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第六話

 トーコ公爵邸から帰る道すがらクソ女は、


「ごめんなさい。ユウキ様が勇者になられてからは、一人で仕事に出かけることが多くて寂しかったんです。私が愛しているのは貴方だけ、もうこのような事は二度と致しません」


 と、まるで謝罪のような言葉をひたすら繰り返していた。

 浮気女の言い訳の常套句をそのまま貼り付けたような言葉だ。

 はっきり言って微塵も誠意を感じない。


 謝るなら最初からしなければいいし、寂しかったからといって浮気をして良い理由になんかならない。愛しているのは俺だけだというが、愛してもいない男に股を開く女の言葉なんか信用できないし、二度とするとかしないとかの問題じゃなくて、一度でも俺を裏切った事が問題なんだ。そもそも、許されると思っている時点で考えが甘い。

 つまり、すごくウザい。


 こいつの言葉を聞けば聞くほど腹が立ってくる。

 しかし、感情に任せて怒鳴り散らし、殴り飛ばすわけにはいかない。

 この女をこっぴどく捨てるために、まずは俺への依存心を高める必要がある。

 だから、俺は演技をして怒っていないような態度で接する。


「いや、俺が悪かったんだ。お前を追い詰めるくらいなら、俺はお前を奴隷から解放して、別れても良いと――」

「そ、そんな! 別れたくありません。お願いです、私を一人にしないでください」

「そうか、俺を選んでくれて嬉しい。可愛いよ、エスクラ」

「えへへ、ユウキ様ぁ、くすぐったいですぅ」


 撫でつつ褒めて甘やかし、自尊心を満たしてやる。

 こんなクソ女を褒めるなんて口が腐りそうだ。

 しかし、作戦のために我慢する。


 作戦といっても簡単なことだ。

 まず、自分の口で別れたくないと言わせる。クソ女には自活力が無いのだから、別れられるわけがないのだが、自分の口で「別れたくない」と言わせる。それにより、それが自分の本心だと錯覚させるわけだ。

 次に褒めて甘やかし、俺に媚びれば優しくして貰える刷り込み依存心を煽る。


 そんな単純な作戦で大丈夫かと不安になるが、このクソ女、実はもともとの依存心がかなり強い。奴隷身分であるからか、潜在的に「自分は無価値」だと思い込んでおり、常に不安を抱えている。だから孤独に弱く、一人になるのを極端に嫌うのだ。また、自分に自信がないことを隠すために、俺がいないところでは「私は勇者の奴隷だ」と自慢して見栄を張る癖があるらしい。これは誰かに褒めてられて、自尊心を満たしたい感情の現れのようだ。これらの感情が合わさり、このクソ女は依存心の塊になっている。

 つまり、かまってちゃんのクソ女だから、こんな単純な作戦で大丈夫というわけだな。


 そんな感じで数日の間、クソ女を甘やかしたり、褒めたり、優しくしたりしつつ、時には突き放して不安にさせ、また甘やかしながら依存心を煽っていった。


 その間に、見世物小屋に連行された馬鹿な間男の様子も何度か見に行った。

もちろんクソ女も一緒に連れて行く。

 馬鹿は巨大なイモ虫に犯されたり、足がいっぱいある巨大な蟲にアへらされていたりしていた。馬鹿が見世物小屋で大人気なようで何よりだ。この人気なら思ったより早く借金を返し終わるかもしれないな。そうしたら別の方法で虐めてやろう。

 世間を舐め切った嫡男サマ(笑)にはお似合いの末路だ。

 ちなみに、クソ女を連れて来るのには理由がある。俺と敵対したらどうなるかを見せつけているのだ。これにより、クソ女の依存はさらに加速する。



 また何日か経った。

 この頃には、クソ女の俺への依存度も極まっているようだった。

 やたらとスキンシップを取りたがるし、何処へでも付いてくる。トイレにも付いてこようとする。はっきり言って鬱陶しいレベルだ。

 こんな状態で捨てたら精神崩壊間違いなしだろうな。楽しみだ。



 さらに数日過ぎた。

 今日は俺がクソ女と出会った記念日。

 クソ女を捨てるにはピッタリの日だ。


 日が沈みかけてきたころ、俺が外出しようとすると、クソ女も当然のように付いてきた。

 何かを期待しているのか、いつもよりお洒落をしている。

 バカな女だ。


 出かけた先は高級レストラン。

 屋上のテラスを貸し切っている。

 眺めも良いし最高のロケーション。


 レストランの使用人にも、こちらから呼ばない限りは近づかないように頼んでおいた。

 先に事情を話してあるので、あっさりと聞き入れてくれた。

 勇者という肩書はこういうときすごく便利だ。



「夜景が素晴らしいですね、ユウキ様」


 クソ女はテラスからの景色に喜んでいるようだ。

 人生最高の幸せを噛みしめるかのように微笑んでいる。

 俺は適当に頷いて答える。


 そのとき、一人の少女がテラスに現れた。

 艶のある銀髪が黒を基調としたナイトドレスとよく合っている。

 白百合のように可憐な少女。

 宿屋のオッサンの娘、フィーユだ。


「お待たせ致しました勇者様」

「フィーユ、よく来てくれたな」


 フューユを抱き寄せて膝の上に座らせた。

 クソ女はフィーユを見て固まっている。


「へ? ぁ、え? だ、だれ……、です、か?」

「私は勇者様の恋人です。あなたこそ誰ですか?」


 恋人というのはもちろん嘘だ。

 このクソ女を精神的に叩き潰すための演技である。


「こ、恋人っ!? 本当ですかユウキ様!? 嘘ですよね、ね?」

「現実逃避はやめて静かにしてください、私と勇者様の邪魔です」

「う、だ、黙れ! お前には聞いてない!!」

「あなたこそ黙ってください。ここは私のために勇者様が貸し切ってくださった場所ですよ。空気を読んで消えてください。ねー勇者様ぁ」

「ああ、そうだな。今日が俺たちの記念日になるからな」


 膝の上で俺に甘えてくるフィーユをこれ見よがしに可愛がって撫でまわす。

 フィーユは嫌がりもせず、目元をほんのりと朱色に染め、嬉しそうに微笑む。

 すごい演技力だ。

 演技で顔色まで変えるなんてそうそう出来る事じゃない。流石だ。

 俺がフィーユを可愛がれば可愛がるほど、フィーユを睨むクソ女の形相が険しくなっていく。


「お前がユウキ様を誑かしたのか!? そこは私の場所だっ! ユウキ様から離れろ!!」

「いいえ、私の場所です。あなたの方から勇者様を裏切ったのに、何を今さら――」

「黙れっ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ。黙れぇぇぇ! ユウキ様はお前なんかが触れていい相手じゃない。早く私のユウキ様から離れろっ!!」

「離れる? 恋人の私が離れる道理がありません。あなたが消えてください」

「煩い! ユウキ様を返せっ!」

「勇者様だってあなたの様なオバサンより、私の方が嬉しいに決まってます。諦めてください」

「黙れっ! 少しくらい若いからって調子に乗るな!」


 異議あり!

 年の差は少しじゃない。フィーユは14才、クソ女は27才。13才も若い。ほぼ倍の年齢差だ。この配役は流石に無理があったんじゃないだろうか。14才っていったら、日本だと中学生だ。俺の恋人役には無理があると思う。でもまあ、クソ女のリアクションを見る限り大丈夫そうだ。さっきから演技力がすごいからな、フィーユは。


 そんなことを考えつつ、フィーユを可愛がる。

 クソ女は歯を食いしばり、すごく悔しそうな顔をしている。

 さっきまでの幸福に満ち溢れた顔が嘘のようだ。

 精神攻撃は効果絶大みたいだな。


「ユウキ様、正気に戻ってください。貴方はこの女に騙されているのです!」

「先に俺を騙していたのはお前だろ?」

「……え?」

「お前は俺を裏切って浮気していたんだ。そのお前が、偉そうに言うなよ、クソ女!」


 俺がそう指摘すると、顔面蒼白になったクソ女は焦ったように弁明を始めた。


「あ、あの時の私はどうかしていたのです」

「お前なんかに入れ込んでいた俺がどうかしてたよ。それに、どうせその言い訳も嘘なんだろ。俺を騙していたお前を信用するなんて不可能だ」

「本当です、信じてください。私が愛しているのはユウキ様だけです!」

「その言葉は聞き飽きた。もう終わりだ」


 フィーユを撫でつつ、最後通告を言い放つ。


「今からお前を奴隷から解放する。それが終わればもうお前は俺の奴隷じゃない。赤の他人だ。二度と俺に付き纏うな」


 目を見開くクソ女。


「そ、そんな! 冗談は止めてください!!」

「冗談なわけがないだろ。俺には裏切り者を飼う趣味なんてない」

「ユウキ様、御免なさい。お願いです。私を捨てないでください、お側に置いてください――」

「先に俺の気持ちをドブに捨てたのはお前だ!!」

「ごめんなさい。お願いします。貴方がいなければ生きていけません。貴方のいない人生なんて考えられません。どうか考え直してください。うぅ……」

「泣くな、ウザい。何を言おうが手遅れだ」

「ぐす……、ごべ、んなさい。も、もう絶対にわがまま言いません、焼きもちも焼きません、絶対に迷惑も掛けませんし、役にも立って見せます」

「必要ない、俺には可愛くて賢いフィーユがいる」


 フィーユを抱きしめる。


「わ、私がユウキ様の一番じゃなくても構いません。その娘以外にも、ユウキ様が何人の女性を娶っても構いません。だ、だからっ、だから私もお側に居させてください。私も抱きしめてください。キスしてください」

「バカなことを言うなよ。気持ち悪い。お前とキスだと? 吐き気がする。裏切り者のお前を、俺は女として見ることは出来ない。一緒にいるだけで苦痛だ。キモイんだよ、汚物め」

「そん、な……。う、うぅぅ」


 ふとフィーユを見ると、いつの間にかトロトロに蕩けた顔になっていた。

 すさまじい演技力だ。すごいぞフィーユ。

 そんなフィーユを隣の椅子へ移し、クソ女と向き合う。


「最後の命令だ、『その場から動くな』今から解放の義を行う」


 今まで滅多に使わなかった『命令』で動きを拘束する。

 動きが止まるクソ女。


「い、いや……」


 手をかざし魔力を流す。

 光を放つ首輪。


「やめ――」


 魔力を強め一気に――、破壊する。

 ボロボロと崩れ落ちる首輪。


 クソ女は『命令』の拘束が解け、崩れ落ちる。


「あっ、あぁ……。ああ、あぁああっ!」


 泣き、喚きながら、必死に首輪を拾い集めようとしている。

 無駄だ、お前が拾い集めようとしているものは二度と元に戻らない。

 それを壊したのは俺だが、最初に手放したのはお前自身だ。


「う、うぅぅっ。ううぅうぅっぅ」


 地面に這いつくばって呻くクソ女。

 完全に心が折れたようだ。

 同情の余地は無い。

 いい気味だな。


「勇者様ぁ」


 フィーユに袖を引かれて振り返る。


「どうした?」

「はむ」

「んぐっ!?」


 キスされた。

 とてもディープなキス。

 フィーユはさらに精神的追い打ちを掛けるつもりのようだ。


 見せつけるように舌を絡め、淫靡な音を立てる。


「うぅぅ、うあぁぁあぁぁ」


 クソ女は目と耳を塞ぎ、地面にうずくまり、俺とフィーユのキスの音を掻き消すように喚く。


「ぷはっ。よしよし、フィーユ。続きは家でしような?」

「はい、勇者様。すぐに私たちの愛の巣に行きましょう!」

「そ、そうだな。じゃあ行くか」

「はい!」


 クソ女を一瞥する。

 反応がない。

 もう何も聞こえていないようだ。

 終わりだな。


「じゃあな」


 最後に一言だけ告げた。

 返事はない。

 既に廃人か?

 気が早いな。

 お前の本当の地獄は明日から始まるんだぞ。


 とは言え、これ以上、俺が直接手を下すことは無い。

 だが、明日の朝刊でこいつの悪事が晒される。

 今後、王都でまともな生活は送れないだろう。

 放っておいても、民衆共がこのクソ女を追い詰めてくれる。


 しかも、封鎖令が敷かれているので、王都から逃げることも出来ない。

 この女の知り合いも、すでに俺の側に付いている。

 誰も頼れない。


 さらに当然だが、各ギルドでの職業の斡旋は受けられないようにしてある。

 間男の時とは違い、俺から仕事を施錠したりはしない。

 金が無ければ食事もままならないだろう。

 奴隷でいるより過酷な生活になるはずだ。

 ゴミ箱を漁り、虫を食べ、泥水をすすり、糞に塗れて惨めに生きろ。

 クソ女にはお似合いだ。

 


「勇者様ぁ~、そんな汚い女なんて放っておいて、早く行きましょう」

「あ、ああ」


 フィーユと手を繋ぐ。

 もうクソ女の方は見ない。

 ただ呻くような泣き声だけが聞こえる。


 レストランの人に謝って店を出た。

 そろそろ夜風が冷たくなる季節だ。

 フィーユの小さな手が暖かくて気持ちいい。


 フィーユはちゃんと宿屋のオッサンの元に送り届けた。

 これ以上は恋人役をする必要がないからな。

 なぜか、2人に怒られたが……。



 その後、俺は家には帰らず、いつもの酒場に向かった。

 『円卓』のメンバーが集まっている。

 だが今日は秘密会議を開くわけではない。

 世話になった皆に報告会を兼ねた宴会だ。

 朝まで飲むぞ!!


 先にフィーユをオッサンの元に置いてきたのは、子供のフィーユを酒盛りに付き合わせるわけにはいかないからだ。

 まあ結局、乾杯のタイミングで宿屋のオッサンがフィーユを連れて現れたんだがな。

 フットワーク軽すぎだろ、この親子。

22時頃に今日はもう一つ投稿します。


 日本の場合だと、今回の話のように妻を惚れ直させてから捨てるなんて厳禁ですね。惚れ直させるために妻と仲良くしていると、そのせいで裁判所に離婚を認めてもらえなくなる可能性があるからです。離婚にはそれなりに『理由』が必要になりますからね。ちなみに、浮気は『理由』として認められます。ですが、一度きりの浮気でさらに当人が深く反省している場合は、離婚が認められないケースもあります。

 勇者様は自分の奴隷を解放しただけなので、そんな細かいことを気にする必要はありません。中々に横暴です。さすが勇者様。

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