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鍔の上  作者: ak10
3/9

第三章 刀と向き合う

七月。

梅雨が明けきらない空の下、通学路の景色が少しずつ変わっていた。

新しくできた刀の店、その隣には研ぎ直し専門の工房。

看板に「真剣取扱」の文字を見たとき、胸の奥がざらついた。

最初は冗談みたいだった帯刀令が、もう冗談ではなくなっている。


登校すると、クラスの空気も変わっていた。

数人の生徒が、模造刀ではなく“本物”を持ってきていたのだ。

刀身を少し見せて得意げに笑う姿。

「うちの親が許可取ったんだ」と言う声が、妙に大人びて聞こえた。

彼らの鞘は鈍く光り、まるでそれ自体が力を持っているようだった。


担任の田中も、腰に黒い鞘を下げていた。

「実費で買った」と笑いながら言ったが、笑顔はどこかぎこちなかった。

「これも時代だからな」と呟く声が、教室の空気を冷たくする。

教師が持つと、冗談では済まない重さがあった。


それ以来、校内で刀を差した教員が増えた。

廊下を歩くたび、鞘がすれる音が聞こえる。

その音が、学校という場所を少しずつ別のものに変えていく気がした。

勉強に集中できなかった。

高校受験が近いというのに、焦る自分を頭と体が受け入れてくれない。

模造刀を抜いたときの軽さ、手の中に残る冷たい金属の感触。

いつまでも慣れず、疑問符と触覚の残像が頭から離れない。


ある日、歴史の授業で「新渡戸稲造」について学んだ。

黒板に“武士道”の文字が書かれると、教室がざわめいた。

「俺ら受験生に関係あるのか?」と誰かが笑う。

田中は少し間を置いて、「関係あるかもしれない」と言った。

その言葉が、心のどこかに刺さった。


放課後、校門を出ると、道の向こうに新しい工房の煙突が見えた。

中から打ち鍛える音が、かすかに聞こえてくる。

誰かが刀を作っている。

それを思うと、世界がゆっくりと動いているような感覚に包まれた。

自分たちの知らないところで、何かが形になっていく。


その夜、ニュースでは「高校一年生への刀支給が開始」と報じていた。


〈小中学校の学習指導要領を改訂がまとまったようです〉

〈高等学校でも武士道と剣道の授業を新設〉


アナウンサーの声が、まるで未来を読み上げているようだった。

工房で鉄を鍛える職人らの映像が流れていた。

その手の動きは、何かを祈るように静かで、迷いがなかった。

リモコンを置くと、父が言った。


「昔の日本・・・みたいだな」


どんな意味で言ったのか分からなかった。

ただ、その声の奥にほんの少しの羨望のようなものを感じた。

翌日、借りるわけでもなく図書室で武士道の本を立ったまま読んだ。

ページをめくるたびに、知らない言葉が目に入る。

「義」「勇」「仁」「礼」「誠」――まるで暗号のようだった。

けれどその中に、“己を律する”という言葉を見つけた瞬間、

少しだけ、刀の意味がわかった気がした。


夜、机の上に抜き身の模造刀を置いた。

カーテンからこぼれる外の光が刃に反射して、天井に細い線を描いた。

ただの飾りにしか見えなかったものが、

少しずつ違う表情を持ちはじめている。

ただ、そこにあることが現実として迫ってくる。

この数か月で、町も、人も、静かに変わってしまった。

それでも、俺の中で変わりきらない何かがある。

あの箱を初めて開けたときの戸惑い。

それを忘れないように、そっと鞘に手を添えた。

夜の雨上がり、地を這うような湿気の中、雷のような鍛鉄の音がやんだが、工房の光や煙突の煙は消えていなかった。

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