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ファンタジー系

treasure

作者: 深月織


 王立図書館の奥の奥。諸外国の歴史書が並べられた、普段は人気のないその一角で、ぽつりと卓上に忘れ去られたノートを見つけた。どこの店でも手に入る、よくある学習用のものだ。痛んだ表紙には、かすかにインキの擦れたあと。とても使い込まれている様子がうかがえる。

 大事なものなのか、それとももう用無しになったものなのか。

 私はどうしてか宝の地図を見つけた気分で、そっとノートをめくった。


 館内に入ったとき、まだ朝の気配を漂わせていた太陽が、頂点を過ぎようとしたころ。紙面に細かくちりばめられた文字を夢中で追いかけていた私は、静寂の場に似つかわしくない、硬く急ぐ足音に目を上げた。

 ちょうど、真正面。書架の通路の向こうから、急いで衣服を身に着けたようなだらしない風体の青年が、慌てた様子で姿を表す。窓際の卓に視線を合わせて――そのすぐ下で床に座り込む私を発見し、ぎょっと立ちすくんだ。

 何事かを言葉にしかけ、だがそれは私の手の内で開かれたノートを見て驚愕の音に代わる。

 あとは、「ああ」だの「うう」だの判別できないうめき声。

 よろめいて書架に縋り、額をぶつけるようにしてうつむく頭は二段目の棚と同じくらいで、脚立が必要な私はその背の高さをうらやましく思った。無造作に跳ねた少し長めの金茶の髪から覗く肌が面白い程真っ赤になっている。

 彼の反応に思い当たることがあった私は、閉じたノートを顔の前にかざして、訊ねてみた。

「これ、あなたの忘れ物?」

 小さく問うた声は静かな書架の片隅に思いの外大きく響いて、彼の肩を跳ねさせる。ぶるりと身震いを一つ、恐る恐るこちらに向き直った彼が、戸惑いがちに頷く。

「な、なか、見た……?」

 今度は私が頷く。とたん、奇声を上げた彼が床に倒れこんだ。気持ちはわかるけど、激しいなあ。

「ごめん! ごめんなさい! ヘボいもの読ませてごめんなさいーーー!!!」

 ノートに書き込まれていたのは、創作と史実を混ぜ合わせた歴史物語だった。下調べもきちんとされているようで、感嘆したほどだ。だけどちゃんと読み物していて、これを書いた人は、お話を綴ることが楽しいのだなって、伝わった。

 ……こういった人物だとは思わなかったけど。

 わあわあと叫ぶ彼の反応が面白すぎて、吹き出しそうになる。でも笑っちゃ悪いよね。

「そんなことなかったよ? おもしろかったし、続きがあるなら読みたいって思ったもの」

 彼の狂乱がぴたりと止まる。ぼさぼさになった髪の隙間から覗く碧の瞳が窺うようにこちらを見て、私がからかいでもお愛想でもなく本当にそう思って言っているのだとわかったようで、恥じらうように面を伏せた。

 おっきい体を小さくまとめて蹲る姿に、思わずきゅんとしてしまう。

 だって、ぺたんこになった耳と揺れる尻尾の幻が見えるのよ! 涙目とか可愛すぎる!

 座った姿勢のまま膝で彼ににじり寄る。

「あのね、私も、趣味で書いてたりするの。乙女仕様の恋愛ものだし、貴方のような本格的な歴史物語と比べるのはおこがましいけど……」

 同士なの。だから恥ずかしがらなくてもいいんだよ、と仲間意識を持って告げた。

「……それ、習作で。改稿したのは、もうちょっとましなんだけど。……誰かに読ませたの、初めてだから、ちょっと……」

 耳まで赤い。彼はひどくシャイなひとのよう。

 書かれた物語は骨太で、大胆な展開なのに、おもしろい。私も、書いているものとは全然違う質だし、案外そういうものかもしれない。

「ほかにも書いたものあるの? やっぱり同じ系統? 見せたことないなんてもったいないなあ、私は友人に読んでもらっているけれど、第三者の意見、結構参考になるよー」

 身近に創作仲間はいないし、ちょっと浮かれていたのだろう。

 初対面の遠慮も慎みもなく、際限なく話し出した私に呆れたのか流されたのか。

 私の問いかけや言葉に相づちを打っていた彼も、次第に熱く話し出す。内気でも、創作に関してはそれなりに訴えたいことがあるらしい。

 そのうち彼のほうも遠慮はなくなった。最初の動転ぶりはなんだったの、というくらい弁が立つ。

 男の人と、つまらないと思わずに会話ができるのは、私にとって珍しいことだ。幼いころ読んでいたお気に入りの物語が一緒だったこと、好きな作家も共通していることもそれに拍車をかけた。

 気が付けば太陽はすっかり斜めになっていて。お茶の時間の鐘の音に、私たちは飛び上がった。

「もうこんな時間!? 約束っ……」

「やばい仕事……!」

 アタフタと二人で散らかした書物を片付ける。

「すまない、急ぐから!」

 書架の上のほうにあった本をしまい終わった彼が、あわただしく辞去を告げ、ノートを上着に押し込んで背中を向けた。呼び止める間もない。

 見かけによらず足が速かった彼は、あっという間に姿を消した。

 名前、とか。どこの誰とか、仕事? 私より、数歳年上なのは知識面からもわかったけれど――連絡先、とか。

 また会う約束もなし、で。

 あっさり去られたのは、単なる通りすがりの同好の士としか、思ってもらえなかったってことかな。

 ……好意を持ったのは私だけかあ……。

 スカートのほこりを払い、しょんぼりした気分で私もその場を後にした。


 私は知らない。

 私が図書館を出たすぐ後、息せき切って戻った彼が、辺りを見回し、誰もいないことを確認すると、がっくりと肩を落としたことなんて――知らなかった。



  ***



「まあ、それじゃあ調べものしていて遅刻しちゃったの」

「つい、時間を忘れてしまって……申し訳ありません」

 道中急いでお詫びのお土産として購入した、王妃様御用達店の菓子を前に、もう一度私は頭を下げた。

 お約束の時間を少し過ぎて現れた私に「何かあったのかと心配していたのよ」、とおっしゃってくださったのは、この国の王妃様で――畏れ多くも私の年上の友人だったりする。さほど地位も高くない単なる子爵令嬢の私が、何故王妃様と親しくさせていただいているのかというと。

「そんなに畏まらないで。その調べものも新作に使うんでしょう? 一番に読ませてもらえるんだもの! 楽しみだわっ」

 ……そう。どうしたことかなにゆえか、王妃様は私が趣味で発行している恋愛小説のファンでいらっしゃるのだ。ありがたいけど時々首をかしげてしまう。

「楽しんでいただけたらいいんですけど」

 少女のように瞳を輝かせていらっしゃる王妃様に、面映ゆくなってしまう。照れをごまかすようにティーカップに口を付けた。

「でもちょっと残念ね。もしかして恋人とデートしていて時間も忘れているのかしらって皆で噂していたのよ」

 皆って誰だ。その辺で笑いをこらえている侍女さんたちか。にゃろう、そのうちモデルにしてやる。

「そんな相手いないってご存知でしょう? 私に付き合って下さる奇特な殿方なんて、いらっしゃらないですよ」

 ふと、先ほどまで一緒だった青年の姿が脳裏に浮かぶ。

 彼ならどうだろう。すぐ妄想に走ってしまう私に負けず劣らずでいいかもしれない。

 といっても、どこの誰かもわからないし、顔だって長く隠すように覆った髪のせいではっきりとは分からなかったし、偶然に頼るしか再会の機会なんてなさそうだけれど――図書館で張るかな。

「うちの息子なんてどうお? 長男はもう売約済みだけど、うだつが上がらないけど顔はいいのと何考えてるかわからないけど顔はいいのが残ってるわよ~?」

「ご冗談を。私など殿下のほうがお断りなさいますよ……」

 というか身分違い勘弁して頂きたい。その美貌で陛下に見初められた王妃様(もと亡国王女)とは容姿も育ちも違うのだ。

「もういい歳なのに甲斐性ないのよねえ~」

 貴族と言っても末端なため、王宮主催の夜会にもろくに出たことが無い私は、遠目でしか王子様方を拝見したことがない。

 でも、乙女と適齢期の貴族令嬢が目の色変えて追っかけまわす美男子だということだけ知っている。王妃様似でも陛下似でも期待はできる容姿なんだろうなあ。

 王子様を巡って争うほど若くもないし、頑張るのもめんどくさいからどうでもいいけど。

「え? あら、まあ」

 対面で息子をこき下ろしていた王妃様が、そっと近づいた女官長さんのささやきに目を瞬いた。どうなさいましたか、と訊ねる前に外が騒がしくなる。

「噂をすれば、息子だわ。何考えてるかわからないほうよ」

「え、いや、あの、」

 ちょうどいいわとはしゃいでいる王妃様には悪いのですが、今すぐ帰りたい! いっそのこと壁際の侍女さんたちに紛れてやろうかと思っていると、背の高い青年が、腕にこぼれんばかりの花を抱えて入ってきた。

 出迎えた王妃様に、花に負けない笑顔を向ける。

「来客中に申し訳ありません。珍しい異国の花を見つけたものですから、母上にと思って」

「まああ、ありがとう、ライナルト。素敵ね、わたくしじゃなく意中のお嬢さんに渡さなくてよかったの?」

「そんな相手はいないとご存知のくせに、意地悪ですね母上」

 どこかで聞いたようなやり取りを交わし、彼は甘く涼やかな美貌を少し拗ねたようにしかめた。だけど楽しそうに笑う母に、それも長く続かない。またすぐ笑みを浮かべ、部屋の中に目を配った。

「よろしければお客人にも……」

 言いかけた言葉が途切れる。ソファーから腰を上げた姿勢のまま固まっていた私を認めて、王子はサッと頬に朱を走らせた。一瞬後には、真意の見えない笑みに変わった。

 それは、内気を隠す仮面なの?

 ぼさぼさだった髪は梳られつややかに整えられて、美しい弓形の眉と瞳の碧があらわに。急いで着替えたように乱れていた衣服は金の刺繍も見事な官服に代わっていたけれど――何故か、分かった。

 彼だ。

「ああ、紹介するわね、ユーディット・エーデル子爵令嬢よ。わたくしの可愛いお友だち」

「……はじめまして、エーデル嬢。ライナルト・ヴィテリウスです。お逢いできて光栄です」

 よかった、と安堵のつぶやきが聞こえたのは私の気のせいだろうか。

 ――彼も、もう一度、と思っていたなんて自惚れだろうか。

 彼だと分かったとたんに急に考えを変えるのは現金?

 でも。彼が、彼なら――

 母親たちに気づかれないよう『ないしょ』の合図を送ってきた彼に、『了解』の瞬き一つ。手へのキスを受けながら微笑む。

「ユーディットと申します。こちらこそ、お目にかかれて光栄ですわ」

 見つけたものが、宝の地図だとわかるまで、いっちょ頑張ってみるかと決意した。


 end.

2012/01/17 メルマガ初出

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メルマガ小話。異世界王宮ものかもしれないけれど、二重人格わんこ王子としっかり者お嬢さんのまったりネタ恋愛なのでファンタジー要素はありません。

もしかしたら続きがあるかもしれない。


treasure:(名)財産、宝物:(口)重要な人、最愛の人:(動)秘蔵する

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