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ラビンドール  作者: usa
番外編
6/12

予期せぬご挨拶 前編

※注

 この先糖度がやや高めな描写有!

 苦手な方、お気を付けください





 いつの日かきっと、こういう時が訪れるだろうとは思っていた。ただそれは、俺にとってはまだ数年後の話であり、もっとちゃんとした身なりで、しっかりと準備をしてからのものと考えていた。まさか、ずぶぬれの服で、大事な娘さんに自分のブレザーを着せて、雨のせいで震えながらの「ご挨拶」になるなんて、みじんも思っちゃいなかった。


 事の発端は、下校中にいきなり降り出した大雨だった。降水確率十パーセントの中、傘も持たずに自転車通学の俺と、カバンの中身が本だらけで、傘を入れる余裕がない電車通学の笑美。明日が土曜日ということもあって、今日は俺も自転車を駅に置き、二人でちょこっと寄り道していく予定だった。隣駅の有名なケーキ屋にいくつもりだったのだ。

 まさかこんなに急に降ってくるとは思わなくて、二人してあっという間に全身ずぶ濡れ。あわてて寄り道を中断し、駅に逆戻り。二人して濡れた身体を震わせて、どうしようなんて、途方に暮れていた。


 おまけに笑美ときたら、衣替えをしてからセーターもベストもブレザーも着ていない。つまり……透けてしまっているのだ。そのう、可愛らしい水玉模様の、あれが。


 本人は気づいていないのか、ただ濡れて張りついた艶めかしい髪を、うっとうしそうにかきあげている。ああ、なんか無性にいろいろかきたてられる……。

 これ以上見ていると別の意味で耐えられなくなりそうで、俺は急いでカバンの中に手を突っ込んだ。


「笑美、これ着てて」


 取りだしたのは、いつも念のために持ち歩いているブレザー。もちろん笑美には大きいし着づらいだろうけど、俺の目に毒になる要素が多すぎるので。


 笑美は一瞬きょとんとして、俺の顔とブレザーを交互に見つめる。それから、迷ったように俺の腕を突き返した。


「ダメ。笑が着て。カゼひいちゃう」

「笑美だって濡れてるじゃん。俺よりも笑美の方が大事」

「私は笑の方が大事。笑が風邪ひくの嫌」

「だから俺はだいじょ――っくしゅん!」


 いきなり鼻がむずむずとして、くしゃみが飛び出す。笑美がいわんこっちゃない、みたいな目をした。


「笑、着て。私家近いから」

「いや、本当にダメだって。そんなカッコで笑美を帰すわけにいかないし」


 だってこのままだと、いろんな人の目に笑美の色っぽい姿がさらされちゃうじゃん。


 笑美はいまいちピンとこない、というように首をかしげた。


「どんなカッコ?」

「だから……ああっ、自分でもちょっとは気にしろよ! さっきから、その……俺にもばっちり見えてるから!」

「え? ……あ」


 あ、って……。リアクション薄っ! それが年頃の乙女の反応か、笑美! もっとあの国民的アニメの少女みたいに「きゃー、の○太さんのエッチ!」みたいな反応示せよ。俺がただの変態みたいじゃん。こっちが調子狂う!


 笑美は一瞬ぽかんとしてたけれど、見る見るうちに赤くなって、ばっと両腕で胸を隠した。あ、赤面レア、かわいい。じゃないっ。


 俺は再度、笑美にブレザーを突き出した。


「だからほら、着ろって。見えちゃったのは……悪い」

「……ん」


 今度は素直に受け取ると、笑美はそろそろブレザーに腕を通した。やっぱり俺のサイズじゃデカすぎて、袖がぶかぶかだった。


「大きい」

「そりゃ俺のだもん」

「でも笑、男子の中じゃ小さいのに」

「いうな、それを。気にしてるんだから」


 確かに俺は、男子の中じゃ小柄だけどさ……。でも、女の子の笑美よりは体格もいいし、制服だって多少は大きいですよ。むしろぴったり合ってしまったら、その方が悲しいし。


 笑美はしばらくの間、サイズの合わないブレザーの中でもぞもぞとしていた。


「笑の匂いがする」

「えっ、なんか臭かった? ずっと入れっぱだったし……。ごめん」

「ううん、違う」


 笑美はブレザーの袖で、自分の頬を包み込んで、ふにゃりと笑った。


「私好き。この匂い」


 どストレートなセリフに、胸を射ぬかれてしまった。最近確かに、巷じゃ彼氏が彼女に自分のシャツを着せるのがはやりだとは聞いたが、その気持ちがよくわかる! 彼シャツ発明した人、天才!! 彼シャツバンザイ!!

 っていうか、今ふにゃって、ふにゃって! はじめて見たその顔。かわいすぎる!


 一人悶えていると、笑美が自分もカバンをごそごそとあさりだした。


「笑、髪濡れてる」

「え、ああ……。すぐ乾くよ、こんなの」

「しゃがんで」


 いわれるがままにかがむと、ふわっと花のような香りが鼻腔をかすめる。笑美が俺を正面から包むようにして、自分のハンカチで俺の髪を拭いてくれていた。


「い、いいよ、笑美。ハンカチ汚れちゃうだろ」

「いいの。ブレザーのお礼」


 お礼っていわれても……。俺は最初のちらりで、かなり大満足なんですが。あ、ヤバい、今の変態っぽい。


 されるがままに髪をなでられること数分、笑美はようやく離れた。


「あんまりかわかない……」

「そりゃハンカチだし、難しいでしょ」

「ごめんなさい」

「いやっ、笑美は悪くないから」


 しょぼくれる笑美の頭に、ヘタッと倒れる猫の耳が見えた気がして、俺はあわてて頭を振った。


「それに髪なら、笑美の方が濡れてるし。笑美こそちゃんと拭かなくちゃ」

「すぐに家着くから、家で拭く」

「そうはいっても……。笑美、ここから走って帰るつもり?」


 学校の最寄からひとつ隣のこの駅は、一応笑美の家の近所らしい。だけど、この大雨の中、傘もささずに女の子一人が全力疾走だなんて……。

 笑美は困ったように眉をよせてから、俺を見あげてきた。


「笑は、どうするの?」

「俺? 俺は……。自転車もあるし、とりあえずまた戻って、チャリ全力漕ぎかな」

「……じゃあ」


 笑美はほんの少し目を伏せて、小さな声でいった。


「うち、来る?」

「……へ」

「少し雨弱くなってきたし、今ならそんなに濡れない。雨やむまで、うちで服とか乾かせばいい」


 意外に真剣に提案されて、俺は迷った。これは……期待していいのかな。女の子が男を自分の家に誘うとか、めったにないおいしいシチュエーションだし。いや、でも待て。ついこの間、俺は笑美に「一生一番のお友だち」宣言を受けたばかりだ。つまり笑美の中で俺は、異性としての意識はまだ芽生えていないかもしれないわけであって……。


 葛藤する俺に、笑美は軽く袖を引っぱって上目づかいに一言。


「ダメ?」


 いきます!























 前ふり長かったが、ここで冒頭へ戻る。


 そういうわけで俺は今、笑美の自宅の前にいた。小降りになってきたとはいえ、駅からここまで歩いてまた全身ずぶ濡れになった状態で。おまけに俺はだらしないワイシャツ一枚の姿。ネクタイは夏なのではずしている。笑美は透けた下着を、俺のぶかぶかブレザーでなんとか隠している。

 どうしよう。勢いで思わず来てしまったが、これ親御さんに見られたら、結構マズいんじゃね!? だって俺と笑美は、ただのクラスメイトであって友だちなわけで、交際しているわけじゃないし。その俺がちゃっかり自宅に上がり込んで、恥ずかしい姿になった娘さんに自分の服着せて。なんか俺変態っぽい(これをいうのは今日で三度目である)!


 俺を尻目に、笑美はごく普通の一軒家の玄関をくぐった。ドアを開けてから、俺の方を振りかえる。


「どうぞ」

「お、お邪魔、しまーす」

「ただいま」


 ドアの開閉の音に気づいたのだろう。奥からパタパタと足音がした。


「笑美ちゃーん、帰ったの? 雨だいじょぶだったぁ~?」


 ひょこっと顔をのぞかせたのは、笑美とよく似たやや柔和な顔立ちの女性。ハリのある若々しい肌と年季の入ったエプロンが実に対称的だった。

 えっと、この人は……。


「笑美の、お母さん? おねえさんじゃなくて……?」

「んまっ!」


 笑美のお母さんは俺を見るなり、指先をそろえて口元にあてた。


「やだっ、男の子!? 笑美ったら、いつの間に彼氏を……!」

「違う、ママ。友だち」

「やぁん、照れちゃって! しかもお世辞がうまいのねえ。おねえさんだなんて、うふっ」


 年齢不詳の美魔女とでもいうべきか。でもリアクションが若干うちの母親と同じ。間違いなく笑美のお母さんなんだろう。


 俺は姿勢をビシッと正すと、遅ればせながら挨拶をした。


「は、はじめまして。笑美さんのクラスメイトの、脇田笑っていいます」

「あら、しっかりしてること。初めまして、笑美の母の美喜子です」


 美喜子さんはそういって、若々しい笑顔を浮かべる。


「もう、来るんなら来るっていってちょうだいよぉ。お菓子ぐらい買っておいてあげるのに。あらっ、二人ともずぶ濡れよ。今タオル持ってくるからあがって」


 そうまくしたてるようにいうと、美喜子さんは鼻歌を歌いながら去っていく。なんか……いろいろすごい人だ。


 笑美がため息をついた。


「ごめん。うちのママ、かわってるから」

「い、いや、大丈夫……」


 かなりビビってはいるけど。


 笑美の案内で、俺はリビングに通された。そこに美喜子さんが戻ってきて、俺と笑美にひとつずつタオルを渡してくれる。


「連絡くれたら迎えにいったのに、笑美ちゃんってば。あーあ、ブレザーまで借りちゃって」

「洗って返すもん」

「当たり前です。笑くんは大丈夫? シャツ一枚で寒かったでしょう」


 俺は首を振った。


「いや、俺は平気です。もともとそのブレザーも、もしものために持って歩いてるだけなんで」

「そうなの? ああ、でもしっかり身体は拭いてね。今ミルクあっためてるから。ココア好き?」

「大好きです」

「あら、かわいい。じゃあちょっと待っててね」


 美喜子さんは上機嫌にいうと、対面式キッチンで湯気をたてていた小鍋に向かった。そこからだんだんと、甘い香りが漂ってくる。


 薄いシャツ一枚だから、服はすぐに乾いた。笑美は「髪を乾かしてくる」といって、一人自分の部屋に戻った。俺はリビングのソファに取り残された。


 美喜子さんがココアをかき混ぜながら、俺に話しかけてきた。


「ねえ笑くん。あの子は学校でどんな感じなの?」

「笑美……さんですか?」

「ええ。親としては心配なのよね。なにしろあの子、かなりおとなしいから」


 美喜子さんはいいながら、ちょっと寂しそうに笑った。


「なかなか私たちにも、辛いことを辛いっていってくれないのよ。だから知らないうちに、苦しい思いをしてるんじゃないかと思うと、なんだか歯がゆくてね。どうにかしてあげたいのに、あの子がそれを許しちゃくれないんだもの」


 その話から、笑美の小学校の時のことをいってるんだと想像ができた。唯一の親友だと思っていた子に裏切られて、感情を失ってしまった一人娘のことを、ご両親はどんな思いで見守っていたんだろう。


「……笑美は、最近は楽しそうに学校に来てると思います」


 建前じゃなく、本音のつもりだ。


「俺が彼女と仲良くなったのは、ここ数ヶ月なんですけど、最近じゃほかのクラスメイトもよく話しかけてくれるようになったみたいで。女子の中でも、笑美と仲よくしてくれる子が何人かできたんですよ。体育の時とか、よく一緒にいるんです。笑美、前よりずっと楽しそうな顔してますよ」

「……そっか」


 美喜子さんは微笑んだ。


「あの子、高校に入学してからちょっと雰囲気かわったと思ってたけど、まさか彼氏ができてたとはねえ」

「えっ、あっ、いや俺はただの友だちで!」

「ふふ、冗談よ。でもきみは、友だちで終わるつもりはない。違う?」


 鋭い。いや、もしかして俺がわかりやすいのか?

 美喜子さんからの指摘に、俺はぐっと言葉に詰まる。


「俺は……その……」

「安心して。私は娘の恋路を邪魔しようなんて、これっぽっちも思ってないから! むしろ、笑くんみたいな子と一緒になってくれたら、親としては安心かな」

「えっ!?」

「なんてね」


 そういって美喜子さんは、俺にできたてのココアをさしだしてくれた。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 入れたて熱々のココアを息を吹きかけ覚ましていると、笑美が戻ってきた。今まさにしていた会話のせいか、顔を見る前に心臓が跳ね上がった。


 髪をいつもと同じようにまっすぐにおろした笑美は、私服に着替えていた。黄色のボーダーのTシャツにショートパンツ。パンツからすらっと伸びる白い足が眩しい。

 美喜子さんが小さく「もっと色っぽい方が……」とつぶやいた気がした。だが、笑美には聞こえなかったようだ。自分も「ココアほしい」とねだると、俺の隣に座ってきた。


 二人で並んでソファに腰かけ、あたたかくて甘いココアをすする。なんか、ふしぎな気分だ。思えば私服の笑美ってはじめて見る。あー……かわいいなぁ。

 猫舌な笑美は、ココアを何度もふーふーってしてから、慎重に一口飲む。それでもやっぱり熱いのか、肩をピクッと震わせて、短く舌をチロッとだす。

 そのしぐさがかわいくて、俺は思わず吹き出してしまう。すると笑美は気に入らなかったのか、むっとして俺の方をにらんだ。


「なにがおかしいの?」

「ん? 別に」

「私見て笑った。なにがヘン?」

「ヘンじゃないよ」


 かわいかっただけで。


 俺の返事が納得できなかったのか、笑美はますますムスッとした。


「笑、私のこと笑った」

「笑ってないって」

「声聞こえた。絶対」

「気のせいだよ」


 むきになってくる笑美がかわいくて、俺はからかうようにごまかした。時々笑美は、びっくりするぐらい子どもっぽくなる。たぶん、今は家にいるせいもあるんだと思う。


 するとキッチンから、美喜子さんの歌うような声が聞こえてきた。


「あーらまあまあ。ラブラブでいいわね、お二人さん」

「ママ、うるさい」

「笑くーん、ココアのおかわりいる?」


 小鍋を軽く持ち上げながら聞かれ、俺は迷わずうなずいた。美喜子さんの作ってくれたココアは、最高においしかった。


 美喜子さんがマグカップにココアを追加して注いでくれる。なみなみと淵まで入れてくれたところで、鍋は空になった。


「ありがとうございます」

「いいえー。ごゆっくりぃ」


 美喜子さんは満足そうにニコニコしながら、俺たちの様子を見ている。すると笑美が、居心地悪そうに美喜子さんにいった。


「ママ、あっちいってて」

「あら、お邪魔だったかしら?」

「いいから」


 いつになく笑美の表情が険しい。美喜子さんは肩をすくめると、「じゃ、あとは若いお二人で」と言い残して、リビングから出ていった。


 二人きりになった途端、急にそわそわしてきた。だって俺は今、好きな女の子の家に来ていて、その子と二人っきりで、並んで座っているわけで……。


 とんっ。ふいに、肩に重みがかかる。なにかと思って見てみると、笑美が俺の肩に自分の頭を乗っけていた。えっ、なにこれかわいい。

 どぎまぎしながら、俺は笑美に声をかけた。


「笑美、どしたの?」

「……笑」


 笑美は俺にすりよったまま、上目づかいにこちらを見つめてきた。


「ママのこと、好き?」

「へっ? そりゃ、まあ」


 笑美のママだし、もちろん無条件に大好きですが。


 すると笑美は、ほんの少し顔をゆがめた。


「好きになっちゃ、いや」

「……え」

「他の人好きになっちゃ、ダメ」


 えーと、それは……うぬぼれても、イイデスカ?


 今にも泣きだしそうな顔でいわれ、心臓がドキドキと早鐘を打つ。ここが笑美の家だということも、どこか近くに美喜子さんがいるんだろうということも忘れ、俺は笑美の肩をつかんだ。


「好きになんないよ。俺、笑美のことが――」




「ただいま」



 ――好きなんだから。


 絶妙なタイミングで、リビングのドアが開いた。そこから入ってきたのは、中年のややおなかの出た、メガネをかけたおじさん。その人は俺と笑美を見て、固まったように見えた。


 えっと、この人は……だれ?


 俺の疑問は一瞬にして氷解した。


「おかえり、パパ」


 パパ!?


 ……そして一瞬にして、俺は状況を痛いほど理解した。




リクエストのあったご挨拶編です。

長かったので前後にまとめました。

後編も今日中にアップする予定ですので、こうご期待(*'ω')ノ




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