『No mom’s letter 』
明日2月14日は、バレンタイン。
パシャッ
カメラのシャッターが辺りを轟々と揺らす音を切り離す。
「よし、上手く撮れたな」
駅ホームの端に佇む男が、カメラの液晶パネルを覗き込みながら、ボソッと声を漏らした。
ここは、O市にある駅の一つ。男は、この沿線を走る黒みがかった茶色の電車を撮るのを休日の楽しみにしていた。
「良いのが撮れましたか?」
改札を抜ける際、駅員さんが男に話しかけた。
「はい、おかげさまで。今日も満足ゆく写真が撮れましたよ」
男は笑みを浮かべ、言葉を返した。
「それは、何よりです。そういえば来月、イベントが開催されるのですが、ご存知ですか?」
「あー、鉄道の日に合わせて行われる写真コンテストのことですか」
「そうです。10月7日から14日の一週間、撮った写真をSNSに投稿していただき、いいね数に応じて、鉄道の日に主要各駅で先着順にはなりますが景品をお渡しするというイベントなのですが━━」
そう言って、駅員さんは一枚のチラシを差し出した。
「うーん、景品は魅力的ですけど・・・・・・」
「参加されないのですか?」
「僕、SNSをやっていないんですよね」
男は頬を掻きながら、そう話した。
「そうだったんですね。てっきり、撮った写真を投稿しているものかと思っておりました。この機会に始めてみてはどうですか?誰かに見てもらうのは、思いのほか、嬉しいものですよ」
駅員さんは、微笑みながら男にイベントの参加を勧めた。
「では、ちょっと考えてみます。ありがとうございました」
男は軽く頭を下げると改札を出て行った。
「いえ、またのご利用をお待ちしております」
パシャ、パシャッ
男はいつものようにホームの端で写真を撮る。しかし、そこには男以外の人の影がいくつか現れるようになった。
「良いのが撮れましたか?」
「はい。ただ、写真を撮る人が増えましたね」
男は少し困ったように駅員さんに言った。
「そうですね。皆さん、来週に開催されるイベントに向けて、SNSでの知名度を上げたいのだと思います。要はアピールですよ」
そう明るく言う駅員さんの顔は、声に反して少し曇っていた。
「そういうもんなんですね・・・・・・」
「お客様は、参加されることにしたのですか?」
「まぁ、一応。SNSのアカウントは作ってみました」
「本当ですか。それは嬉しいです。・・・・・・ちなみに、どんな写真を載せたのですか?」
駅員さんはキラキラとした眼差しを男に向けた。
「えっ、それは、ちょっと恥ずかしいですよ。すみません」
男は首から下げたカメラを握りしめ、口早に答えた。
「そうですよね。こちらこそすみません。お客様が、普段どのような写真を撮っているのか、前から気になっていたもので・・・・・・」
駅員さんは肩を落としながら謝罪の言葉を口にした。
「ありがとうございます。いつか、見せられるものが撮れた時は、お見せしますね」
男は笑みを浮かべ、手にしたカメラを少し前に突き出した。
「ふふ、ありがとうございます。その時を楽しみに待ってますね。またのご利用をお待ちしております」
フォオン
ホームに差し迫る電車が、短くも強い警笛を鳴らす。
「おい、撮れたか?今の電車良かったなぁ」
「ああ、バッチリとカメラに収めたよ。いいねの数も順調に増えているし、そろそろ」
「そうだな、景品をもらいに行こう。早い者勝ちだしな」
イベント参加者達の軽やかに弾むような声が、ホームを満たす。
男は一人、スマホの画面を覗き込んでいた。
その側をいくつもの電車が通り過ぎてゆく。
「良い結果は得られましたか?」
背後から突如、かけられた声に、男は慌ててスマホをしまい、振り向く。視線の先には、いつも改札で話しかけてくれる駅員さんが首を傾げながら男の返事を待っていた。
「いいえ。全くでした」
男は引きつった笑みを浮かべた。
「・・・・・・それは、残念でしたね。良ければ、撮った写真を見せていただくことは可能ですか?」
「・・・・・・」
先日と同じ問いかけに、男は視線を揺らした。
そして、ようやく一つに定めた。
「仕方ないですね。笑わないでくださいよ。そんなに上手く撮れていないですから」
駅員さんは男からカメラを受け取ると液晶パネルに視線を落とした。
そこに写っていたのは━━━
「・・・ありがとうございます。私は好きですよ」
彼女は満たされたように笑みを浮かべ、そっと、彼に告げた。
編集点
誤字修正
◯「鉄道の日、各主要駅」
鉄道の日、当日14日
アドバイス:丁寧すぎ、助長。重なっている。




