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鍔の上  作者: ak10
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第七章 俺たちの時代

十一月の風は、思っていたよりも冷たかった。

廊下の窓から見える夕暮れは早く、校庭の端で野球部が声を張り上げているのをぼんやり眺めていた。

吹奏楽部の合奏や、運動場からの声が、どこか遠くの世界の音のように感じられる。

腰の模造刀が少し重い。慣れたはずのその重さが、最近また気になっていた。


担任に任せられた雑務を終えて、教室から出るのがいつもより遅くなった。

校内の売店に寄ったのは、ただなんとなくの気まぐれだった。

温かい缶コーヒーを買って自販機の前で開けたとき、少し離れたベンチで座っていた先輩がこちらを見て、ふっと笑った。


「鞘が使い込まれてるけど、その刀、よく抜いてるのか?」


飄々とした見た目だが、低く落ち着いた声だった。


「え、あ……これですか」


思わず自分の刀を見下ろす。


「指にタコできてるじゃん。素振りしてんの?」


「まぁ、ちょっとだけ……癖みたいなもんです」


先輩は笑い、隣に座るようにベンチを指差した。


「俺、ナオキ。二年。お前は?ってか、模造刀で素振りしてんの?」


ナオキは俺の刀を見ながら、答える間もなく、矢継ぎ早に質問を続ける。

「刀が好きなのか?」と唐突に聞いてきた。

即答はできなかった。


「・・・よくわかんないです。」


「わかるよ。俺もそうだった。理由もなく持たされるなんて気持ちがいいもんじゃないよな」


その言葉に、救われた気がした。何かを肯定されたようで、冷えた指先が少しだけ温まった。


それから、俺たちは何度か話すようになった。

放課後の売店で、帰り道の途中で。

いつのまにか、ダイチも一緒にいるようになった。

三人ともモヤモヤした気持ちを持っており、互いに気を遣いながら、もつれた紐を解くような、そんな時間が流れた。

とにかく、三人での会話は妙に居心地がよかった。

ある日、ナオキが突然言った。


「部活、作らねぇか」


「部活?」


「名前はまだないけど――この刀を持っている意味を考える部だ」


ダイチが少し眉をひそめる。「『現代版の武士道』って、感じですか?」


「そうかもな。今の時代に刀を持っているってことは、昔とは違う意味があるはずだよなーー」


ナオキの声には迷いがなかった。

それから、しばらくナオキは刀について考えていることを二人に共有した。

俺は、その言葉の響きに惹かれた。

誰もが“持つこと”だけに気を取られている中で、“どう持つか”を考えようとしている。

気づけば、俺も頷いていた。


部活はあっけないほど簡単に申請が通った。

ただし部活名は「現代版の武士道を考える部(仮)」、先生からは(仮)が取れないと正式な部活と認められないといわれてしまった。

それもそうだ、何をするかも決まっていなければ、部室の確保もできない。

早く部の活動内容を決めなければと、三人は図書室や、公共図書館に籠るようなった。

ダイチは「文献研究」派で、ナオキは「実践」派。

「形だけ真似しても意味ない」「精神だけ語っても薄っぺらい」と議論が続く。

その夜、布団の上で三人の会話をメモしたノートを開きながら俺は思った。

どちらも正しい。

けれど、刀を握ったとき感じた“何か”――それを形にできる方法があるなら、きっとそれが俺たちの答えになる。


週末の休みに、ダイチとナオキを誘ってユウイチのもとを尋ねた。

率直にユウイチに悩みを相談すると、鍛冶場の職人も集まってきた。

そこで、近々刀鍛冶界隈の文化祭があり、職人が能を披露する予定であることを知る。

三人が揃って「・・・ノウ?」と声をそろえると、ユウイチは笑って肩をすくめた。


「詳しいことは見てみてから考えな。今夜、練習があるから見学に来なよ」


「練習…能の?」


「まぁ、来ればわかるよ、世話好きも話好きもいるからな」


三人は目配せだけをし、練習にお邪魔することを伝えた。


一度解散し、日が暮れた後に指定された場所に向かうと、そこは小さな神社の横にある古い集会場だった。

戸を開けると、中は思ったよりも広く、ひんやりとした外気と石油ストーブの匂いが混ざる空気の中、ユウイチの同僚や父親ほどの年齢の男性がゆっくりと歩く稽古をしていた。

足音がほとんどしない。

一歩ごとに、空気がわずかに揺れるだけ。

歩く動きに合わせてゆっくりと手や首を動かしており、その所作から目を離すことができなかった。


「……これ、刀と、関係あるの?」

 思わず口にすると、横で見ていた年配の鍛冶職人がふっと笑った。


「能ってのはな、元々武人の芸能だったんだとさ、戦うことしか知らなかった荒くれ者たちがたどり着いた、いわば完成された動きが能の動きなんだとさ」


遥には、その言葉の意味がすぐには掴めなかった。

”文献派”のダイチも初耳だったようで目を丸くして耳に入れていた。

ただ、目の前でゆっくりと形づくられる“動き”に、胸がざわつくのを感じていた。

帰り道、ナオキがぽつりと呟いた。


「……なんかさ、急にいろんな線がつながりそうな気がしない?」


遥も同じことを考えていた。

ここに来なければ気づくことのなかった何かが、すでに始まっている——そんな予感だけが、静かに胸に広がっていった。


週明けすぐの放課後、ナオキが突然提案した。


「演舞をやろう」


「え?」


「舞うんだよ。刀を持って。戦うでもなく、守るでもなく、ただ表す」


「演劇みたいに?」とダイチ。


「ちょっと違う。これは“今”の武士道を見せる舞だ」


言葉の意味はよくわからなかったが、ナオキの目の奥にある熱が本物だと感じた。

そして、それは俺の胸の奥でくすぶっていた何かに火をつけた。

差し戻された部活動申請書に『演舞部』と書き、三人で職員室に向かった。

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