第四話
オッサンに礼を言い、宿を出た俺は、更に情報を仕入れるために酒場へと向かった。
時刻は正午を回ったくらいだろうか。
人目を避けるように裏通りを抜け、「営業準備中」のプレートが掛かった扉をノックする。
程なくして、酒場のマスターが出てきた。
「なんだユウキか。そんな格好をしているから、誰かと思ったぞ。昼間っから酒か? 悪いがまだ準備中だ」
まあ、こんな時間に来たらそう思うよな。
だが残念ながらそうじゃない。
「情報が欲しい。マオ=トーコって知ってるか?」
「ああ、トーコ公爵んとこの長男だろ?」
「そいつだ。詳しく教えてくれ!」
「まてまて、まず話を聞かせろ。ここじゃなんだ、中に入れ」
そう言って中に招き入れられた。
椅子に座った俺は、事情――。クソ女の浮気について語った。
道具屋で話した時よりも上手く話せたと思う。
話を聴き終えたマスターは、
「あの腐れビッチ……、殺すッ!!!」
と言って駆け出した。
ってまたこのパターンかよッ!
この世界の奴らは血の気が多すぎるだろ。
慰謝料請求だけで満足する日本人を見習えよ。
まあ、日本人の俺は慰謝料だけでは満足しないんだけどな。
やっとのことでマスターを取り押さえ、改めて要件を告げる。
「そんなわけで、間男の情報が欲しいんだ。」
「わかった。だが今は表向きの情報しか手元にない。ディープな情報は夜までに集めておくから、18時以降にもう一度来い。プロの仕事を見せてやるぜ」
「ああ、わかった。頼りにしている。あと、今夜、店を貸し切って『円卓』を開きたいんだが出来るか?」
「おお、『円卓』か! 久しぶりだな! もちろん出来るぞ!」
『円卓』とかカッコつけて言っているが、ただ単に知り合いを集めて会議をするだけで、深い意味はない。
一応ルールはあるが、互の身分を気にせず自由に発言することと、外部に情報を漏らさないこと。この2つだけだ。
俺はこの会議で、復讐のアイデアを募集しようと考えている。
俺一人で考えても良いアイデアなんて出なさそうだからな。
その後、酒場で軽く昼飯を取らせてもらい、夜までの間に用事を済ませる事にした。
用事といっても、昨日行きそびれた冒険者ギルドに行ったり、『円卓』のメンバーに誘いを掛けたしするだけだ。
……。
だけだったのだが、あっという間に夜になってしまった。
声を掛けたメンバーの人数分だけ「あの女ぶっ殺す!」「落ち着け!」のやり取りがあったので、時間が掛かってしまったのだ。
まあ、その甲斐あってか、今日声を掛けた全員が参加してくれた。
ちなみに、宿屋のオッサンにも声をかけてみたら、娘さんと一緒に駆けつけてくれた。女の子の意見を聞けるのは貴重だ、有難い。
さっそく、酒場の四角いテーブルをくっつけて席に着き、ロウソクに火を灯す。『円卓』の始まりだ。
「みんな、今日は参加してくれて有難う。それでは第78回『円卓』を始める。今日の会議のお題目は【悲報。俺氏、浮気される!!】だ。」
なんかバカっぽい題目だが、毎回こんなものだ。
「まずは情報を共有しようと思う。」
マスターが用意してくれた資料が配られる。
間男の情報もかなり詳しく記載されている様だ。
えーと、なになに、顔は良いが男子校に通っていたせいか、クソ女と出会うまで女性との交際経験は皆無。性行為の経験人数は未だに1人だけ。クソ女との出会いについて詳細は不明。おそらく冒険者ギルドでの依頼時と思われる。婚約者とは、互いに数えるくらいしか顔を合わせたことがなく、手を繋いだこともない。冒険者の腕は可もなく不可もなく。貴族としては並以下で、次男の方が優秀。しかし、長男ということもあり親には甘やかされ気味である。また、ブランド好きであり、クソ女と交際しているのも『勇者の奴隷』というブランドに興味をもったからだと思われる。
他にも、身長、体重、足のサイズ、連込み宿の利用頻度、好きな体位など様々な情報が書き込まれている。
……どうやって調べたんだこんな事、と聞いたら。一足先に駆けつけた宿屋のオッサンと協力した、と言われた。
あのオッサン、実は世界中いくつもの宿泊施設オーナーをしている、世界有数の大資産家であるらしい。
そんな金持ちがなんであんな場所で連れ込み宿の宿主みたいなことをやってんだよ。
俺か?
奴隷に浮気された俺のせいなのか?
気にするのは止めよう……。
なんにしても、宿屋と酒場、この2人の情報網が恐ろしすぎる。
俺は顔が引つるのを感じつつ、さっさと本題に入ることにした。
「早速だが復讐方法についてアイデアを貰いたい。何かいい案はあるか?」
俺がそう言うと、みんな口々に叫びだした。
「殺せッ!」
「死刑だッ!」
「処刑するべきだと思います!」
「極刑以外はありえん!」
満場一致の死刑宣告。
「いや、まてまて。殺すのは止めよう」
最初は俺も殺してやりたいと思ったが、今は違う。
どちらかというと長々と苦しめてやりたい。
それに奴隷だけならまだしも、公爵家の嫡男を処刑なんて出来るのだろうか。
……無理な気がする。
「坊主は甘いッ!」
「ユウキは昔から温すぎるッ!」
「勇者様、情けは無用ですよ!」
「ユウ、それでも男か!」
次々飛び出す非難の声。
「って、なんで俺が責められてんだよ!!」
俺の苦情を無視し、ヒートアップしていく『円卓(笑)』。
「そもそも、オレは前々から、あのクソアマに坊主は勿体無いと思ってたんだよ!」
「ユウキは勇者で貴族なんだぞ、一人の女に拘ってたのが間違いなんだ。何人も囲え!」
「勇者様、うちの娘は良い子ですよ。器量も性格もいいし、浮気もしません!」
「なっ! 抜けがけはズルいぞ! ユウ、俺の妹が可愛いのは知ってるだろ、娶れ!!」
みんなそれぞれ好き勝手なことを叫んでいる。
宿屋のオッサンは既に完全に馴染んでいるな、流石だ。
道具屋のオヤジは、「暗くて資料が見づらい」と言って電気を点け、ロウソクを消してしまった。
もはやグダグダである。どうしてこうなった。
「あの、宜しいでしょうか?」
宿屋のオッサンの娘が挙手した。
名前はフィーユ。
銀髪ガーリーボブがよく似合う、小柄で可愛らしい14才の女の子だ。
ちなみに、オッサンと血は繋がってないらしい。
詳しくは聞いていないが、こんな世界だし色々と事情があるんだろう。
昼の宿屋の件で罪悪感を感じている俺は、この子に少し負い目を感じていたりする。
「フィーユ、この会議は遠慮せずに発言して良いんだぞ?」
「はい、ありがとうございます勇者様!」
そういったフィーユの青い瞳は、宿屋のオッサンと同じくらいキラキラと俺を見つめていた。
俺のファンというのは本当の様だ。
若干やりにくい。
とりあえず、話の先を促す。
「それで?」
「女奴隷を奴隷身分から解放するというのはどうでしょう」
「ん?」
それだけ?
温くないか?
そんなんじゃスッキリしないぞ、俺は。
「それが、女奴隷が最も苦しむ方法だと愚行致します」
「……ほう」
「女奴隷は、今までの経験から痛みや罵倒には強い筈です。なので、そういう責め苦に意味はありません。しかし、奴隷身分ゆえに心が老成しておらず、精神面はかなり弱い筈です。そこを突きます」
「ふむ」
つまり、精神的な嫌がらせか、実に俺好みだ。
「間男から女奴隷の心を取り返し、完全に勇者様に依存させてから、出来るだけ手酷く捨てましょう。再起不能にしてやるのです。」
「それだけで再起不能になるのか?」
「自活力のない奴隷が、勇者様に捨てられてこの王都で生きていくことはかなり困難です。更に、新聞などを使って浮気の事実を世間に知らしめれば、この王都は女奴隷にとっての地獄となるでしょう。数日で廃人です。他にもその女奴隷が一番大切にしているものを目の前で壊すなどして、更に精神的な追い打ちをかけるのも手ですね」
あのクソ女が一番大事にしてるものって何だっけ?
後で考えておこう。
「わかった、精神的に追い詰めるのは良い作戦だ。復讐の案の一つに入れておく。間男の方もアイデアはあるか?」
「はい。奴隷堕ちさせるというのはどうですか?」
それが出来たら楽しそうだが――。
「公爵家の嫡男だぞ? そんなことが出来るのか?」
「嫡男サマと言っても、実際に偉くてお金があるのは父親であるイーオ=トーコ公爵様です。親子の縁を切らせ、私財を剥奪した上で、借金まみれにしてしまえばよいのです。」
「なるほど」
奴隷にも様々な種類がある。
その中の借金奴隷にしてしまう作戦か、良いな。
人の奴隷に手を出した間男にはピッタリの末路だ。
甘やかされて育った嫡男サマに世界の苦しさを教えてやる。
俺とフィーユのやり取りを聞いていた他の面々も、「だったらこういうのは――」と、死刑以外のアイデアを出し始める。
「容易に借金が返せないように、冒険者ギルドを追放処分にしてやろう」と言って怪しく笑う者、「王都から逃げられないように、関所の出入りを禁止しよう」と息巻く者、「オークにケツを掘らせよう!」と叫ぶホモ。
「ガハハ、坊主、楽しくなってきたな!」
そう言って笑うオヤジ。
俺も釣られて笑った。
騒がしい連中だが頼もしい。
何より、俺のために怒ってくれて、駆けつけてくれて、力になってくれる事がすごく嬉しい。
もしも、ずっと一人で考えていたら、きっと狂ってしまっていただろう。
ふと、窓から空を見上げたら綺麗な星空が見えていた。
いつの間にか雨は完全に上がったみたいだ。
騒がしい会議の中、夜は更けていく。
浮気関係で良く耳にするのは「慰謝料なんか要らないから早く別れたい」という意見や、相手の言い訳を間に受けて「浮気されたのは自分も悪かったのかも」等と思い込まされたりしている意見です。そのまま慰謝料を取らずに分かれるケースも少なくありません。まさに泣き寝入りですね。それが良いか悪いかは置いておいて、その話しを聞いた第三者は存外にイライラするものです(笑)。親身になって考えてくれるからこそ、中途半端な対応にイライラするのでしょう(たぶん)。どちらにせよ、自分ひとりで結論を出してしまう前に、時には誰かに相談するのも良いかも知れませんね。
ちなみに、勇者様の頼れる知恵袋『円卓』も「ぶっ殺さない」という、仕返しが甘い勇者様にイライラしていましたね。でも、最後はちゃんと皆の意見をすり合わせた作戦になったみたいです。流石です、勇者様。