報告書番号:10003 : 「墨田区事件」(3)
「きゃあああ!」
「逃げろ!逃げるんだ!」
テレビには、西東京側の報道陣が悲鳴を上げ、混乱した様子が映し出される。
永遠に続くと思った、自分達の平和と繁栄が壊れていく瞬間であり、
また、西東京という場所が、東日本という飢えた猛獣に囲まれた
「砂上の楼閣」に過ぎなかった事に気が付く瞬間でもあった。
俺は、テレビに映し出された惨状を目の当たりにして、焦燥に駆られる。
俺達の「故郷」が壊れていく・・・
俺達の「居場所」が無くなって行く・・・
俺達の「世界」が失われてしまう・・・
そう思うと、居ても立っても居られなくなってくる。
俺は何も出来ないのか?
俺に出来る事は何かないのか?
俺の手で、東京を守る事は出来ないのか?
ふと、その考えが浮かぶと、思わず玄関に向かっていた。
「ちょっと出かけてくる」
台所にいるお袋に向かって一言声をかけ、そのまま出かけようとすると、
「悟、何処に行くの?」
お袋が、こちらを向かずに聞き返してくる。
「駅前の所まで」
自分の胸の内を知られたくなかったので、俺は適当に答えた。
「駅前?買い物でも行くのか?」
リビングに居た親父が廊下に出てきて、俺に訊ねてくる。
その質問に俺は少し戸惑い、言葉を詰まらせた。
「悟。お前、一体、何を考えている?」
俺の態度がおかしい事に気が付いた親父が質問を続ける。
「軍の募集案内所だよ。国防軍に入ろうと思う。」
俺は、これ以上は隠し通すのは無理だと思い、胸の内を打ち明ける。
台所にいたお袋が慌てた様にこちらに向かって、
鬼の様な形相で俺に怒鳴って来る。
「軍隊なんて、あなた何を考えているの!?」
「お前が出て行った所で一体、何が出来る!?」
親父も、俺を睨みつけ怒鳴りつける。
「東京が、俺達の故郷が無くなるかもしれないんだぞ!?
このまま放っておけって言うのか!?」
俺も親父を睨み返し答える。
「それは軍や政治家の役割だ!
例え俺達が、出て行った所で役に立てる訳がない!
お前は、それくらい解らないのか!?」
親父は、少し呆れた表情を含み、言い返して来る。
「そうやって、誰かの責任に擦り付けて、安全な場所で好き勝手言って、
東京の人達を見殺しにするのかよ!」
俺は吐き捨てる様に、親父に言い返す。
その言葉を聞いた親父は小さく身震いをし、俺に平手打ちを食らわせきた。
「俺が・・・、俺達が、
一体、どんな気持ちで、ここまで頑張ってきたと思ってるんだ!?
何も知らない、甘ちゃんのお前が好き勝手言うな!!」
親父は奥歯を噛みしめ、これまで見た事もない形相で俺を睨み付けてくる。
「もう二人ともいい加減にして!」
お袋が叫ぶ様に怒鳴り、俺達の口論を止めようとする。
「悟、謝りなさい!」
お袋が俺に対し謝罪をする様に促すが、こちらとしては納得出来る訳がない。
俺は親父を突き飛ばし、家の外に飛び出す。
「うっ!」
親父は突き飛ばした勢いで壁に背中を打ち付け、痛みで声をもらす。
「悟、待ちなさい!」
お袋の制止の声を後にして、街へと走り出す。
何故、二人とも俺の気持ちを解ってくれない!
何故、二人とも俺達の居場所を見殺しにするんだ!
俺は、怒りと悲しみで心が潰されそうになる。
現実に向き合わない、両親に対してやるせない気持ちと、言いようの無い怒りを覚えた。
そんな思いで駅前にある軍の募集案内所にたどり着く。
案内所に居た制服姿の兵士たちも部屋にあったテレビに食い入るように見つめていたが、
俺が入って来ると知ると、少し驚いた様子で対応してれた。
対応してくれた兵士が、テレビの方を向き、
「今、こんな緊迫した状況で、君の様な愛国心がある
若い人が入隊を志願してくれるなんて嬉しいよ」
と言ってくれたが、彼等もまさか、こんな状況が起こるとは思ってもいなかった様だ。
いざ、入隊願書に記入する際には、流石にボールペンを持った手が震え、
綺麗に記入する事は出来なかったが、一通りの記入を済ませ、案内所を後にした。
帰路につき、自分の行為は間違った事なのか、改めて考えてみたが、
俺には、未だ納得出来ていなかった。
家に戻ると、真っ先に二人が玄関に飛び出し、俺の様子を身に来る。
そして、俺の手に入隊願書の控えを持っている事を知ると、
お袋は泣き崩れ、親父は天を仰ぐように上を見上げた。
その姿に俺の決意と行動が、間違った行為なのかという、
疑念が自分の中に芽生てくるのだった。




