報告書番号:10006 : 「墨田区事件」(6)
正月休みが終わり、本来なら東京に戻っていたはずの俺は、
まだ名古屋に残っていた。
国防軍に志願した事が一番の理由だが、
東東京の墨田区で起きたデモ隊と治安当局との衝突で、
学校が無期限の休校になり、西東京に戻る意味も無くなっていた。
その後も、東東京では双方の衝突で死傷者が発生し、
西東京では東東京からの亡命者が急増していた。
先日に至っては、東西東京の国境検問所に、数千から数万の
亡命者が西東京に向かって突進し、国境検問所が麻痺する事態となった。
また、西東京側では、多くの外国人や市民達が東京から脱出しようと空港等に人が押し寄せ、混乱が続いていた。
西日本政府も、この事態を重く見ており、大型旅客船等を使って、
西東京からの避難を実施を初めているが、
人口が数百万人を抱える西東京では、
正直言って、とても追いつくような内容ではない。
外交面でも、西日本政府は東東京市民への弾圧を強く避難すると共に、
西東京市民への安全を約束する様に迫り、
東日本政府側は、西日本側等の欧米諸国の民衆を扇動した結果だと非難。
原因は、西日本側にあると反発し、互いに責任の押し付け合いをしており、
事態の改善は、絶望的な状況である。
頼みの米国やソ連も、東西日本政府双方に自制を求めたり、なだめる様な行動はしているが、東西日本の緊張の高ぶりに引っ張られ、歯止めが利かない状況でもあった。
そんな中、俺は、去年までの様な「日常」は、もう戻らないのだろうと思い始めていた。
そして、両親も口には出さないが、同じ事を思っている様で、
俺に対して、何か言いたい事がある様であっても、それを避け、
また、二人の態度も何処か余所余所しさを感じさえ感じる所もあった。
軍の入隊志願から一週間程後、招集案内の葉書が届く。
日時は二週間後の朝、最寄り駅前に集合との事だ。
それを見たお袋が、ひそかに泣いていたのを俺は見てしまい、
また、その頃、親父も俺を避ける様に、連日遅くまで残業をする様になっていた。
窓から外を見ると、今にも雪が降りそうな曇天模様の空が、俺の心を映している様に思えた。
ニュースでは、墨田区での衝突の主な原因は、東東京市長の安易な治安維持部隊の要請だと報道があった。
理由としては、人民革命軍の介入があれば、墨田区や江東区でのデモは収まるだろうとの、東東京市長の甘い算段と、自身の立場の保身が理由だとの事だったが、それが逆に、民衆の反発を招いたのだろうとの事だった。
また、民主化レジスタンスや活動家学生等の西東京市民が義勇兵となって、東東京へ向かい戦っているとの報道もある。
ただ、そんな事は、今となってはどうでも良い事で、
東東京の膠着した事態の打開が何よりも望まれる事であった。
しかし、一度動き出してしまった歴史の流れは止める事は出来ず、
時間が経つにつれ、東西日本の緊張は高まっていった。
招集日の数日前になると、東東京市民の抵抗は荒川を超え、東日本全体に拡大する様相を見せていた、
この頃になると、東日本政府も民衆に対する監視や弾圧等も激しくなり、浜松等の軍事境界線を超えて来る、東日本からの亡命者が急増していた。
その頃、正月に爺ちゃんが近所に頼んで撮ってもらった、家族写真が家に届く。
それぞれ、俺と両親の分として送ってくれたのだ。
それは、伊勢神宮で祈祷をしてもらったもので、俺達家族の無事と安全を願い、
そして、俺のお守りとしての物だった。
そして招集日当日、朝早くから身支度を済ませ、
ボストンバッグに詰めた衣服等を改めて確認する。
そして、御握りと味噌汁といった簡単な朝食を済ませると、両親と共に家を出る。
俺は見送りは必要無いと言ったが、お袋が付いて行くと言って聞かず、
親父までも仕事を休んで見送りに来るという。
正直、物凄く恥ずかしいかったものの、流石に無碍にも出来ず、
また、昼の弁当まで用意しようとする、お袋を止めるのにも難儀した。
集合場所の駅前まで着くと、お袋の小言がアレコレと始まり、
適当に生返事を返しながら、小言を聞き流していた。
集合時間ぴったりに迎えのバスが着き、中から迷彩服の兵士が降りて来る。
「君が、中村悟くんだね?」
俺の名前を呼び、確認する。
「はい!中村悟です。」
俺は、元気良く返事をする。
「じゃぁ、バスに乗って。」
担当の兵士にバスの中に入る様に促される。
いつの間にか、お袋が俺の腕を握っていた事に気が付く。
「行って来るね。」
二人に俺が別れの挨拶をすると、お袋の握る手が強くなる。
お袋は、目に一杯の涙を溜め、無言で引き留めようとする。
「お母さん、申し訳ないんですが、時間が押してますので。」
担当の兵士が困惑しながらも、お袋に手を放す様に促す。
「悟。無事、生きて帰って来いよ。」
親父は、お袋に手を放す様、手をお袋の方に乗せ、
一言、俺に約束を迫る。
「ああ。わかった。」
俺は一言、短く返事をした。
俺がバスに乗り込み、両親の方を見ると、お袋の肩に手を乗せ続けこちらを見る親父と、
涙を流しながらこちら見るお袋が見えた。
そして、バスが動き出すと、お袋は倒れる様に泣き崩れ、それを親父が抱き支えていた。
その光景を見た俺は、自分の決断が正しかったのかと、胸が締め付けられる様な感覚と、
そして、また無事に二人と再開出来るか、不安を抱く形で、旅立ちを迎えるのであった。




