悪役令嬢はファッションの道を行く3
1,2もあります。
ここは薔薇革命という乙女ゲームの中の世界。
いつのまにか、主人公と婚約者を取り合う――悪役令嬢の転生にした私はまず最初に婚約者と縁を切り、財産難に見舞われている赤薔薇の館をレース工場として商売を始めていた。
ただし従業員1名。
猫耳が愛嬌のあるウェアキャットのアルスは執事兼従業員という過酷な仕事を嬉々としてこなしていた。本当に使える男の子だ。孤軍奮闘の活躍と言える。365日、24時間労働を難なくこなそうとしている。労働者の鑑だ。そのアルスの奮闘のお陰で、レース紋様は飛ぶように売れていた。
だけど、予想外の出来事が起こりました。
「他の服飾系の店舗に、レース模様の技術を盗まれました」
レース紋様はお姫様が愛用したため、すぐに流行に乗ったけど、所詮は従業員一名の出来立てホヤホヤ赤ん坊服屋だ。他のライバル店に技術を盗まれてしまい、従業員の数の差もあり生産は滞り、客足は遠のきつつあった。
対策を考えていて、数日が経過した。
その日は宣伝のために社交界に参加して、夜更けに私は帰宅した。
アルスが扉をあけて迎え入れて、「お風呂の準備は出来ました」と言った。
私は元々日本人なので、やはり風呂は湯船に限る。
私は風呂場の鏡の前で服を脱ぎ、結い上げた髪を下ろした途端に髪粉が舞い散り、少し咳き込んでしまった。鏡に映る髪の色は髪粉で真っ白だ。
モーツァルトやマリー・アントワネットの肖像画で見たことがあるがまさか自分でやるとは思わなかった。
白い髪粉の正体は、小麦粉だ。
マリー・アントワネットが「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と言った醜聞が流された時に、とうのマリーも含めて上流階級の人たちは小麦粉をつけてお洒落をしていた訳だ。
アホらしくて悲しい笑いしか出てこなかった。
湯船に入る前に体の汚れを落としてから湯に浸かった。指先まで温まり、肌が桜色になった。肩まで浸かってから気付いたが、アルスが気を使って湯に香水をたらしたようだ。
これは――スターアニスの匂いだ。
アジアが原産のはずだが、中世の西洋を模したこの国でも使われているようだ。心地よく爽やかな匂いが、嗅覚から全身をほぐしてくれるようだ。
私は上がる前に湯船の上湯を取って捨て、寝巻きに着替えた。
館の廊下は寒く、火照りが蒸気となった。
歩く足音が谺する。
使用人たちが金目のものを盗んでから、館内は家具が無いためか音が反響するようになった。そのせいで夜の館の中は、少し気味が悪かった。
アルスに風呂からあがったのを告げると、すぐに銀色のウェアキャットは風呂へ直行した。猫の性質からか風呂嫌いなため、私が寝室でベッドを温めていると、すぐに寝室へ来る。
寝具も盗まれたから、という理由だけど、夜の館が不気味なので一緒に寝ている。
……決していかがわしい事はしていない。
ただ、猫の毛並みとその温かさは、抱き枕に最適だった。
朝を迎えると、アルスは寝息を立てていたので起こして、私は料理、アルスは清掃を始めて終わりしだい仕事へ取り掛かる。キッチンへ行くとスターアニスが置いてあったので、時間はかかるが羊のクリーム煮を作った。あとは買ってあったパンとバターで朝食だ。
ダイニングに鍋を運び、紙の上にパンを置いた。
そう――いまだ家具は買い揃えていなかった。
なので、鍋もお玉で交互にすくって食べるという悲しい光景がそこには広がっていた。
「美味しいです」
飯は美味いが、その他が駄目だった。
これもそれも、技術を盗まれたせいだ。
すぐに盗まれなければ、金にも余裕があったんだ。
なので、朝から私が色々考えたことを発表することにした。
だけど、アルスに先手を打たれた。
「従業員を増やしてください」
アルスからの当然の懇願だった。
だが、私にも事情がある。
増やそうにも腕の良い職人(ただしイケメンに限る)はそう簡単には見つからない。
「従業員を増やしてください」
私はアルスの提案を無視しした。
「……最近色々考えていたんだ。本当はあまり使いたく無かったけど、商品に赤薔薇の紋章をつけましょう」
この乙女ゲーの中では薔薇の紋章を持つ貴族がいる。
その中の一つが、私の家の赤薔薇だ。貴族の紋章が入った服を売れば、そこら辺の職人が作った服と比べても、その紋が入っているだけでブランドイメージが段違いになる。
貴族に憧れない女の子がいるだろうか――まあ、いるだろうけど。
それなりに効果はあるはずだ。
ただ――悪いイメージがつけば一巻の終わりだ。
ファッションは流行り廃りの世界だから、流行りすぎるとすぐに飽きが来て、「そんなブランドまだ使っているの」とか言われるのは眼に見えている。
聞いたこともあるし。
地球では日常茶飯事の言葉だ。
なので、ブランドイメージを決め付ける一撃が欲しいところだ。
腹はいつかくくらないと駄目だ。
……よし、やろう。
女は度胸、男は愛嬌だ。
「なるほど、貴族の名を借りるのですね。虎の威を借る狐ですね。さすがです、お嬢様」
「……すごい印象が悪いんだけど」
「あと、忘れていけないのは作業員の増い……」
「あとさ、紋章を入れるとして、レースの模様って気を使っていた?」
「いや、そんなことより増員を」
アルスをその場で四つん這いにさせて、背中に乗った。
「お前、奴隷の分際で話を無視して……そんなに椅子にして貰いたいのか?」
背中に全体重をかけてやった。
「すみません。お嬢様、今日も残業三昧で心が洗われるようです! そしてお嬢様の全体重を支えられて、私はとても幸福です! 本当に幸福なので許してください!」
「よろしい。……まあ、可哀想だから増員はしてやるけど、とりあえず私の話を聞きなさい」
「百合はどんなイメージ?」
「えーと、女×女ですね」
「……男らしさ、権力の象徴です。模様の話をしているんだからね」※両性的と言う意味もあります。
「ほうほう、となると薔薇は何なんでしょうか?」
「美しさと、それを覆い隠すミステリアスな雰囲気。茨が花を護り、花弁は複雑かつ巻いているようにみえるからそういうイメージが出来ているのよ」
「へー」
話し聞いているのかこの猫男は……。
「とにかく……アルスには芸術のイロハが無いわ! 相手は服装に金をかけられるそれなりの金持ちなのよ。とかくネットやゲームを含めて娯楽の少ない時代において、芸術は娯楽の一種ともいえるわ。買い手はそれなりの素養を持っていると思ってね」
「そ、そんな事いわれても、いつも同じ紋様で作ってましたから(というかゲームとネットって何だ?)」
「それが駄目なの。いま言ったモチーフを知っているだけでも、今後その模様を見たら、作り手の意図が分かるでしょ。模様に物語が生まれるわけ。ただ美しいだけじゃないのよ」
「そんなことを言われても、すぐに対応できませんよー」
そりゃそうだ。
明日から画家になれと言われて、なれる人間がいるはずが無い。
「それに、服をごちゃごちゃ装飾しても色々詰め込み過ぎになりますよ。何が言いたいか分からなくなりますよ」
「それはそうよ。私が模様で物語を作れっていうのはね。部屋のカーテンのことよ」
「……ほお、カーテンですか。なるほど……視界は遮れるけど、光を通すことが出来ますからね」
少しは納得したようだ。
この世界を色々観察していて、私は職人が男ばかりしかいないのに目をつけていた。
乙女ゲーなので女が少ないためかもしれないけど、中世がモチーフのため女性が社会進出していない設定になっていると言ったところだろう。
つまり、デザインなどに女性目線の考えが含まれていないと、私は仮定した。
仮定したと言うのも、元々は女性向けのゲームなのだから、その考えは裏目に出る可能性もあった。
だから、時間をかけていろいろな場所を巡ってこの世界のことを調査した。
うん……いける。と私は思った。
地球では歴史においてロマネスク、ゴシック、ルネッサンス、バロックと時代を経るごとに様式が変わっていった。当然、「これはバロック様式だ!」と思って、芸術を作ったわけではなく、後世の人たちが名前をつけただけだ。
で、バロックの後にはロココという時代があった。
何故、私がそれに着目したかと言うと、それが女性が主動で作られた時代だからだ。
曲線的であり繊細、モチーフとして水が多用されて、婦人部屋に革命をもたらしたとされる。そしてロココは中国趣味が流行った次期でもある。
そしてその後に日本趣味が流行るのは良く知られている。どちらも西洋から遥か彼方の国、おとぎの国のようなイメージがあったと言われている。
デザインの展開としても、私の得意分野の日本への道が広がるので、まずロココは成功させたいところだ。大丈夫だ……地球をモデルに作られたゲームの世界なら絶対に成功するはずだ。
でも、私には芸術的な才能は無い。
「はー、どこかに女の子で芸術的才能に溢れる人がいないかなー」
と、二人で溜息をついていると、庭を黒い猫が横切った。
……これはゲーム初期のイベントだ。
主人公の飼い猫がこの館に入ってしまって、そこでミレディと主人公が初対面するという話だ。ゲームの中では、まだ恋敵になっていないから友人になりそうなくらいに和むんだけど、その後は血で血を洗う醜い闘いに発展していくことになる。
私は庭に出て、「トトー。こっちにおいで」と名前を呼んだ。すると、この世界では初めて会ったトトが大人しく出てきて、私の腕の中に飛び込んできた。
玄関から扉が叩かれる音、そして声がしてきた。
「す、すみません! 貴族の方のお屋敷に……」
「あら、猫をお探しですの?」
私はにこやかに主人公へ挨拶をした。
平凡な街娘と言った印象だ。ゲームの初期でキルヒアイスに一目惚れをされてしまい、そこから人生が変わる。とある学校へ入学する資金も身元を隠したキルヒアイスによって払われ、主人公は足長おじさんへ感謝の思いを込めて、文武両道優れた人間になるように成長して同時に恋愛もすることになるのだ。
「はっ……!」
「あ、ありがとうございます! トトです。私の親友なんです」
キルヒアイスから、私は金を奪い取ってるやん……。※1を参照。
ま、まさか……。
「お嬢さん、お名前はなんて言うのかしら? 私の名前はミレディよ」
「す、すみません。貴族様に名乗るのが遅れまして、私の名はサヤです」
「よろしくね。サヤ……ところで妙なことを聞きますが、足長おじさんには会いましたか?」
「誰ですか? それは?」
あ、会ってねー!
う、嘘でしょ!
オープニングイベントを消化してないのこの娘は!
となると、ただの街娘なの?
なにしてんのよ、キルヒアイスは!
私に素寒貧にされて、指をくわえて愛する女が貧乏するのを見ているのか!
学校に通うことになるのに……私のせいか……私のせいだ……うわーっ!
私のせいだー!
いやー! 私、超悪い女じゃん!
いやー!
「あの、どうかしましたかミレディ様」
私は気付いたら、手を壁に当てて自分を支えていた。
「い、いえ……とりあえずお茶でも飲みませんか」
「そ、そんな貴族様の館で……」
「大丈夫よ。さあ、あがって」
私はアルスに命じて紅茶を作るように言った。
色々雑談交えて、考えた結果がこれだ。
『私が、主人公の学費を払う』
これに落ち着いた。
何故かと言うと、このゲームの主人公は成長をして、奨学金を得ることで、次の年へといけるわけだ。成績が悪いとだいたいはゲームオーバーとなる。
つまり――何かしらは一芸に秀でる必要がある。
私は主人公に――サヤに芸術の分野に行かせることにした。
サヤは主人公なので集中的に育てればすぐに偉人クラスの能力を得る。
これを利用しない手は無い、むしろこれしかない。
芸術を把握して、そして女……お前しか適任はいない!
私はサヤを気に入ったといい、学校の話に巧みに話を誘導した。
「私、家が貧乏で、学校には」
「あら、それなら私がお金を払いましょうか?」
サヤは眼が点になった。
「そんな、貴族様にそんなことを……」
謙遜するな、私のためだ。
「サヤ……この壁を見て、ここには有名な画家の絵が飾られていたのよ」
「……そうですか」
壁には持ち逃げされた絵が残した日焼けの跡が残っていた。
……駄目だ。
これで説得は出来ない。
えーい、どうしたら良いんだ。
……こうなったら、正攻法だ。
心を込めればどうにかなる。
「これを見て」
私はレースの下着をサヤに見せた。
途端に真っ赤になり、慌てて目を塞いだ。
まあ、スケスケだしね。
「こ、これは」
「下着よ。でも肝心なのは、この模様なの……美しいでしょ」
「……はい」
「私はね。女性が作る女性のためのデザインを目指しているの。だから偶然であったけど、女性であるあなたにお願いをしているの。もしよろしければ、学校へ通って芸術について学んでくれないかなって……そうすれば、私は更なる美しいデザインを創造することができるわ。あなたが学校へ通う費用は惜しまないわ。ただ私のもとでデザインをしてもらいたいの。売り上げもよければ、いくらかはあなたに渡します。この条件はとても良いと思いますよ?」
サヤは呆然としていた。
だが、私は必死だ。
サヤは主人公補正がついている。
サヤの実力は私が逆立ちしても勝てない。
なら、味方に加えてしまえば良いだけだ。
だがサヤ自身は無限の可能性を知らないのだ。
呆然とするのも当然だろう。
「あ、あの……とても良い話で……なんて言っていいか」
断るのか?
「でも、お父さんに聞いてからじゃないと」
お前の人生……親父に任せんのかー! と怒れないので、サヤの肩を掴んだ。
「行きましょうか」
「えっ?」
「家に」
一時間後、私はこんな形で主人公の家に来るとは思わなかったが、病弱な親父に会った。
「ごほごほ……勿体無いお言葉で……」
なに、この親父、断るつもりか?
「うちの娘なんて何の役にも」
「いえ、私はサヤが必要なのです」
ん? 何か言い方間違えたか?
「そうですか。貴族様はそちらが趣味のお方でしたか。ふつつかものですが、娘をよろしくお願いします」
はい? そちらが趣味って……?
サヤが顔を真っ赤にしていた。
ちげーよ!
なに勘違いしてんの!
言い訳しようと思ったが、話が落ち着いてきたので、取り合えず無かったことにした。
何だかんだで、サヤは学校へ入学してすぐに芸術的才能が芽生えたため、新風のデザインが徐々に出来上がり始めて、客足も戻りつつあった。
ある日、サヤがデザイン画を書いている時に、サヤの左斜め後ろに何かが浮いてあるのを発見して押してみた。
(ステータス画面だった)
……愛情度チェック画面を探して見てみた。
愛情度は100がMAXである。
キルヒアイス:10。
父親:50。
ミレディ:80。
なー!
完全に私ルートに入っているじゃない!
つーか、私の愚弟の名前も無いし、それにキルヒアイスもっと頑張れー!
「どうしましたか? ミレディ様」
「いや、なんでもないよ」
私は散々やりつくした乙女ゲーに、新たな展開を作ってしまったことを知ってしまった。
恥ずかしながら4も書きました