表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

第一話

 俺が家に帰ってから5時間くらい経ったころ、クソ女が帰ってきた。

 外はもう暗い。

 

「ただいま帰りました」


 いつも通り、何食わぬ顔で帰ってきやがった。

 ぶち殺してしまいたい衝動に駆られる。

 しかし、証拠も無く人を殺せば、勇者であろうと罪に問われる。

 殺したのが奴隷であってもそれは同じだ。

 こんなクソ女の為に、そんなリスクを負いたくはない。

 

 落ち着け、まずは証拠だ。

 証拠を押さえてから、間男もろとも潰してやる。

 

 その為にも、今はこのクソ女を泳がせておかなければならない。

 今はまだ、俺が浮気に気づいたことを悟られてはいけない。

 一度、深呼吸。

 湧き上がる殺意を抑え、平静を装う。


「……ああ、おかえり。夕飯はどうする?」

「ごめんなさい。友達と食べてきちゃいました」


 まあ、そう言うだろうとは思っていた。


「そうか、俺も王城で食べてきたからちょうど良かったよ」


 これはウソだ。

 飯なんか食う気にならないからウソを吐いた。

 エスクラ――、このクソ女にウソを吐いたのは初めてかもしれない。

 だが、まったく罪悪感がわいてこない。


「そうでしたか。それなら良かったです。先にお風呂を頂いてもよろしいでしょうか?」

「……ああ」


 いつも通りのやりとり。

 昨日までなら、風呂に入る順番なんて気にしてないから、好きな時に入れば良いと思っていた。

 特に気にしていなかったこのやり取りが、今はすごく不快に感じる。

 激しくイライラする。

 しかし、今はまだ、このクソ女に手を出すわけにはいかない。

 だが、少しくらい意地の悪い質問をして困らせてやりたい。


 それくらいならいいだろう。


「ところで今日は誰と出かけていたんだ?」

「……、前に市場で知り合った、女性の冒険者さんです」

 

 女性の冒険者ね。

 

「俺にも紹介してくれないか?」

「な、なぜユウキ様に紹介しないといけないのですかっ!?」

 

 動揺しすぎだろ。

 

「いや、エスクラが仲良くしてもらっているなら、俺もお礼を言わなきゃいけないと思ってさ」

「……、私がユウキ様の奴隷だって彼女には内緒にしているので、紹介するのはちょっと」

 

 ちょっと何だよ、クソが。

 

「そうか、すまん、忘れてくれ」

「……いえ」

 

 

 クソ女は軽く会釈して風呂へいった。

 俺は寝室で横になったが、眠れるような気がしない。

 だが、眠っておかなければ体力が持たないし、何より精神が持たない。

 休んでおかなければクソ女と間男を地獄に落とす前に、俺が潰れてしまう。

 しかし、目をつぶっていると、昼間の光景が蘇ってくる。

 

 俺のことを嘲笑うかのように手をつなぎ、幸せそうに宿から出てくる二人の光景。


 動悸が早くなるのを感じ、呼吸が荒くなる。

 胸が苦しい、気持ちが悪い、頭が痛い。

 最低のコンディションだ。


 だが、俺だってこの世界で安穏と生活していたわけじゃない。

 昼間は取り乱してしまったが、どんな状況だって戦ってきた。

 こんな状況、なんてこと無い。

 四肢が切り刻まれたわけでも、仲間が殺されたわけでもない。

 ただ、奴隷に裏切られただけ。

 ずっと戦ってきたんだ、乱れた心の落ち着け方くらい心得ている。

 なんてことは、ない。

 

 もう一度、深く深呼吸をして心を落ち着け、頭を空にして、眠ることに集中する。


 雨音が聞こえる。

 いつの間にか振り出したみたいだ。

 

 ……。

 

 もう少しで睡眠に落ちそうというところで、不意にベットスプリングが軋む感覚がして、目が覚めた。

 クソ女がベッドに横になったのだ。

 冷汗が吹き出し、鼓動が乱れる。


 ダブルベッドなんて買わなきゃ良かった、と本気で後悔した。

 クソ女に動揺を悟られないよう、必死に寝たふりを続ける。



 やがて、クソ女の寝息が聞こえ始めた。

 いい気なもんだな。

 俺を裏切って、どっかの知らない男に股を広げていたクソ女の癖に!!

 

 うっ――。

 ダメだ、また吐き気がしてきた。

 

 胃の中はすでに空だが、吐き気が収まらない。

 まずいっ。

 慌てて、精神鎮静魔法と睡眠導入魔法を自分に使う。


 昼間よりは冷静に対処出来ている……、かな。

 体に良くないから、出来れば精神魔法に頼りたくなかったが仕方あるまい。

 

 吐き気が収まり、動悸が落ち着いてきた。

 これで少しは眠れそうだ。

 

 明日は証拠集めからだな。

 クソ女め。精々、束の間の安眠を楽しむが良い。

 二度とベッドで眠るなんて出来なくしてやるからな。

 

 復讐のことを夢想しながら、いつの間にか俺の思考は闇の中へ溶けていった――。


 不眠症や食欲不振などは、浮気をされた側によくあるストレス症状として挙げられます。もし相手の浮気が原因で体調を崩して通院してしまった場合は、領収書や通院証明書、診断書など、通院が証明できるものを残しておきましょう。後々、治療費の請求に必要になりますし、精神的ストレスの証拠として役立ちます。慰謝料の増額も見込めるかもしれませんね。

 まあ、異世界の勇者様は自分で精神治療が出来る上に、メンタルも地味にタフなので無用の長物ですね。流石です勇者様。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ