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第二話

 早朝、エスクラが起きる前に家を出た。

 帰りは遅くなると書置きをしてある。

 外は豪雨。嫌な天気だ。


 まあいい、まずは証拠集めの準備だ。

 

 証拠といっても、今回集める証拠は、裁判を有利に進めるためのものではない。

 そもそも、裁判なんて面倒なことをする気はない。

 言い逃れを防ぎ、世論を味方につけるためのものだ。

 

 この国では勇者であっても、民衆共を蔑ろには出来ない。

 確固たる証拠がなければ、『奴隷を処分した勇者は冷血人間』などの理不尽な風聞が広まってしまうかもしれないのだ。

 平和になったこの世界では人の噂というものが何よりも怖い。

 

 

 まあ、なにはともあれ必要物資の調達が先決だ。

 

 とりあえず必要なものを揃えるために道具屋へ入る。

 小汚い店だが、ここは俺が駆け出しの冒険者の頃から世話になっている店だ。

 ごちゃごちゃした店を奥へ進むと、道具屋のオヤジはカウンターに腰掛けて暇そうに新聞を読んでいた。

 筋骨隆々でスキンヘッドの風貌は、道具屋というより武器屋のオヤジという印象だ。

 

「オヤジ。ボロ着とマント、映写魔石を売ってくれ」

「おお、坊主。久しぶりだな……って、その顔はどうした。何かあったのか?」

 

 道具屋のオヤジが心配そうな顔で聞いてきた。

 

「顔?」

「ああ、ひどい顔してるぜ? 見てみろ」

 

 そう言って渡された鏡を覗き込んだ。


 ふむ。

 勇者というより殺人鬼の顔だな。

 いや、勇者は最初から殺人鬼か。

 なんにせよ、確かに酷い顔だ。

 

「どうせ朝飯も食ってねぇんだろ? 待ってろ」

 

 オヤジは店の奥に引っ込んでいったと思ったら、すぐにパンやらスープやらを抱えて戻ってきた。


「ほら、食べろ」

「悪いが、食欲がないんだ」

「食いたくねぇかもしれないが、食っとけ。体がもたんぞ」

 

 確かにそうだな。

 現代日本で育った俺は、睡眠の必要性だけじゃなくて食事の必要性も理解しているハズだった。

 冷静に行動していたつもりだったが、冷静じゃなかったのかもしれないな。

 ……冷静になれるわけないか。



 オヤジに礼を言ってから、パンを口に詰め込み、スープで流し込んだ。

 空の胃に熱いスープがじわりと広がる。

 食欲がなくても意外と食べれるもので、用意してくれた食事はあっという間に無くなった。

 腹に物が入ったおかげか、陰鬱とした気分が少しだけ良くなった気がする。

 

「今日は嬢ちゃんが一緒じゃないな。原因はそれか?」

「……ああ」

「聞いてもいいか?」

 

 俺は頷いて、クソ女が浮気をしていたことを話した。

 上手く説明できたかは分からないが、出来るだけ感情的にならないよう努力した。

 感情を抑えなければ、何かに当たり散らしてしまいそうだった。



 大人しく俺の話を聞いていたオヤジは、突然、カッと目を見開いたかと思うと、


「あのクソアマッ、ぶっ殺してやる!!!」


 と言って走り出してしまった。

 

「って、ちょっと待て、落ち着けオヤジ!」

「放せ坊主! オレがあのクソアマを殺してやる!!」

 

 慌てて止めるが、それでも外へ駆けていこうとするオヤジ。

 頭に青筋を浮かべて、鬼の形相を浮かべている。

 こんなに怒ったところを見るのは初めてだ。

 普段から顔は怖いし口は悪いが、基本的には優しいオッサンだから、ここまで激怒するとは思っていなかった。

 

「オレは、坊主が今までずっと誰のために頑張ってきたか知っている!だからこそ坊主を裏切ったあのクソアマを許せん!放せッ!!」

「頼むから落ち着いてくれ!無闇に手を出したらオヤジの人生が終わっちまう!」

 

 「殺してやる!放せ!!」「落ち着け!」そんな問答をしばらく繰り返し、ようやく怒気を収めてくれた。

 他に客がいなくて良かった。

 

 冷静になったオヤジは椅子に座り、


「取り乱して、すまん。一番つらいのは坊主なのにな……」


 と、鬼の形相から一変して、今度はションボリしてしまった。


「いや、オヤジが俺のために怒ってくれて嬉しかったよ」

「そ、そうか? ならよかったぜ」

 

 そう言ってガハハと笑った。その笑顔になんとなく救われた気がした。


「で、どうするんだ。まさか泣き寝入りするなんて言わねぇよな?」

「まさか。間男もろとも潰すに決まってる」

「ガハハ、そりゃそうか!」

「まずは証拠と情報を集めたい。その為に変装用のボロ着と証拠撮影用の映写魔石が欲しい」

「わかった」


 オヤジに用意してもらったボロ着を着て、フード付きのマントを目深に被る。

 

「似合ってるじゃねぇか!」

「ボロ着が似合っても嬉しくねーよ!!」


 オヤジとじゃれたせいか、少し心に余裕が出てきた気がする。


「そろそろ行くよ。俺がクソ共を探っていると感づかれたくない。だから、情報が漏れないように気を付けてくれ」

「ああ、わかったぜ」

 


 外に出た、小雨になってきたようだ。

 夜までには晴れるだろうか。


 今更になって気付いたが、扉に「定休日」のプレートがぶら下がっている。

 どうりで他に客がいないと思った。

オヤジには悪いことをしたな。


 それはそれとして、定休日のプレートに気づかないなんて、怒りで視野が狭くなっていたみたいだ。ここで冷静になれて良かった。

 あのままだと証拠を掴む前に何処かでミスをしていたかもしれない。

 ……やっぱり人に話を聞いてもらうのって大事だな。


 改めてオヤジに感謝しつつ、俺は次の目的地に向かった。

 もし浮気が判明したら。相手に気付かれないように裏取り調査を進めましょう。気付かれてしまっては裏取りどころではありませんし、証拠も消されてしまうかもしれません。ファンタジーな話では情報集めに宿や酒場を使いますが、日本だったら興信所(探偵のようなもの、浮気調査専門の所もあるよ)を頼るのも手です。調査費は高くつくかもしれませんが、有効な証拠があれば離婚を有利に進められるはずです。同時に弁護士さんへの相談、契約も必要になると思います。離婚や慰謝料の請求に対して、高い効果が得られるでしょう。

 勇者様もそうですが、一人で悩んでもロクな事になりません。


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