙々と料理を続けていたが、不意に博基が声をかける。
「おまえさ、その、茜とどーなの」
「どうって」
「……男女の仲的な意味で」
「……ふつう、だと思うけど」
この4人の中で一番に年上の俺は誰よりも早く施設を出て一人暮らしを始めたけれど、2年遅れて高校を卒業した茜を迎え入れて、いわゆる同棲をしている。けんかが全くないとは言えないが、それなりに円満ではあるはずだ。
「なに、おまえまさかりんとうまくいってない?」
「ちげーよ!!」
そういうんじゃなくて。
首の後ろをがしがしとかいた博基は、顔を赤くして言葉に詰まりながらも、
「その、……したりするわけ?」
ぽろり、と木べらを思わず手放した。
「…………そりゃ、まあ。一緒に住んでいれば」
「……だよ、なあ」
いくらかほっとしたように息をつく義弟。
「もしかして、」
「してねえわけじゃねえよ!?」
顔を真っ赤にしながら言葉尻を遮られた。カノジョの兄貴に相談するのも変な話なんだけど、と博基はため息を吐いた。
「りんこが……無意識に誘ってくるのがやばい。止まらねえ」
何が悲しくてかわいい妹とその彼氏の夜の事情を聞かねばならないのだろうか。そんなことを頭の片隅で愚痴りつつ、結局義弟の話を聞いてしまうあたり、なんだかんだこいつのこともそれなりに思っているのだろう。長兄だから仕方がないか、とため息をついた。
「あいつ機械音痴だからさ、パソコンの使い方とかわからないと泣きついてくるんだけど、たまにせっぱつまってると涙目で『ねえお願い、いっぱい教えてほしいの』って上目づかいで来るわけ。なんなんだろう、俺は何を試されているんだろう」
「理性じゃね?」
「無理だろ……もつわけない。だいたいあいつはたまに言葉の選び方がやたらえろいんだよ!あどけないっつか、清純すぎるっつか、"いっぱい"ってもはや言葉がえろい」
フライパンを手繰りながらづらづらと愚痴を吐く義弟がなんだかいたたまれなくなってきた。妹はなまじ純粋に育ってしまったから、たとえ同じように同棲中の身だとはいえ、情事に至る気分的なものが俺たちのそれとはずいぶん変わってしまうのだろう。
「そりゃまあ、災難だな。りんは純粋だから」
「そんなところもまたかわいいのが悔しい」
がんばれよ、と腕を小突く。
「茜ってどーなの、そこのところ」
「……教えねえ」
ずるい、と博基は睨み付ける。
「俺は恥ずかしい思いして言ったのに」
「お前が勝手に言っただけだろ。聞きたいと言った覚えはないね」
「いいじゃん、教えてくれても。でも茜ってやたらしっかりしてるから、年下でも冷静そうだよな」
「おいこらてめえ、人の彼女で変な妄想するな、しばくぞ」
「はいはいはい。俺だってお前らの夜の事情は考えたくねえや」
絶対に教えてやるものか。
普段は冷静で大人っぽい、俺の手綱すらしっかり握る彼女が、そのときは年下らしく甘えてくることなんて。
「やべ、もう30分もしたらあいつら帰ってくるぞ」
「お前がくだらないことしゃべるからだろ。手動かせ」
なんだかんだといいつつ、俺も博基も自分の彼女がかわいくて仕方がないのだ。