報告書番号:10002 : 「墨田区事件」(2)
翌日。
隅田川沿いに次々と東東京の市民達が集まり、抗議の声を上げていく。
「白髭橋の悲劇を許すな!」
「人民に自由を!」
「東京を解放せよ!」
「日本を解放せよ!」
等と、シュプレヒコールを叫ぶ姿がテレビに映し出される。
それに対し、公安警察の部隊は道路を立ち塞ぐ様に並び、
デモ隊を威圧するかの様にしていた。
「無許可集会は許されていない!直ちに解散せよ!」
「諸君らは、反革命的行為に接触している!」
「これは決して脅しではない!繰り返す、直ちに解散せよ!」
と、市民達の行動に対し、威嚇する様な強硬的な態度を見せていた。
その状況を隅田川の堤防で撮影する西東京のテレビ局を始めとする報道陣が並び、
彼等は目の前の東東京で起きている「事件」を放送する事に躍起になっている。
「あちらをご覧ください。
東東京の公安当局は、市民を威嚇する様な対応をしています!」
テレビカメラの前のリポーターは、センセーショナルに状況を伝えていく。
それでも、東東京のデモ隊は引かないどころか、
時間が経つにつれ、益々、人数が増え、デモ隊の規模が大きくなっていった。
テレビを食い入る様に見る俺を横目に、
「物騒な世の中にならなければ良いのだけれども・・・」
と、相変わらず他人事な様子のお袋と、
何も言わず、ただ渋い顔をしながら画面を見つめる親父の姿があった。
しばらく時間が経った頃、突然、リポーターは警官隊の後ろを指を差す。
「特務警察です!小銃を手にした特警部隊と装甲車がやってきました!!」
唸る様なエンジン音を響かせ、建物の裏から出てくる黒く塗られた車両列と、
その奥には、黒い制服とヘルメット、顔を覆うマスクをした集団、
なにより、彼らの手には自動小銃があった。
東日本の「特警」と呼ばれる、暴動やテロに対処する為の武装警察部隊である。
彼等のその異様な姿が、デモ隊を少しの間、沈黙させる事になる。
それでもデモ隊は臆する事なく、再び抗議を続け始め、
両者一歩も引かず、冬の張り詰めた冷たさの様な睨み合いが続いていった。
緊迫した状態は、夜になっても続き、デモ隊は江東区まで広がっていく、
そして事態が動き出したのは、翌朝になってからだった。
今までのデモ隊とは別のシュプレヒコールを上げる群衆が現れたのだ。
「東京の平和を取り戻せ!」
「秩序あっての平和だ!」
「平穏を取り戻せ!」
平穏の願いを叫ぶ男達、その言葉とは裏腹に、彼等の身なりは、
着崩した服装、鋭い目つき、どう見ても素行の良さそうな人間には見えない。
いわゆる「チンピラ」といった風貌である。
そして、何より彼等の手に持つ鉄パイプやハンマー等の大型の工具が、
自分達の言葉が「嘘」だと物語っていた。
警官隊もチンピラ達を制止せずに、デモ隊の前に通していく。
チンピラ達がデモ隊の前に到着すると、デモ隊に怒号の様な罵声を浴びせ、
手持ちの道具を威嚇する様に、地面に叩きつける。
しかし、デモ隊はチンピラ達に動じず、自分達のシュプレヒコールを続ける。
もし、デモ参加者が手を出せば、警察隊は、デモ隊を一斉に拘束、
逮捕しようと考えている事が目に見えて解っていたからだ。
また、チンピラ達も万が一、乱闘に発展すれば、デモ参加者の圧倒的な数を前に、
自分達の身の安全は無いと感じていた為、デモ隊に手を出す事を躊躇していた。
昼前になると、地響きの様な振動と、ガラガラと大きな音を立てて装甲車が登場し、その後に濃緑の制服を着た集団が登場して来る。
憲兵から成る治安維持部隊である。
流石のデモ隊も緊張の頂点に達するが、引くことなく、抗議活動を続けていく。
その均衡が崩れたのは、昼過ぎになってからだった。
デモ参加者とチンピラ達の対峙で、デモ参加者が転倒した事で、小競り合いに発展。
怒りの頂点を超えたデモ参加者達は、鈍器を持つチンピラ達に臆する事もなく抵抗し、
さらには、警官隊との衝突までに事態は悪化していく。
いかに武器を持ち、千人以上の人数が居ようともチンピラ達や警官隊、治安維持部隊も、
怒りに満ちた数万の民衆相手には対応する事は難しく、事態の混乱は深刻さを増していった。
極度の緊張状態に耐えられなくなった憲兵の一人が、手に持っていた自動小銃を発砲してしまい、
デモ隊だけではなく、特警を含む警官隊に当たり、死傷者を出してしまった事で、
事態が「蜂起」へと発展、警官隊も治安維持部隊と睨み合い、
デモ隊の中に潜んでいたレジスタンスが、治安維持部隊や装甲車等に火炎瓶を投げつける等の行動に発展。
もはや、制御不能状態と見た、一部の治安維持部隊が発砲、また火炎瓶を投げつけられた装甲車が砲弾を発射する等、混乱が混乱を呼ぶ状態。
これらの銃弾や砲弾の流れ弾が、西東京側にも当たり、死傷者や建物等に被害を及ぼす事になる。
東東京の事件を「対岸の火事」と見ていた西東京の市民達も「当事者」となり、
それまで他人事と思っていた、武力衝突の余波が「現実」を突きつける形で現れたのだ。
東東京の人々の心に燻っていた火種が枯草に着き、
冬の乾いた草原を燃やす様に広がっていく。
もはや、その勢いは何者にも止める事は出来なくなっていた。




