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ラビンドール  作者: usa
番外編
11/12

終わりの冬

ヒーロー笑ちゃん視点です。





 バンッ!


「笑美……っ!」


 息せき切った状態で教室を見渡せば、隅の席にその姿があった。


 高校三年生の冬。またしてもクラスが離れた俺と笑美。でもこうして休み時間は、互いの教室を行き来しあっている。お昼休みは必ず二人で弁当を食べている。放課後だって、いつも一緒だ。

 なのに……。


「笑美」


 俺は本に視線を落としたままの彼女に近づいた。周りの生徒がなにごとかとこちらを見ているが、かまうものか。


「なんで、黙ってたの? 県外の大学にいくって」


 笑美の本を持つ手が、わずかにピクリと動いた。


 ついさっき、進路指導室で進路担当の先生から聞いた。笑美が、実家からだいぶ離れた大学に、推薦合格したと。ほかに受験をする予定もなく、そこへ進学するのは確実らしい。

 俺と笑美が仲がいいのを知っていた先生は、俺が驚いたことに驚いていた。もう合格通知も届いてたっていうのに、聞いてないのか? おまえら、てっきり付きあってると思ってたのに、と。


 出会った時から二年以上が経ち、俺たちの友だち以上恋人未満な関係は相変わらず続いていた。去年の俺の告白(未遂)にも、笑美はまったく触れてこない。そのうえ今度はこれだ。


 本を読むのはやめたようだけど、笑美の顔はずっとうつむいたままだった。俺は前に回り込み、笑美の机をバンと叩いた。笑美の肩がわずかに跳ねる。


「笑美! ちゃんと答えろよ!」


 だけど、笑美は黙ったままだった。唇をかみしめて、てこでも口を開くまいとしているように見えた。


 なんで、なんでなんだよ。俺たち、ずっと一番の友だちだったのに。そんな大事なことをなんで黙ってたんだよ? そんな大学にいったら、笑美とはもうこうして会えなくなっちゃうじゃないか。だってあんな大学、笑美の実家から通えるはずがない。電車で二時間以上もかかるんだ。

 そこへの進学はおのずと、笑美がこの街を去っていくことを示していた。ご両親からも、せっかくできた友だちからも、俺からも……離れて。


「笑美、なんで教えてくんなかったのさ。周りのやつらは知ってたのに、なんで俺にだけ……」


 友だちの颯太もメグも、当たり前のように知っていた。俺だけが、なにも知らずにいたんだ。


 笑美が突然、ガタンと音を立てて立ち上がった。話してくれる気になったのかと思ったが、違った。笑美は相変わらず俺を見ようともしないままつぶやいた。


「笑に話さなきゃいけない理由なんて、ない」


 そしてそのまま、教室から出ていった。







 その日の放課後、俺は再び進路指導室にいた。今日はあれから笑美に会っていない。教室をのぞいても、空席になっていた。クラスの子に聞くと、休み時間になると、なにかから逃げるように出ていってしまうらしい。昼休みもどこにもおらず、久々に一人でパンをかじった。


 さすがに帰り道だけはと思って教室を飛び出したら、進路指導の先生につかまった。あれよあれよの間に連れ込まれ、目の前には求人のファイルがどさっと積まれている。

 進路担当の多田先生は、俺の向かいに腰掛けながらいった。


「脇田。もう三年の冬だぞ? もう卒業も目の前だっていうのに、これからどうするつもりなんだ?」

「えーと……」

「就職するって決めたのだけは早かったのに、その先はまったく進んでない。周りのやつらはどんどん内定もらったり、受験合格したりしているのに。おまえ、危機感はないのか?」

「いや、あります。危機感だけはあります」


 それは本当のことだ。ずっと進学することは考えていなかったから、就職は当然の選択だった。だけどいざ求人票を見ても、これといった希望先が見つからない。こうして毎日のようにこの部屋で同じファイルを眺めているけど、中身が劇的に変わっているはずもなく。


 俺が気乗りしない調子でファイルをめくっていたからか、多田先生はため息をついた。


「高島はあんなにすぐに推薦を決めたっていうのに。おまえときたら……」


 笑美のことをいわれて、胸がずきんとした。どうして……本当にどうして、笑美は俺に話してくれなかったんだろう。そんな大事なことを。


「おまえら仲いいんだから、そういうところ見習えよなー」


 一番仲のいい友だちだったはずなのに。


「まあでも、高島とおまえってタイプがまったく違うしなぁ。なんでおまえらが仲良くしていたのか、俺はずっと不思議だったもんだ」


 ずっと一緒だったはずなのに。


「しかし、高島にしては思い切った決断をしたな。きっと卒業したら一人暮らしだろう? おまえも友だちなら、助けになってやれよ」


『笑はいつまでも、一番の友だち』


 いつだったかいわれた笑美の言葉を思い返す。あの言葉は今でも有効なんだろうか? 俺は今でも、笑美の一番の友だちなのか。

 自信が――ない。


「脇田? どうした、顔色悪いぞ」

「……せんせぇ」


 ろくに見れなかった求人のファイルを閉じて、俺はのっそりと立ち上がった。


「気分悪いから帰る。また明日来るから」

「お、おお、そうか。わかった。お大事にな」

「ん」


 カバンをつかんで肩に引っかけ、重い足を引きずるようにして進路指導室を出た。校舎はもう暗くなっていて、人気はない。


 一人で帰るのって、久しぶりだなぁ。トボトボと歩きだしてからふと気づいた。よっぽどの事情がない限り、俺は笑美と一緒に帰っていたし、そうでない時も、颯太やメグが一緒だった。いつも俺のまわりはにぎやかで、人が絶えなくて。なのに今は、信じられないぐらい一人ぼっちだった。


 電気の消えた廊下を進み、下駄箱に出た。入学当時はやや高めに感じた一番上の下駄箱は、今ではほとんど目の前だった。そこから自分の靴を取り出して、乱暴に地面に放った。


 靴を履き替えて外に出た瞬間、冷たい風がぴゅうっと吹いてきた。コートを持ってなかった俺は、思わず首を縮めた。もうすぐ春とはいえ、気候はまだまだ冬だった。

 マフラーぐらい持ってくればよかったなぁ。そう思いながら校門をくぐった。その時だった。


「おい、無視すんなよ」

「あ」


 校門のすぐ脇に、颯太が寄りかかって立っていた。グレーのダッフルコートを着て暖かそうだ。


「颯太。俺を待ってたの?」


 颯太は不機嫌も露わにいった。


「なんだよ、この寒空の中待ってやったのに、陰気臭い顔しやがって」

「いや、だって待ってるなんて知らなかったし……」

「スマホ見ろよ。ちゃんとライン送ったぞ」

「え、あ、ほんとだ」


 スマホを取りだせば、颯太から「校門で待ってる」とちゃんとメッセージが来ていた。


「ご、ごめん颯太。多田先生につかまっててさ」

「だろうと思ってたけどさ。まだ希望見つからないわけ?」

「……まあ」


 颯太は呆れたような目で俺を見ていた。ちなみに颯太は理学療法士を目指しているらしく、すでに専門学校への進学が決まっている。


「おまえさぁ、将来のことほんとにちゃんと考えてるの?」

「か、考えてます」

「じゃあなんでさっさと決めないんだよ?」


 俺だってできることなら早く決めたい。でもこの選択が一生を左右するのかと思うと、踏み切るのが怖いとも思う。

 颯太の厳しい意見が耳に痛くて、俺は話題をそらした。


「ていうか、なんの用だったんだよ? わざわざ俺を待ってるなんて」

「ああ」


 並んで歩きだしながら颯太はいった。


「高島さんのことだけど」

「……うん」

「おまえら、なんかあった?」


 そうじゃないかと思ってたけど、相変わらずストレートなやつだ。


「なんかメグちゃんから、笑が高島さんを怒鳴りつけて、それで高島さんが泣きながら出てったってメール来てたから」

「た、確かに少し大声は出したけど、泣かせてはいないよ」


 笑美は辛そうな顔はしていたかもしれないが、泣いてなかったことは確かだった。

 颯太は怪訝な顔をした。


「珍しいな。笑が高島さんに怒鳴るなんて」

「だって……。笑美が俺にだけ、進学先教えてくれなかったから」


 今まで聞かなかったわけじゃない。だけど聞いても答えをはぐらかされてきたし、俺は俺のことでいっぱいいっぱいだった。だからあんなふうに他人から聞かされて、すごく驚いた。


「颯太もメグも知ってるのに、どうして俺だけ……」

「まあ、俺はメグちゃんのついでに教えてもらっただけだけどね」

「でもっ、俺には一言もなかった……!」


 八つ当たりするように颯太にも怒鳴りつけて、俺は頭を抱えた。


「なんでなんだよ……」

「さあな」


 颯太はやっぱり無表情だった。


「けど高島さんには高島さんなりの理由があったんじゃないの?」

「理由って?」

「俺が知るわけないじゃん。高島さんのことを一番よく知ってるのはおまえだろ」


 そうだ。だって俺は、笑美の一番なんだから。笑美自身がそういったんだ。ずっと俺が、一番だって。

 でも。


「本当にそうだったのかな」

「笑?」

「こんなに大事なことも教えてもらえないやつが、本当に笑美の一番だったのかな。今でも笑美を友だちだと思ってたのは、実は俺だけなんじゃないかなって……」


 クラスが離れてから笑美は頑張った。俺以外の人とも話すようになって、少しずつだけど笑顔を見せるようになった。それに俺はやきもちをじりじりと焼きつつ、ずっと見守ってきた。笑美が俺以外の人と仲良くなるのはいいことだ。それに自分から輪に入ろうとする笑美は、とても偉いと思う。俺は笑美の友だちとして、応援しなくちゃならない。そう思って、胸に沸く寂しさをこらえて、笑美の背中を押し続けた。

 努力の甲斐あって、笑美は今では一人でいることは少なくなった。女子の中で一番仲良しはメグだけど、ほかの子と話をしている姿もちょくちょく見かけた。同性の親友ができて、笑美はとてもうれしそうだった。それこそ、俺なんていらないんじゃないかって思うぐらいに。


「俺はもう、笑美の友だちじゃないのかな」


 俺に話す理由はないって、さっきそういった。つまりそういうことだろ? 俺には大事なことを話す必要はないって意味だろ? 俺のことは大事じゃないってことなんだろ?


「俺にはなんともいえないけど」


 颯太は静かにいった。その声を聞くと、自然と逆立っていた心の傷が凪いでいく気がした。


「おまえより付き合いは短いけどさ。俺は俺なりに高島さんを見てきた。だからこれだけはいえる」


 ふっと颯太がこちらを見てきた。そしてわずかに――本当にわずかにだが、頬を緩めて口角を上げた。


「高島さんは今でも、笑の友だちだと思うよ。だから高島さんが笑に話さなかったのには、理由があるんだよ……いわなかったんじゃない、いえなかったんだ。俺はそう思う」

「颯太……」


 思わず俺はガシッと颯太の手を握った。


「おまえ、男相手でもちゃんと笑うことができるんだな! なんか貴重なもん見れた」

「は? 当たり前だろ。ていうか今俺、結構いいことをいったつもりなんだけど」

「よっしゃ! レアな颯太の笑顔が見れたから、なんか元気出た! 明日は笑美と話すぞー!」

「……なんか俺、損した気分だわ」


 颯太はがっくり肩を落としている。なんでだ?


「まあ、笑が元気になったならいいけどさ」

「心配してくれたのか? おまえって実はいいやつだよなー!」

「元気のない笑とか、薄気味悪いしな」


 なんかボソッと聞こえた気がしたけど、まあいいや。


「やっぱ俺、笑美とちゃんと話したい。そんで仲直りする」

「おー、頑張れ」

「おう!」


 出会ってから二年以上。喧嘩……というか、こんなすれ違ったのははじめてだった。たぶん笑美は、仲直りの仕方も知らないんじゃないだろうか。だったら俺から、笑美に歩み寄っていかなくちゃ。


「明日も学校楽しみだなー!」

「さっさと進路も決めなきゃだしね」

「うっ」


 せっかくいい気分だったのに、こいつ。俺は恨みがましい思いで颯太をにらんだ。だけど颯太はもういつもの淡々とした颯太だった。


 久々に颯太と二人で話して、少しスッキリした。明日になったら、笑美と向き合おう。そしてまたいってもらえるようになるんだ。俺が、笑美の一番だって。




久々の番外編です。

後編はヒロイン視点でお送りいたします<(_ _)>

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