「地味すぎる」と国外追放された聖女ですが、隣国のスパダリ王子に拾われて溺愛されています~酒チョコをきっかけになぜか正妃に指名されました~
「死ぬぅぅぅぅうう!」
異世界に召喚されて、わずか30分。
私、椿原華乃は森の中で巨大な魔物に追いかけられていた。
「ひっ、ちょっと待って! 私まだ異世界初心者なんですけど!?」
ガァァァァッ!
牙をむき出しにした魔物が、容赦なく襲いかかってくる。
(なんでこんなことに……!)
つい先ほどまで、私は綺麗な大聖堂のような場所にいた。聖女召喚の儀式で呼び出されたらしく、目の前のウィンドウには【聖女】の文字。
チヤホヤされる展開だ!
と期待したのも束の間――
「この女は聖女ではない。見た目が地味すぎる」
玉座に座った国王に、鼻で笑われた。
確かに、周りの人間は西洋人のような派手な顔立ちばかり。黒髪で平たい顔の私は、明らかに浮いていた。
だけど、22歳、身長175センチで痩せ型の私は地味だなんて言われたことはない。
頭に血が上った私は、思わず言い返した。
「はぁ? 私、聖女ですけど。なんか文句あります?」
その結果――国外追放。
そして今、何の知識もないまま魔物に襲われている。
(あああ、やっぱり口答えなんてするんじゃなかった! 死にたくないぃぃぃ! まだやりたいことたくさんあったのにーー!)
その時だった。
「下がっていろ!」
鋭い声と共に、剣閃が空を裂いた。
黄金色の髪、青い瞳、引き締まった体――。
魔物を一閃で倒した青年が、私に手を差し伸べる。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
……顔がいい。
いや、状況を考えろ私! でも、顔がいい!!
その瞬間、私の脳内で勝手に妄想が始まった。
*妄想*
綺麗な大聖堂の中、神父様が私に問いかける。
「あなたはこの者を愛し、一生を共にすることを誓いますか?」
「はい、誓います!」
ーーチュー
*
「……おい、聞いているのか?」
「はっ、はい! 大丈夫です! ありがとうございました!」
慌てて現実に戻る私。
この好青年との出会いから、私の運命が動き始めることになる――。
アルゼン王国までの道中、アレン様が話しかけてきた。
「自分を追い出した国を恨んでいないのか?」
私はふと遠くを見て笑った。
「恨むより、これから出会う美味しいものや、アレン様みたいな美しい人を愛でる方に時間を使いたいんです」
「美しい?…私がか?」
「はい、外観はもちろんのこと、弱きものに手を差し出すその心も、私の心への気遣いもです」
「ふっ、そうか。ありがたい言葉だな」
アレン様は馬をゆっくりと走らせた。
*
アルゼン王国に着くと、お金がないことと聖女であることを伝えると、客間に案内された。
驚いたことに、あの好青年――アレンはこの国の第一王子だった。
脳内でアレン様という名前が何度も再生されていく。
「それで、カノ。……改めて聞いてもいいだろうか。なぜ君のような女性があんな森に一人でいたんだ?」
アレン様が、心配そうに私の顔を覗き込む。
(うっ……その綺麗な瞳で真っ直ぐ見ないで! 嘘をつくべき? でも、このスパダリオーラに嘘は通用しない気がする……よし、全部ぶっちゃけよう!)
「……実は私、別の世界から召喚されたんです。でも、『地味すぎるから聖女じゃない』って、前の国の国王に追い出されてしまって……」
「……地味? 君を、か?」
アレン様が絶句する。
「その国王は節穴どころか、目が腐っているのではないか?」
「そうですよね!」
「それに、この世界は今、異常なほど瘴気に侵されている。聖女の助けを必要としない国など、正気の沙汰ではない。……カノ、もし君さえ良ければ、この国で力を貸してはくれないだろうか?」
「私で、お役に立てるなら……!」
「助かる。君の身の安全は、この俺が責任を持って保証しよう。……まずは父上に紹介させてくれ。この国の国王だ」
こうして、私は命の保証と推しのそばという最高のご褒美をセットで手に入れることに成功したのだ。
私は国王の謁見の場に連れていかれた。
これまでマナーや作法とは無縁な生活を送ってきた私は、豪華な玉座の間の雰囲気に呑まれ、完全に動きが壊れた機械のようになっていた。
右足と右手が同時に出るようなぎこちない歩き方で進み、跪こうとして膝をカクンと曲げすぎて危うくバランスを崩しかけた。
なんとか態勢を立て直して跪く。
「……面を上げよ。椿原華乃。そなたの力、アレンから聞いた。我が国を救う聖女として、改めて歓迎しよう」
国王様は、最初の国のクソ豚国王とは大違いの、厳格ながらも優しい瞳をした方だった。
「そなたは前の国で不当な扱いを受けたと聞く」
国王様の声に、私ははっとして顔を上げた。
「は、はい……。その、地味だと……」
「地味?」
国王様が目を細めた。
「聖女の真価は外見ではなく、その魂の在り方にある。前の国の王は、真に大切なものを見る目を持たなかったようだな」
うわぁ……さすが!
「我が国では、そなたを聖女として、一人の人間として、敬意を持って迎え入れる。安心して力を貸してほしい」
「は、はい! ありがとうございます!」
思わず勢いよく頭を下げた私。
無礼打ちを恐れて沈黙を貫こうと思っていたのに、国王様の温かい言葉に、自然と言葉が出てしまった。
でも、それが功を奏したのか、国王様は柔らかく微笑んだ。
もちろん、国外追放なんて不名誉な沙汰もない。
私は国王様から広々とした自室を与えられ、当面はそこを拠点に活動することになった。
(よし……! これでアレン様を拝める環境が整った!)
自室に向かう最中、アレン様と廊下でバッタリ会った。
「カノ、これから、聖女としてこの国を守っていただきたい」
眩しい笑顔で声をかけてくる。
鎧の隙間から見える首筋、汗で少し張り付いた前髪。
私はクリティカルヒットをくらった。
「い、いえ! アレン様のお役に立てるなら、瘴気のひとつやふたつ、一息で飲み込んでみせます!」
「飲み込んではダメだぞ? 健康が第一だ」
アレン様が私の頭にポン、と手を置く。
その瞬間、私の心臓はドラムロール状態。
でも、彼の方はというと、
「では、私は訓練に戻る。また今度」
――軽い。羽より軽い「またね」だ。
彼はまだ、私のことを「有能な聖女」としか思っていない。
見てなさいアレン様……! あなたにとってなくてはいけない存在に変えてみせる!
私は心の中で、特大の「えいえいおー!」を三唱した。
*
部屋に着くと、暑かったので、ズボンを脱いでから、反省会を始めた。
アレン様を振り向かせられたかな。変なこと言ってないよね? 顔赤くなってたかな?
するとーーコンコンコン
部屋を叩く音が聞こえた。
「はーい! どうぞ!」
「アレンです!」
「あ……」「……ん?」
私はアレン様の目線を追いかけた。
………あ!?
ズボンを脱いでいたのを忘れていた。
この時、頭の中では交通事故が起きていた。
「また、あとで…」
アレン様はそう言い残し、部屋を出ていった。
扉が閉まった音だけが虚しく響く。
私は脱ぎかけのズボンを握りしめたまま、しばらく石像のように固まった。
「……終わった」
聖女としての威厳、ゼロ。
しかも、女としても、ゼロ。
アレン様からの好感度、測定不能。っていうか、第一王子の目に聖女の生足(しかも脱ぎかけ)を焼き付けてしまった。
これ、アルゼン王国の法律で処刑されない? 大丈夫?
「なんでノックに対して『どうぞ!』なんて言っちゃったのよ私のバカーーー!!」
私は枕に顔を埋めてのたうち回った。
アレン様のあの、なんとも言えない見てはいけないものを見てしまったような、困惑と気まずさが入り混じった顔。
(あ、でも、あの時のちょっと赤くなった耳元、めちゃくちゃ可愛かったな)
いやいや、現実逃避してる場合じゃない!
*
夕方になると、再び、コンコンコンと響く。
「は…」
ちょっと待て、ズボンよし!
「はーい、どうぞ!」
使用人がやってきた。
どうやら、私を迎え入れるための夕食会をやるらしい。
アレン様だと期待した分、少ししょんぼりしてしまった。
私は夕食会へ向かった。
机の張り紙には『ツバキハラ カノ』の文字。
ここだな!
よし、まずは深呼吸だ。姿勢を正して、地味聖女なりに気高く振る舞うのよ……!
と、気合を入れた瞬間、隣の椅子が引かれた。
「失礼。隣、いいだろうか」
「えっ、ア、アレン様……!?」
まさかの、というか当然のごとく、隣の席はアレン様だった。
昼間のズボン脱ぎかけ事件が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
嬉しい反面、気まずすぎて、高級そうな肉料理がただのゴムにしか感じられない。
ふと横に目を向けると、アレン様も手元のフォークを動かさず、どこか一点を見つめている。
よく見れば、彼の綺麗な耳たぶが、夕食会の赤い絨毯よりも赤くなっている気がする。
一言も話さず、周りの会話に助けられながらも、2時間が流れ、食事会は終わりを告げた。
大量のチョコレート(酒入り)を口に含み、会場の喧騒を背に、私は重厚なガラス扉を開けてバルコニーへと逃げ出した。
ひんやりとした夜風が、私の火照った熱を優しくなでるように吹き抜けていく。
見上げれば、異世界の夜空は驚くほど澄んでいた。
見たこともない配置の星々が、宝石をぶちまけたように瞬いている。
(……綺麗だな)
しばらく言葉が出なかった。
その時だった。
背後で、カチャリと扉が開く音が。
「――やはり、ここにいたのか」
風に乗って届いたのは、夜の闇に溶け込むような、低く、けれど温かい声。
振り向かなくてもわかる。
私の平穏な心に、再び熱を灯す唯一の人の声だ。
「……さっきは、すまなかった。その、突然訪ねてしまったから」
アレン様が真面目な顔で謝ってくる。
「……大丈夫、悪いのは私だから」
二人の沈黙を遮るように彼は口を開いた。
「実は……君が俺の隣にいるのが、今も信じられないんだ」
風に消えそうなほど掠れた声。
アレン様が私の隣に寄り添い、手すりを握る指先に力がこもる。
「俺は生まれた時から『完璧な王子』であることを求められてきた。民の前でも、父上の前でも、一分の隙も見せてはならないと。……感情を殺し、ただの『正解』であり続けることに、いつしか疲れ果てていた」
彼は自嘲気味に口角を上げた。
その瞳には、今まで隠してきた深い孤独が色濃く滲んでいる。
「そんな時だった。……君が現れたのは」
アレン様がふっと視線を私に向けた。
そこには、さっきまでの冷たさは微塵もない。
「森で出会った時、君は絶望的な状況なのに『初心者なんですけど!』なんて叫んでいた。……城では、ノックも待たずにズボンを脱ぎかけて、俺を慌てさせた」
「うっ、それは忘れてください……!」
「いいや、忘れない。あの日、俺は生まれて初めて心から笑い、そして……動揺したんだ。君の破天荒さは、俺が必死に守ってきた『完璧な仮面』を、いとも容易く粉々に砕いてくれた」
アレン様がゆっくりと体を預けてくる。
トクン、と私の肩に、彼の額が重なった。
彼の体温と、少し乱れた鼓動が服越しに伝わってくる。
「……お願いだ、このままでいさせてくれ。カノ、君の前でだけは……俺は王子ではなく、ただの『アレン』でいられる気がするんだ」
大きな手が、私の指先にそっと触れる。
縋りつくような、それでいて大切に宝物に触れるような、切ない感触で、アレン様の声が優しく響く。
でも、なぜか段々と遠くなっていく気がする。
(あれ……? なんだか視界がぼやけて……)
気づけば、私の意識はそこで途切れていた。
*
「うっっ……」
鳥の鳴き声に目が覚めると、自室のベッドの上だった。
頭が割れるように痛い。
(あれ……? 私、バルコニーで……アレン様と話してて……)
夢か…人生そう上手く、関係が回復しないよね…
重い体を起こそうとしたとき、横に人がいることに気づいた。
視界の端に映る、黄金色の髪。
規則正しい寝息。
シーツから覗く、たくましい肩。
……え。
思考が、完全に停止した。
間違いなくアレン様だ。
昨日の食事会で気まずさのあまり一滴も酒を飲まなかったはずなのに、なぜか私の記憶がバルコニーの会話で途切れている。
私は音を立てないように布団を剥がした。
すると、アレン様が少し身じろぎをして、私の方へ顔を向けた。
ひっ、顔が近い! 睫毛が長い! 吐息がかかる!
し、死んでしまう。
とりあえず、ベッドから起きよう…
ベッドから音を立てないように脱出しようとした、その時。
「……えっ」
何かに引っかかったような感触。
見ると、私のパジャマの袖を、アレン様が大きな手でしっかりと握りしめていた。
「う、嘘でしょ……」
「ん……カノ……?」
アレン様がうっすらと目を開けた。
寝起きの、少し掠れた声。
――ヤバい。今の声、脳内保存用ボイスに登録完了。
「お、おはようございます、アレン様……。あの、その、手が……」
私が真っ赤になって指さすと、アレン様は自分の手が私の袖を握っていることに気づき、目を見開いた。
「……っ! す、すまない! 昨夜、君があまりに泣いて縋りつくものだから、落ち着くまでと思って隣にいたのだが……いつの間にか寝入ってしまったようだ」
アレン様がバッと跳ね起きる。
その顔は、朝日よりも赤かった。
「泣いて……縋りついた……?」
(私、何したの!? 酔った勢いでどんな醜態をさらしたのよ!?)
「ああ。『アレン様がいなきゃ生きていけない』とか、『結婚して一生養って』とか……かなり、切実に……」
「………」
私は再び枕に顔を沈めた。
「振り向かせるぞ!」なんて意気込んでいた昨日の私を殴りたい。
これはもう、振り向かせるどころか、再び国外追放されるレベルじゃないの!?
「だけど、カノ……昨日の言葉、悪くなかったぞ」
そう言い残して、部屋から出ていってしまった。
ええええっ!? アレン様、今なんて言いました!?
「悪くなかった」!? それって実質、プロポーズへの快諾じゃないですか!!
華乃さんの「一生養って」という、腐女子特有の切実かつ大胆な要求が、まさかのアレン様の心にクリティカルヒットしてしまったようです。
これぞ「怪我の功名」ならぬ「泥酔の功名」ですね。
私は枕に顔を埋めたまま、しばらく身動きが取れなかった。
「……悪くない、ぞ……?」
アレン様の去り際の、あの少し照れたような、でも決意を秘めたような低い声が、脳内で無限リピートされる。
(待って、待って。整理しよう。私、昨日のバルコニーで『スタイルがいい』って褒められた後に、酒チョコで酔っ払って、『結婚して養え』ってクソデカ感情をぶつけたのよね?)
普通の王子様なら「無礼者!」で終わるところだ。
なのに、彼は「悪くない」と言った。
……これ、もしかして。
振り向かせるどころか…
「……あー、もう!! 顔が熱い!!」
バタバタとベッドの上で悶絶する。
でも、ふと冷静になる。
アレン様は「第一王子」だ。
そして私は、地味だと言われて追放されたどこの馬の骨ともしれない自称聖女。
もし本当に彼とあの冒頭の結婚式を実現させるなら、私はただの居候じゃいられない。
(見てなさいよ。アレン様が『離したくない』って、今度はシラフで、全世界の前で言うようにさせてやるんだから!)
私はガバッと起き上がると、パジャマのままガッツポーズを作った。
「えいえいおー!!」
拳を突き上げた瞬間、またコンコンとドアが鳴った。
「カノ、忘れていた。今日の瘴気調査、私と一緒に来てもらうことになったから。……準備ができたら、下に来てくれ」
ドア越しのアレン様の声は、心なしかさっきより弾んでいる気がした。
――毎回タイミング悪すぎませんか!
だけど……デートだ!
*
森へ向かった。
まだ聖女としての役目はできないけど、魔物慣れもかねてらしい。
「俺の後ろにいれば全て守ってみせるからな」
(本当にありがとうございます!)
アルゼン王国の騎士たちが周囲を警戒する中、私はアレン様のすぐ後ろを歩いていた。
視界に入るのは、アレン様の広いたくましい背中。
さっきの言葉が、脳内でエコーのように鳴り止まない。
(『俺の後ろにいれば』……ですって!? 尊い、尊すぎる。何そのスパダリ発言。好き。結婚して(2回目))
森の中は、想像以上に瘴気に侵されていた。
紫色の霧が立ち込め、木々は黒ずんでいる。
「……ひどい」
「ああ。ここまで広がっているとは……」
アレン様が険しい顔で周囲を見回す。
「カノ、俺の後ろにいてくれ。何かあったら、すぐに逃げるんだ」
「はい!」
私はアレン様の背中を見つめた。
(……この人は、いつも私を守ろうとしてくれる)
その優しさが、胸に染みる。
(だから私も、この人を守りたい)
その時――
ガァァァァッ!
茂みから、巨大な魔物が飛び出してきた。
「っ! カノ、下がっていろ!」
アレン様が剣を抜いて前に出る。
だけど、魔物は一体じゃなかった。
茂みの中から、次々と魔物が現れる。
「くっ……!」
アレン様が苦戦している。
(……このままじゃ、アレン様が!)
私は覚悟を決めた。
「アレン様!」
「カノ!? 何を――」
「私に、任せてください!」
私はアレン様の背中に手を添えた。
そして、心の中で祈る。
(お願い。この人を、守らせて)
その瞬間、私の手から眩いばかりの白い光が溢れ出し、アレン様の全身を包み込んだ。
「……っ!? なんだ、この力は……体が、軽い……!?」
無自覚に発動した聖女の力。
「……っ、体が熱い、いや、力がみなぎる。カノ、君がやってくれたのか?」
アレン様が信じられないものを見るような目で私を振り返った。
その体からは、神々しいまでの白いオーラが立ち上っている。
驚いている暇はなかった。
聖なる光を纏ったアレン様が、襲いかかる魔物に向かって一閃。
ただの剣撃のはずなのに、光の刃が空を裂き、巨大な魔物を一瞬で光の塵へと変えてしまった。
「……すご……。戦闘力がカンストしてる……」
あまりの格好良さに呆然と立ち尽くす私の元へ、アレン様が駆け寄ってくる。
彼は剣を収めると、私の両肩をがっしりと掴んだ。
「カノ……! 君はやはり、聖女だったんだな。こんなにも温かくて、強い力は初めてだ」
「あ、アレン様、近いです……! あなたの力になれたなら良かったですけど……」
アレン様の目は、心底感銘を受けたようにキラキラと輝いている。
これまで「便利な仲間」として見ていた目が、今度は自分を支えてくれる唯一無二のパートナーを見る目に変わった瞬間を、私は腐女子の鋭い嗅覚で察知した。
(あ、これ落ちた。完全にフラグ立ったわ。しかも、アレン様のこの表情……『俺の聖女』って独占欲がチラ見えしてる気がする!)
周囲の騎士たちも、ざわざわと跪き始める。
「なんという浄化の力……」
「あの地味な身なりの女性が、これほどの……」
――ふん、地味って言ったブタ、見てる?
私の聖女パワーは、この国の第一王子を虜にするレベルなのよ!
さっきまで私を「地味だ」「本当に聖女か?」と疑った目で見ていた騎士たちが、手のひらを返したように色めき立った。
おいおい、さっきまでの冷遇はどこへ行った。
これがモテ期ってやつか? だけど、しもべたちよ。
私はアレンという男に惚れてしまったんだから、タイミングが悪かったわね。
と、心の中で毒づいていると、隣のアレン様の空気が一変した。
アレン様が私の腰を抱き寄せ、周囲を射抜くような鋭い視線で睨みつけたのだ。
「…..聞こえているぞ。カノを我が国の聖女として正式に迎えるのは当然だが――彼女のこの『姿』も『力』も、誰にも分けるつもりはない」
一瞬、私の世界から音が消えた。
「えっ……」
困惑している私を馬に乗せると(もちろん密着)、周囲の視線を遮るように自分のマントで私を包み込んだ。
「アレン様、近いです…..」
「しっかり捕まっていろ!」
城に戻るまでの道中、私の心臓は魔物との戦闘より激しく暴れていた。
そして城の門をくぐるなり、アレン様は馬を降りるのももどかしいといった様子で私を抱き上げた。
「アレン様!?」
「父上に、報告がある」
そのまま、玉座の間へと直行する。
「報告、ですか?」
「ああ。君を我が国の、いや――」
アレン様が私の目をまっすぐ見つめる。
「俺の聖女として、正式に迎えたい」
「……っ!」
胸が、熱くなった。
(俺の、聖女……)
その言葉が、胸に染みる。
玉座の間に入ると、国王様が待っていた。
「アレン。カノ。森での活躍、聞いたぞ」
「はい、父上。カノの力があれば、この国の瘴気を浄化できます」
「うむ。それは心強い」
国王様が満足そうに頷く。
「カノ。そなたを、この国の正式な聖女として迎え入れたい。それと同時に――」
国王様が意味深に微笑む。
「アレンの正妃として、迎え入れたいと思うが……どうだろうか?」
静まり返っていた広間で、背後にいた騎士たちが「おぉ……!」「ついに殿下が!」と一斉にどよめいた。
その反応で、アレン様は自分がしでかしたことに気づいたらしい。
いや、正確には――国王様がしでかしたことに。
「っ! ち、父上!? 何を勝手に!」
「何を言う。お前、さっき『俺の正妃』と言ったではないか」
嬉しいけど、まだ心の準備が――!!
「……正妃!? せ、せせせ正妃って、あの、つまり……結婚ってことですか!?」
私の声が玉座の間に響き渡る。
「っ! い、いや! ちがっ、違う! 聞き間違えだ! 俺は今、噛んだだけだ! せ、せ、せいじょ! 聖女だと言ったんだ!」
アレン様は両手をぶんぶんと振って、耳まで真っ赤にしながら、ガバッと私から視線を逸らした。
いやアレン様、めちゃくちゃ慌ててるじゃないですか。
声も裏返って、もはや裏返りすぎて超音波になってますよ。さっきまでのセクシーな低音ボイスはどこへ行ったんですか。
ああ、もう! 余裕たっぷりな独占欲からの、この余裕ゼロな赤面……。
ギャップが尊すぎて心臓がもたない!
(……いや、絶対言い間違いじゃない。あの目はマジだった! とりあえず、早急にこの世界のウェディングドレス事情、徹底調査始めまーーす!!)
*
それからの毎日は、まさに「華乃改造計画」だった。
午前中は聖女としての浄化訓練。
私の魔力は、アレン様を思うと爆上がりするという特殊な性質があることが判明。
おかげで国内の瘴気はみるみるうちに消え去り、私は慈愛の聖女として国民から拝まれる存在に。
中身はただの限界オタクなのに。
そして午後は、地獄のマナーレッスン。
「カノ様、背筋を伸ばして!」
「右足と右手を一緒に出さない!」
(むかつくけど、アレン様のためなら……)
厳しい教育係の視線にさらされながら、私は必死に地味じゃない、気品あふれる聖女を演じ続けた。
そんな私を支えてくれたのは、いつだってアレン様だった。
ある日の夜、訓練帰りの廊下で。
「……カノ、あまり無理をしていないか?」
アレン様が心配そうに声をかけてくれる。最近の彼は、あの「ズボン事件」以来、私を見る目がさらに熱を帯びている気がする。
「大丈夫です。アレン様の隣に並ぶためなら、これくらい……!」
そう言って笑ってみせた瞬間、視界がぐらりと揺れた。
ここ数日、聖女としての魔力訓練と、慣れないマナーレッスンのダブルパンチで、私の体は限界を超えていたらしい。
「カノ……!?」
アレン様の焦ったような声が遠くに聞こえ、私の意識は急激にシャットダウンした。
*
「……ううん……」
重い瞼を押し上げると、そこは見慣れた天井だった。
窓の外はすっかり暗くなり、月明かりが部屋を静かに満たしている。
(……私、せっかくマナーも覚えてきたのに、これじゃあ、アレン様に顔負けできない……)
情けなくて溜息をつこうとした時、右手に不思議な重みと、心地よい熱を感じた。
視線を落とすと――。
「えっ……」
そこには、私の手を両手で大事そうに包み込み、ベッドの脇で椅子に座ったまま眠り込んでいるアレン様の姿があった。
鎧も脱がず、いつもの完璧な身だしなみが少し乱れている。
「……あ、れん、さま……?」
私が指をわずかに動かすと、アレン様は弾かれたように顔を上げた。
その瞳は、いつもの冷静な彼からは想像もできないほど、切なさと後悔に揺れている。
「カノ! 気がついたのか……! ああ、よかった……。熱が下がらず、このまま目覚めないのではないかと、生きた心地がしなかった……」
アレン様が私の手を自分の額に押し当て、深く安堵の息を吐く。
その手が、かすかに震えていたのを感じた。
「ごめんなさい、アレン様。私、格好いいところを見せたかったのに、また迷惑を……」
「……謝らないでくれ。悪いのは俺だ。君がどれほど無理をしていたか、気づいていながら……君を失うかもしれないという恐怖に比べれば、マナーや作法など、どうでもいいことだったのに」
アレン様は私の手を放そうとせず、さらに力を込めて握りしめた。
「カノ。君が俺の隣に立とうと努力してくれるのは嬉しい。だが、君が元気で、笑っていてくれる。俺にとっては、それ以上に価値のあることなど、この世には存在しない」
いつもは凛々しい彼の声が、今は幼子のように脆い。
それは、私を失うことへの敗北宣言だった。
「……アレン様。……大好きです」
熱のせいで少し大胆になった私がそう囁くと、アレン様は一瞬目を見開き、それから熱に浮かされたような、ひどく甘い表情で微笑んだ。
「……ああ、俺もだ……」
*それから数年後*
数年前、魔物に追いかけられ、パンツ一丁で第一王子と対面したあの日。
私の人生は「地味聖女の国外追放」という最悪のスタートから、想像もしていなかった最高潮へとたどり着いた。
かつて脳内で勝手に上映していた妄想のスクリーンが、今、現実となって目の前に広がっている。
天井の高い大聖堂には、色鮮やかなステンドグラスから聖なる光が降り注ぎ、私たちの足元に宝石のような影を落としていた。
「あなたはこの者を愛し、慈しみ、その命ある限り、一生を共にすることを誓いますか?」
神父様の厳かな問いかけに、私は隣に立つ男性を見上げた。
かつて森で私を救ってくれた黄金色の髪は、今日も眩しいほどに輝いている。
「はい、誓います」
アレン様の声は、あの日の照れ隠しで裏返った声とは違う。
深く、どこまでも真っ直ぐに私の芯まで響くような、決意に満ちたテノール。
「私も、誓います」
私が答えると、アレン様がゆっくりと私のベールを上げた。
現れた私の顔を見て、彼は一瞬だけ、かつてのように耳を赤くして微笑む。
「……綺麗だ、カノ」
その囁きと共に、彼の手が私の頬に添えられた。引き寄せられる距離。交わる視線。
触れ合った唇は驚くほど柔らかく、重ねられた熱に、私の視界は幸福感で白く染まっていく。
妄想の中のチューとは比べものにならない、体中の魔力が弾けるような、甘く、痺れるような感覚。
教会の鐘の音が、私たちの新しい門出を祝うように高らかに響き渡った。
しかし、感動の余韻に浸る暇もなく、翌朝の私たちは……馬にまたがっていた。
「よし、カノ。準備はいいか?」
「はい! どこへでもお供しますわ、私の王子様!」
普通なら南の島でバカンスなはずの新婚旅行だが、行先は国境付近の「魔物大発生地帯」。
アレン様は聖剣を携え、私はフリフリのドレスを脱ぎ捨てて、動きやすさ重視の聖女装束に身を包んでいる。
「すまないな、せっかくの新婚旅行なのに。だが、君の力と俺の剣があれば、一気に片付くだろう?」
「いいえ! 二人の共同作業で、瘴気ごと全部ぶっ飛ばしてやりましょう!」
アレン様の腰にぎゅっと腕を回し、密着して馬を走らせる。
「アレン様、もし早く終わったら……その、ゆっくりお酒でも飲めますか?」
「ああ。……それから、夜は二人きりで、あの日聞けなかった『一生養って』の続きをじっくり聞かせてもらおうと思っている」
「……っ!? ま、まだ覚えてたんですか、それ!!」
かつて地味だと言われた少女は、今、世界で一番贅沢な「推しによる溺愛」という名の報酬を受け取っている。
私たちの戦いとラブラブ生活は、まだ始まったばかりだったーー
*
一方、その頃――。
華乃を追い出した最初の国は、未曾有の危機に陥っていた。
唯一の希望であった【聖女】を地味だという理由で放り出した結果、国中の瘴気は膨れ上がり、大地は枯れ果て、魔物の群れが王都を包囲していたのだ。
「ひっ、ひぃぃ! 聖女! 聖女を呼び戻せ! 謝礼は弾むと言え!」
玉座にしがみつき、脂汗を流して叫ぶクソ豚国王。
しかし、駆け込んだ兵士の報告は絶望的なものだった。
「無理です! 聖女カノ様は現在、アルゼン王国の正妃として、アレン王子の隣で微笑んでおられます! 王子からは『我が聖女を侮辱した不届き者に、貸す慈悲などひとかけらもない』と絶縁状が届いております!」
「そんなバカな……あんな地味な女が、隣国の至宝になっていただと……!?」
国王の悔し紛れの叫びも虚しく、その国は歴史から静かに姿を消すこととなった。
彼らが最後まで気づかなかったのは、華乃の聖女としての魔力が強大すぎて、凡人の目には地味にしか見えていなかったという皮肉な事実だけだった。
のちの歴史の1ページにこう刻まれた。
『救国の聖女・カノ。彼女の祈りは大地を癒やし、彼女の自由奔放さは、20年無敗の鉄壁を誇った第一王子の心を、出会って数日で粉々に砕いたという』
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
本作は一旦ここで区切りとなります。
「甘い」「尊い」「この二人、好きかも」
そんなふうに少しでも感じていただけたら嬉しいです。
反応を見つつ、続きを書くことがあれば、またお会いできたらと思います。




