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鍔の上  作者: ak10
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第五章 武士道は誰のものか

受験が終わった。

結果は、第一志望の高校に合格。

胸の奥に安堵が広がったのも束の間、教室にはすでに、卒業を目前にした開放感が満ちていた。

クラスメイトたちは遊びや記念写真に夢中で、刀を置いて笑い合っている。

けれど、そこに混ざれなかった。


家に帰ると、いつものように庭で素振りをした。

冬の空気がまだ冷たい。

抜き身の模造刀の風を裂く音だけが響く。

刀を振るうことが、日課というより、不安をかき消す行為のようになっていた。


「お前の構えはまだ硬いな」

「刀に振り回されてて、危なっかしい」


そう言いながら、父が竹刀を手に取る。ふたりで向かい合うと、言葉の代わりに刀が交わる。

軽い稽古が終わると、父は縁側に腰を下ろし、湯呑を手に独り言のように語り始めた。


「刀ってのは、道具じゃないんだ。

 武士ってのは、それをわかった帯刀してたんだ。

 覚悟っていうのかね・・・」


遥は振り向かずに黙って聞いていた。

かつて反発していた父の言葉が、少しずつ胸に落ちてくる自分に気づいて、戸惑いもあった。


そんな日々の中で、ふとした瞬間に、あの友人の顔が浮かぶ。

刀を抜いたことで処分を受けた、あの出来事。

あれ以来、刀という存在が何を意味するのか、遥の中で答えが出ないままだった。


「結局、誰かを傷つけるためのものじゃないのか」


そう思う日もあった。素振りをしていても、心のどこかで空虚な音だけが響いていた。


そんなある日、父が言った。


「そろそろ俺も帯刀しようと思う」


その言葉に、遥は少し驚いた。


「せっかくの法律だ。どうせなら自分の一本を持ちたい」


父の言葉に促され、週末、刀を見に行くことになった。


街では、すでに“帯刀ブーム”のようなものが広がっていた。

量産された軽量の工業刀がショーウィンドウに並び、若者が写真を撮っている。

だが、その一角に、小さな看板を掲げた鍛冶屋があった。


「せっかくだ、覗いてみるか」


父の言葉に従い、暖簾をくぐると、煤けた空気の中に、静かな熱があった。

鍛冶台の向こうで火花を散らす男が、こちらを振り返りもせずに言った。


「らっしゃい、真剣をお探しですか」


その一言に、遥は思わず息を呑んだ。

父が「ちょっと見せてもらいますよ」というと、鍛冶師は手を止めず、ただ鋼を叩き続けていた。

帰り際、奥の作業場からもう一人、遥かに年の近い男性が出てきた。


「研ぎに興味あるか?」


彼は気さくに笑った。名はユウイチ。鍛冶屋に出入りする研師だという。


「触ってみるか?」


遥は勧められるまま、台の上の刀を研ぎ石にあてた。

刃先をなぞると、ふんわりとした紙のような感触が指に伝わった。

何も語らないユウイチの横顔を盗み見ながら、遥は不思議と落ち着いた気分になっていた。

――刀って、こんなに静かなものだったんだ。

いつの間にか、心の奥にあった拒絶感が、ほんの少しだけ溶けていた。

数回研ぎ、刀をそっと置いたとき、ユウイチがぽつりと言った。


「お前、年はいくつだ」


「15です」


「じゃあ、もう“道”を考える時期なんだな」


何を言われたのかわからずに返す言葉がなかった。

ただ、彼の声に、不思議な重みがあった。


帰路の中、ラジオの音が流れていた。


《本日、帯刀令の施行以降、政府による社会課題が示されました》

《一部の団体から、男尊女卑を助長しているとの声》

《日本芸術の復興として真剣の密輸出》《若者による暴力行為》

《――“武士道は誰のためのものか”が、改めて問われています》


夕陽の中、遥は鞘のない竹刀を肩に担ぎ、静かに歩き出した。

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