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ラビンドール  作者: usa
番外編
9/12

別れの春






「……笑……」


 不安でいっぱいの瞳が、俺を見上げてくる。今にも涙があふれて泣き出しそうな、そんな顔。捨てられた子猫のような哀愁漂う姿に、俺は無理やり作り笑いを浮かべた。


「大丈夫だよ、笑美。なんにも心配ないって」


 高校二年生の春、俺と笑美はクラスがわかれた。






「なんでなんだよぉー! 俺と笑美は離ればなれなのに。なんで俺がBでおまえの方がC組なわけ!?」

「うるさいなぁ」

「俺がいないクラスで一人ぼっちで……。それなのになんでよりによって、笑美と同じクラスが颯太なんだよぉ~!」

「日頃の行いってやつじゃない?」

「笑美のやつ、一人ぼっちで泣いてたりとかしない!? クラスの女子にハブられたりとかしてないかな。あーもう心配! 今からでも校長に直談判して、笑美と同じクラスにしてもらった方がいいよな、な!?」


 俺の真剣な提案に、颯太はなぜか心底呆れたような顔をする。なぜだ。


 新学期がはじまってから一週間。購買に向かう道すがら、颯太のやつを見つけて一通り悪態をついてやった。それでどうにかなるわけではないが、なにかいわなきゃやってられない心境だった。


 これまでの一年間、俺と笑美はずっと仲のいい「友だち」として、いつも一緒に過ごしてきた。未だ人見知りの激しさは残る笑美だけど、俺に対してはとても心を開いてくれていた。そろそろ「ただの友だち」から一歩踏み出せれば……。そう思った矢先にこれだ。


「一体俺がなにをしたっていうんだよ……」

「さー、知らない」

「颯太。やっぱりこんなの理不尽だ! さもなくばなにかの陰謀だ。俺は断固認めないぞ!」

「笑、一度病院いこうか」


 颯太の冷たい視線を浴びながら、購買で適当にパンやおにぎりを購入する。悲しかろうが悔しかろうが、健康な男子高生なのだから腹は減るのだ。特にこの頃は、前の倍ぐらい食べる時がある。

 相変わらず男子の中じゃ小柄な俺だが、この一年でだいぶ背が伸びた。今までは笑美とほぼ同じぐらいだったけど、今はもう十センチ近くの差がある。そりゃその分、栄養が欲しくなる。


 大量の食糧を抱えながら、俺はとりあえずC組に向かう。クラスはわかれても、相変わらず昼休みと登下校は一緒にしている。さりげなくクラスの様子をうかがっていはいるものの、まだ馴染めていないのか、微妙な反応ばかりが返ってきていた。


 クラス替え直後は笑美の手前、俺も強気にいうしかなかった。だが心配なものは心配なんだ。ほかの女子にいじめられたり、仲間はずれにされたりしてないか。またクラスでヘンに孤立して、心を閉じちゃうんじゃないか、とか。余計な虫がたくさんつくんじゃないか……とか。


「ほら笑、着いたよ。俺と彼女のクラス」

「颯太ぁ」

「んな怒んなって。あ、彼女いるよ、あそこ」


 颯太が示す方を見れば、確かにそこに笑美がいた。窓際の席で、陽の光を浴びながら読書に耽っていた。だけどその手にわずかに力がこもっているように見えるのは、気のせいじゃないだろう。

 だけど俺の隣のこの男は、笑美の繊細な心をまるで理解してないらしい。むしろ感心した口ぶりだった。


「笑が思っているよりも彼女、全然平気そうじゃん。考えすぎなんだよ。ウザい男はすぐに嫌われるぞ」


 その言葉を無視して、俺は教室の中に乗り込んでいった。笑美のもとまで一直線に進み、前に立つ。


「笑美」


 一瞬、笑美はびくりと震え、次いで顔を上げた。警戒心に満ちた眼差しが、俺の目が合うなりふっと緩む。そして張りつめていた顔に、ゆっくり微笑が浮かんだ。


「笑」


 その笑顔を見て、ようやく俺もホッとする。なんだかんだで、俺は笑美よりも不安を感じていたのかもしれない。


「笑美、今日も大丈夫だった?」

「うん、平気」


 笑美はこっくりうなずいた。


「笑が時々来てくれるから、寂しくない。このクラスで頑張ってみる」

「よし!」


 俺も笑い返した。


「俺も応援するからな。あっ、でも昼休みは俺と一緒だぞ。あと放課後もな。なにかあったら俺のクラスに来いよ。別になんにもなくても来たっていいんだからな。もちろん俺もちょくちょく遊びに来るし」


 それを聞いて、笑美は再びパッと笑顔を見せた。


「うん。笑のクラス、遊びにいく」


 あー、ほんとに可愛いな、こいつ。撫でくりまわしたい。

 思わず伸びそうになる手を押しとどめながらも、これで完全に安心した。笑美も肩の力が抜けたようだし、よかった。明るくなった表情に、ほっと胸をなでおろす。


「あのさあ」


 だしぬけに声をかけられ、俺と笑美はそろってぎくりとした。振り返ると、颯太が俺の真後ろに腕組をして立っていた。


「お取込み中悪いんだけど、早く食べないと、五時限目はじまっちゃうよ」

「うわ、マジだ!」


 俺は急いで手の中のパンやおにぎりを机に置いた。空いていた笑美の前の席をお借りし、二人でそろって「いただきます」をする。笑美のお弁当は相変わらずおいしそうだ。

 他愛もないおしゃべりをしながら、二人で摂る昼食は、ほのぼのとして居心地がいい。時々笑美が甘い卵焼きを食べさせてくれたりして、それだけでほわっと嬉しくなる。


 パックジュースをストローで吸い上げていると、肩をポンと叩かれた。また颯太かと思って渋々振り向いた。何度邪魔すれば気が済むんだ、こいつは。

 だがそこにいたのは颯太じゃなかった。ていうか女子だった。こざっぱりした黒髪のショートヘアに、ぱっちりした瞳。すらりと均整の取れたスタイルは、モデルのようだった。


「笑くん、だよね」


 活発そうなその美少女は、大きな目をさらに見開いて、俺に問いかけてきた。戸惑いつつ俺はうなずいた。

 あれ、この子知り合いだっけ? いや、覚えがない。どうやらC組のようだけど。そういえば見覚えがあるような……。


 美少女は見る見るうちに笑顔になった。その無邪気な姿に、どこか既視感を覚える。


「やっぱりそうだー! 久しぶり」

「えっ?」

「やぁだ、覚えてないの? 昔は散々遊んでたじゃん。薄情者!」


 笑顔から一転、今度はぷっと頬をふくらませた。コロコロ変わるこの表情、どこかで見たような……。


「あ、れ……メグ?」

「そう、当たり!」


 ふと思いついた名を呼んでみれば、彼女は嬉しそうにブイサインをしてきた。


「思い出してくれないのかと思っちゃったよ。あんだけ仲良かったのにショックでかい!」

「わ、悪かったよ。でもほんとに久しぶりだな。中学生以来だよな?」

「そうそう、二年の時の同窓会!」


 越永(こしなが)恵夢(めぐむ)ははしゃいだ声を上げながら、ばっと俺の手を握ってきた。その強引さも、小学生時代と変わっていない。パッと見はずいぶん大人っぽくなって、だれだか全然わからなかったが、よくよく見れば面影がある。


 そういえば同じ高校だって、前に噂で聞いた。まさかこんな美人になってると思っていなかったから、完全に油断していた。クラスも違うし、俺は笑美に夢中だったから、すっかり忘れていた。


 ふと笑美を見ると、突然知らない人に乱入され、固まっていた。俺は笑美が不安にならないよう、優しく声をかける。


「笑美、こいつは俺の小学校の同級生で……」


 その時、昼休み終了を知らせるチャイムが鳴った。俺はゲッと声を漏らす。


「次理科室だ! やべ、急がないと。ごめん笑美。また放課後来るから」

「う、うん」


 笑美はまだ困惑したような顔だったが、手を小さく振ってくれる。俺は笑って振り返した。


「んじゃ、メグもまたな」

「急ぐと転ぶよー、笑くん」

「転ばねえよ――うわっ!?」


 いってるそばから、ツルツルの廊下に足がもつれた。メグを含めた数人の生徒が笑っている。俺は笑美がどんな顔をしているか知りたくなくて、慌てて立ち上がって走り出した。

 でもこの時、振り返ればよかった。そうすれば俺も気づいたのに。笑美が俺とメグのことを、寂し気に見つめていたことを。





 そして待ちに待った放課後、俺は担任の話が終わるなり教室を飛び出した。向かうのはもちろん、隣のC組。そちらもちょうどホームルームが終わったところらしく、わらわらと生徒たちが出てきていた。

 俺ははやる思いで人混みをかきわけ、無理やり室内に入った。


 笑美は自分の席に座ったまま、俺を待っていた。ぼんやり窓を見つめていたが、そこに俺が映っているのに気づいたらしい。くるっと振り返り、嬉しそうに頬を緩めた。俺自身もそれを見てうれしくなる。


「笑美、お待たせ」


 笑美は首を振ると、自分もカバンを持って立ち上がった。


「今日はまっすぐ帰るの?」


 一年生の時、俺は笑美と仲良くなる口実に、スイーツ店巡りをしていた。最初はいやいやだった笑美も次第に態度が軟化し、今ではこうして自分から聞いてくる。俺としては、笑美の方からおねだりしてくれたっていいんだけどね。


「どうしよっか。笑美がこの前おいしいっていってたワッフルの店、もう一度いく?」


 実は甘いものが好きな笑美は、こくこくうなずいた。


「うん、いく」

「んじゃ決まり。いこっか」


 いつもの流れで自然と笑美に手を差し伸べる。笑美は気恥ずかしそうにはにかんで、それでもしっかり手を握り返してくれる。


「あっ、笑くん」


 ほわほわした幸せ気分に浸っていたところへ突然声をかけられ、肩がビクッと跳ねた。思わず笑みの手を放してしまう。

 驚いた様子の笑美にフォローもできないまま、俺は振り向いた。


「な、なんだ、メグか。脅かすなよ」

「えへへー」


 メグはくりくりの目をいたずらっぽく輝かせた。


「だってさぁ、教室の中であからさまにいちゃラブってんだもん。少しぐらい邪魔したくなるっしょ」


 それからメグは、俺のうしろに隠れるようにして立っていた笑美に目を向けた。


「その子、笑くんの彼女だったんだ。高島さんだよね? 私、越永恵夢。笑くんの幼馴染みなんだ。メグって呼んでね。あっ、私も下の名前で呼んでいい? 笑美ちゃんだったよね。あ、ちゃん付けウザいタイプ? 笑美の方がやっぱりいいかなー」


 相手に突っ込む間を与えないその話し方すら懐かしい。だけど、人見知りの激しい笑美には、ちょっとばかしレベルが高すぎる。


 案の定、笑美は俺の制服の裾をつかんで、ふるふるしていた。どうしたらいいかわからず怯えるさまは、ぶっちゃけめちゃくちゃ可愛い。でもこの全力の助けてオーラを無視するわけにはいかない。


 俺は代わってメグに答えた。


「違うよ。笑美は友だち。ちょっと人見知りが人よりも激しいんだ。グイグイいくと怖がるから、加減してやってよ」

「そうなの? 高島さんてクールな一匹狼タイプだと思ってた。へえ、意外!」


 メグは興味津々に笑美を見つめている。笑美の手がますます強く、俺の制服を握ってきた。ワイシャツがしわしわになってるな、こりゃ。


 笑美がうつむいたまま視線を合わせようとしないのに、メグの方は気にした風でもなく、じぃっと観察している。


「ねえ、高島さん」


 その唇から、とんでもない提案がなされる。


「まだこのクラスで友だちがいないならさ、私とならない?」

「……え?」


 笑美がわずかに声を発した。メグとは対照的なキリッとした瞳が、少し丸くなっている。

 メグはにっこりとした。


「だって高島さん。今日もずっと一人だったし。それに笑くんと友だちなんでしょ? だったら幼馴染みの私とも仲良くしようよ」


 むちゃくちゃな言い分だったが、メグは名案だといわんばかりのドヤ顔だ。俺はメグの肘をつついた。


「おい、だからあんまりグイグイいくなって」

「そんなことをいっていいのかな?」


 メグは俺に向かって、不敵な笑みを浮かべてきた。耳元で俺にしか聞こえないようささやいてくる。


「あんまり口うるさいこというと、彼女に笑くんの恥ずかしーい過去を話しちゃうよ?」

「う……」

「なにがいいかなー。プールで水着を忘れて、パンツ一丁で参加しようとした話? クラスで飼ってた金魚に、給食の残りの野菜炒めをあげようとした話? それとも卒業式の時、全然違う子の名前で卒業証書を――」

「すいませんごめんなさいマジで勘弁してください謝りますんで」


 早口にいうと、メグはますますにんまりした。


「それに高島さんって、女のことの友だちがいないんでしょ? それだといつまでも笑くんのこと、異性として意識してくれないかもよ。いいのかなー。一生「ただのお友だち」ポジのままで」


 痛いところを突かれ、ぐっと言葉に詰まる。さらに悪魔のささやきは続いた。


「女の子と仲良くすれば、高島さんも笑くんがただのお友だちじゃないって気づくかもよ? ほらどうだ。私と彼女が友だちになれば、笑くんもハッピーになれるかもー……」


 俺は呻いた。そしてついに、ガクッと肩を落とした。


「んじゃー、今日は一緒に帰ろーか……」

「よっしゃ、勝った!」


 メグがガッツポーズをした。


 俺は笑美を見た。まだ困惑したまま……かと思いきや、違った。

 笑美ははっきりと、傷ついた表情をしていた。俺の前ではだいぶいろいろな感情を出してくれるようになった笑美だが、ここまで露骨に出てくるのは珍しい。


「笑美?」


 思わず呼びかける。だけど笑美はただ機械のようにぎこちない動きでカバンを肩にかけ、無機質な声で告げた。


「じゃあ、私帰る」

「えっ? ちょっ笑美!?」


 わけがわからずに再び名前を呼んでも、笑美は返事をしなかった。そのまま振り向きもせずに、教室を飛び出していった。


「笑美っ!」


 慌てて追いかけようとしたが、その前にぐっと肩をつかまれた。メグが意外にも強い力で、俺を引き留めていた。メグはなんでか、やらかしたという表情をしていた。


「待って、笑くん」

「ま、待てるかよ。笑美があんなにショックを受けた顔をするなんて、よっぽどのことがあるんだ。すぐにいって傍にいてやらないと」

「だから」


 メグがじれったそうにいった。


「そのショックの理由もわからないまま笑くんがいっても、余計に高島さんが傷つくって」

「じゃあどうしろっていうんだよ!?」

「私がいく」


 メグはきっぱりといった。


「こういうのは当事者の女同士で話し合うのが一番いいの。男が介入するとますますややこしくなるんだから」

「はあ? なんだよ、当事者同士って」

「ほら、そこを理解してない時点で、笑くんが追いかけても無駄。わかったらどいて」


 いうが早いか、メグは俺の肩を乱暴に離した。当然、俺はバランスを崩してよろける。その一瞬の間に、メグはダッと走り出していた。昔からあいつは足が速かったっけ。


 取り残された俺はどうすることもできず、がらんとなった教室で、バカみたいに突っ立っていた。






次回は超久々のヒロイン視点となります。

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