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鍔の上  作者: ak10
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最終章 春の下で

三月、街を吹き抜ける風はまだ冷たかったが、陽の光には確かに春の気配があった。

友達づてに噂が広がり、「帯刀するなら所作を整えておきたい」という理由で見学や入部希望者が現れた。しかし所詮は素人の集まりで、部員全体で何かを形にできるほどではなかった。


遥たちは時折、神社脇の古びた集会場に足を運び、所作の指導を受け、年配の人々の語る知識に耳を傾けていた。

ある日の稽古終わり、刀匠の一人がふと思い出したように声をかけてきた。


「そうだ、お前たち。来月の“文化祭”で軽い演目を頼めんか。

 教えた所作を見せるだけでいい。若い子がやるほうが、客も興味を持つだろう」


突然の話に三人は目を見合わせたが、断る理由もなかった。

こうして、刀鍛冶の文化祭に演舞部として参加することが、いつの間にか決まった。


目下の目的ができると、遥たちはようやく「普通の高校生」に近づけたような気がした。

これまで同級生とはどこか温度差を覚え、心のどこかで縮こまりながら過ごしていた日々が、少しずつほどけていくようだった。

胸の奥に張りついていた緊張が和らぎ、未来の話を笑ってできるようになった。

そんな矢先だった。

県内で――「刀は暴力の象徴だ」と叫ぶ自称平和活動家が鍛冶場を襲撃したというニュースが飛び込んできた。

テレビには、破壊された看板、怒号を上げる活動家、呆然とする職人たちの姿が映っていた。

似た事件は以前から報道されていたが、身近に迫っていたとは思いもしなかった。

遥はダイチとナオキを誘い、ユウイチのいる鍛冶場を訪ねた。


開口一番、心配していることを伝えると、


「子どもが気を使うほどヤワじゃないよ」


と職人たちは笑った。だが、その笑いはすぐに途切れる。


「……だけどよ。残念だけど、今度の文化祭は中止になった」


自治体や運営団体に脅迫めいたメールが届き、開催が不可能になったのだという。

目標が突然消えた三人には、そのあとの会話が耳に入らなかった。

帰り道。


「……やっと形になってきてたのに」


ダイチがぽつりと呟いた。

ナオキでさえ、怒りよりも、どこか力の抜けた顔をしていた。

それから数日、部室には沈黙だけが支配した。

練習する気にもなれず、机に向かっていても集中できない。

何をしても虚しさが先に来る。

その日も、手持ちぶさたのまま部室を出て、遥は早めに帰路についた。


夕暮れの駅前で、不意に耳に入る声がある。


「週末、県庁前のアンチ帯刀令デモに参加しよう!」


配られるチラシ。どこか熱に浮かされた声。

遥は歩みを止めた。胸の奥がざわつく。


週末。

胸騒ぎは的中した。

県庁前広場はシュプレヒコールに包まれ、横断幕が乱舞し、異様な熱気と怒号が渦巻いていた。

活動家と、それに感化された市民が入り混じり、押し合いへし合いが波のように繰り返される。

そして――誰かが転倒した。


叫び声。

プラカードが武器のように振り回され始める。

暴動。

その言葉が浮かんだ瞬間、遥は人だかりの向こうに見覚えのある背中を見つけた。


「ナオキ!? ダイチも……!」


二人もこの混乱を見に来ていたのだ。

互いに驚きつつも、すぐに状況の異常さを共有する。


「離れたほうがいい。でも……やばいな、これ」


ナオキが低くつぶやく。

そのとき――。


ガチャンッ。

金属音が響き、一部の暴徒が抜刀した。

刃を掲げて周囲を威嚇する。

逃げ惑う人々。

泣き叫ぶ子ども。

空気は薄い氷の膜が割れるように張りつめた。

遥は反射的に――いや、本能的に指先を柄へ導いていた。

理由は説明できない。ただ、誰かが傷つくのを見たくなかった。

ナオキもダイチも同時に刀を抜いた。

夕刻の光に三本の刃が並ぶ。

立ち合い寸前の沈黙。

三人の身体は自然と“構え”を取っていた。


次の瞬間、遥の脳裏に、鍛冶場で学んだ所作の記憶がよみがえる。

能舞の稽古で感じた「間」。


「……いくぞ」


ナオキが低く囁く。

示し合わせたわけではない。

だが同時に、三人は肩の力を抜き、ゆるやかに構え直した。

柔らかく、静かで、凪のような一歩。

呼吸の合う、滑らかな振り。

三人の形のない”演舞”に暴徒の動きが止まり、ざわめきが収まり、誰かの息を呑む音すら聞こえる。


「……何だ、あれ……?」


怒気を冷ますかのように、周囲が静まっていく。

だが――。


「ふざけるなッ!」


怒号とともに、暴徒の男が遥の腕を掴んだ。

強く引かれ、倒れそうになる。


「遥!」


振り返ったナオキの肩へ、プラカードの棒が叩きつけられた。

逃げ惑う人、倒れる人。

その混乱の中、スマホを掲げる人たちの姿があった。

数分後にはSNSへ飛び、その夜にはテレビニュースのトップとなる。


『暴徒に立ち向かう高校生三人』


<暴力に立ち向かう象徴としての抜刀と、彼らの立ち姿――美しいではないですか>

<非常に危険な行為だ! 美化してはいけない!>

<刀は道具でしかない。結局は使う者の心の問題だろう!>


つい数時間前のことなのに、遥はまだ熱気の残るままソファに沈み込み、動けずにいた。

刀を恐れの象徴として振りかざす大人たちに対し、刀を“自分の在り方”として扱おうとした自分たちの姿を思うと、口元がわずかに緩む。


ふいに画面が切り替わる。

総理大臣が会見に応じていた。

バカ総理と揶揄されてきた男。

だがこの日、彼は言葉を噛みしめるように語った。


「帯刀令を発令して、もうすぐ二年になります。

 刀匠をはじめ、多くの方にご尽力いただき、帯刀率は七〇%を超えました。

 私の名で始めた帯刀令ですが……刀を持つという行為は、“暴力の正当化”ではありません」


この日、帯刀令の真意が、初めて彼の口から語られた。

刀の意味は、誰かに決められるものじゃない。

これから自分たちが探し続けるものだ。

春はすぐそこにある。

桜のつぼみが、静かに膨らみ始めていた。

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