報告書番号:10001 : 「墨田区事件」(1)
“East Tokyo Awakens: Regime Requests National Guard Deployment”
Large-scale pro-democracy demonstrations erupt in East Tokyo.
Tension mounts in Tokyo. East Tokyo Gov. maintains hardline stance.
- Daily World Report Jan. 3, 1985
「東東京の覚醒:政権は治安維持部隊に派遣要請」
東東京市民による大規模民主化デモ発生。東京に緊張が走る。
東東京政府は強硬姿勢を崩さず。
- デイリー・ワールド・レポート 1985年 1月 3日付
1985年、年明け。
その澄みきった冬の青空は、地元、西東京も、ここ名古屋も変わらない。
けれど、その空の先に、身を突き刺す様な冷たい運命が待ち受けているとは、
俺はまだ知らなかった。
「俺」こと中村悟は、西東京に住む学生。学校が卒業間近にも関わらず、卒業後の進路も決まらず、残りの学生生活を何となく過ごしていた。
そして、半年前に両親が転勤で名古屋に引っ越したため、親の居る名古屋で学生最後の冬休みを過ごそうと、西東京から出て来ていたのだ。
悟の母親が部屋の前で、彼の事を呼ぶ。
「悟~。さとる~。いつまで寝てるの!
さっさと起きて、朝ごはん食べちゃいなさい!!」
「は~い・・・」
俺は気だるそうに、返事をした。
食卓に着くと、親父は仕事着に着替えていた。
「親父、今日も仕事なの?」
正月三が日にも関わらず、仕事なのかと質問する。
「ああ。設備更新で立ち合いが必要になったからな。」
ぶっきらぼうに親父は答えた。
ふと、テレビのニュース番組を見ると、西東京からの眺めが映し出される。
「先月24日未明、隅田川国境線白髭橋検問所で、
東日本人と思われる男女二名が亡命を図ろうとし、
東東京国境警備隊により射殺されました。この事件により・・・」
一週間程前に起きた、恋人達による悲劇の逃走劇。
見慣れた風景には、若い男女が橋の上で、銃撃され息絶える映像。
この衝撃的な内容は、繰り返し放送され、
初めて、その光景を目撃した俺は、その衝撃の大きさに、
心に小さなヒビが入った気がしたのだ。
そして、その亀裂は次第に大きくなり、いつか自分の心が音を立てて
崩れ去ってしまうのではないかという予感があった。
「本当に怖いわよねぇ~。こっちに来れて本当に良かったわ~。」
などと、お袋は呑気そうにテレビを見て話している。
「若い二人とはいえ、全く無謀な事を・・・」
親父は、少し困惑した表情をして答えた。
確かに、西東京に亡命を試みようとする東日本人は後を絶たない。
しかし、自分と同じ世代と思われる二人が呆気なく殺された事に、
俺の中に言い様の無い気持ちが芽生え始める。
そして、この先、とんでもない事が起きるのではないかという気がしていた。
しかし、両親の二人は、まるで自分達には関係の無い、遠い国の事の様に話している。
その事に、俺は強い違和感を感じていた。
食い入るようにテレビを見る俺に対し、親父が俺に話しかける。
「悟、卒業後はどうするんだ。
俺達が名古屋に転勤になった事は、申し訳ない事だと思うが、
だからといって、仕事に就かず、プー太郎して良い理由にはならん。
一年間は面倒を見てやるから、その間に就職先を決めろ。」
「・・・解ってる。俺だって考えていない訳じゃない。」
その言葉は、冷や水を浴びせる様に、俺の置かれた冷たい現実を見せつけるものだった。
「ほら。二人とも、早く片付けちゃって。
あなたも、そろそろ時間じゃないの?」
お袋が呆れたように、俺達のやり取りの間に入り、仲裁に入る。
「おお、もうこんな時間か。そろそろ支度して行って来る。」
親父が少し慌てた様に洗面台に向かい、身支度を始めた。
「悟。もう、貴方も大人になるんだから、
自分の事は自分で決めないといけない年齢なのよ。」
お袋は、俺に対して追撃の小言を食らわせてくる。
「うん・・・解ってる。」
仕方なく、俺は返事をする。
昨年末に起きた「東京起きた悲劇の愛の逃避行」は、
日本の東西分裂後、乾ききった東西日本人達の心の奥底に火を灯していく。
小さな火種が枯草が覆う草原を炎の海に変える様に、
また東西に別れた日本も、次第に再び戦火に包まれる事になってゆくのである。




