報告書番号:10101 : 「天竜川を渡れ」(1)
"Civil War Erupts in Japan; Fighting Breaks Out Along Hokuriku Border"
Japan's 40 years of peace came to an end with the clash between JDF and PRA
- Daily World Report, Apr. 16, 1985
「日本で内戦勃発、北陸国境線で交戦」
日本の40年の平和に終止符、国防軍対革命軍との衝突により
- デイリー・ワールド・レポート 1985年04月16日付
1985年04月24日 0530時---
悪路で揺れるトラックの中、排ガスの匂い包まれながら、
俺は荷台に作られた席に座り、配属先の移動中、新兵訓練の事を思い出していた。
名古屋を旅立ち、義憤から思い描いていた俺の理想は、一日もせず崩れた。
新兵キャンプに到着すると言葉の違いから、「西東京から来たお坊ちゃん」と見られ、
周囲の同期の連中は、俺に対し、影で薄ら笑いをされる様になった為だ。
また指導教官も俺をそんな風に見ていた様で、俺を「東京もん」と呼ぶ様になり、
訓練中も指導と称して罵声を浴びせられたり、訓練の達成基準が周囲より厳しくされる等の「しごき」の様な事も日常茶飯事だった。
よく、「同期の桜」とか、「同じ釜の飯を食った中」というが、俺は周囲の連中に対して、
そんな気持ちになる事はなく、訓練所の中でも居場所は無く、俺は孤独だった。
正直、爺ちゃんが言った通り、さっさと除隊申請をすれば良かったかもしれない。
だけど、爺ちゃんと交わした握手や、別れの際に泣き崩れたお袋の姿や、
親父との約束を思い出し、おめおめと逃げ帰る事も出来なかった。
年明けの「墨田区事件」を切っ掛けに東西の緊張が高まった為に、
訓練期間も短縮された様で、駆け足に進む訓練内容は目まぐるしく変わっていく。
そんな中、四月の始め、西日本有志による義勇兵が、東日本の人民革命軍に捉えられ、
激しいリンチを受けた後に殺されるというニュースが入ってきた。
亡くなった彼等の一人でひそかにホームビデオを撮影していた為、
虐殺された場面が残っており、これを見た西日本世論が一気に沸騰する事となり、
東日本に対する武力介入も必要やむ得なしという意見が広がる様になる。
いつも小馬鹿にしてくる関西出身の同期も、この時ばかりは、
苦虫を嚙み潰したような厳しい表情をし、ニュースを報じるテレビの画面を注視していた。
そして四月の半ばには、東日本から脱出しようとした亡命者達を追い、
彼等を射殺しようとした人民革命兵が発砲した流れ弾が、国防軍国境警備兵に当たり、
二人が死傷する事件が起き、この対応を巡って、東西日本政府が対立。
東日本政府は事件の原因は、西日本をはじめ西側陣営の工作の物であり、
その様な欺瞞は断固として許されず、西側の不誠実な対応には断固拒否するとし、
東西日本の外交チャンネルを一方的に破棄。
その直後に、東日本の人民革命軍が新潟から金沢方面に向かって進軍、
そこで国防軍と交戦が起き、実質的な日本が再び戦火の火蓋を切る事となる。
革命軍の金沢侵攻では、国防軍は革命軍を撤退させる事が出来たが、
その直後に反攻作戦として、今度は国防軍が浜名湖北部の停戦監視区域や
軍事境界線である都田川を超え、浜松への進軍を開始する。
これが現在の国内の状況で、もはや俺が名古屋に戻る術は無くなった。
頼みの国連は米ソの対立で機能せず、「国連停戦監視団」とやらは、早々と撤退。
この時、日本という存在が国際社会にとって「どうでも良い存在」なのだと、
改めて思い知らされる事になった。
そして、ほんの数日前、俺の新しい配属先が決まった。
俺は、大阪や中国地方、九州地方等の後方支援部隊に配属される事を願ったが、
現実は無情にも浜松戦線の部隊に配属が決まったのだ。
先日の浜松の戦闘で兵力の損耗が激しく、急遽、増援が必要となり、
その役目が俺に回ってきたのである。
俺に対して強く当たってきた指導教官も、この時ばかりは、俺の事を気の毒そうに
扱ってきた事が、逆に俺を苛立たせた。
配属先が決まった夜、俺は気分は乗らなかったものの、
流石に連絡はしなければならないと思い、公衆電話に向かい、親の元に電話をかける。
「もしもし、俺だよ。悟だよ。」
電話が繋がり次第、俺は受話器に話しかける。
「もしもし、悟なの? 今何処なの、大丈夫なの?」
受話器の先に居たのはお袋で、心配そうに話しかけてくる。
「大丈夫だよ。今は訓練所。今日、配属先が決まったから連絡したんだ。」
俺は、お袋を安心させようと、出来るだけ落ち着いた声で話しかける。
「えっ、本当。それで一体、何処なの?」
お袋は少し驚いた後、配属先を聞いてくる。
「大阪の部隊みたいだから、多分、後方支援になると思う。
弾薬の運搬だったり、雑用とかになるとは思うけど。」
俺は適当な嘘をつく。本当の事を言えば、お袋を泣かせてしまう。
「・・・そう、わかったわ。お父さんに代わるわね。」
お袋は電話を親父に代わろうとする。
「ごめん。後ろに人が並んでいるから、もう切るね。
また落ち着いたら連絡するよ。」
そう言って、俺は電話を切ろうとした。
本当は俺の後ろに人なんて居ない。
自分の本心を知られない様に、そして心が折れない様に適当な嘘を重ねる。
「ちょっと待って---」
お袋の制止も聞かず、俺は受話器を置いた。
気がつけば、時刻は消灯時間近く、静まり返った廊下には誰も居なかった。
そんな事を思い出していると、トラックはブレーキ音を鳴らしながら減速する。
そして停車すると、班長から下車する様にと怒号が飛ぶ。
俺は小銃を握りしめ、トラックを下りると見えてきたのは、忙しく走り回る兵士達と、
遠くから聞こえる銃声、そして硝煙の匂いだった。
そこにあったのは「戦場」---
俺は、もう戻れない場所まで来ていた。




